竜王様の旅が今始まる
「あの……ええと……は、はじめまして」
「おお! 通じた通じた! んで、とりあえず今どういう状況なわけ?」
今はいったいどういう状況だろうか。
竜に挑んで、ボコボコにされて、死にそうなところに突然赤い少女が出てきて、竜を倒してしまった。
そういう感じだ。
「そういう感じ」
「そういう感じか。んで、何でお前はケンカしようと思ったんだ?」
「ケンカというか……ここじゃなんだから付いてきてくれる?」
「ん、まぁいいだろう」
ふらつく体をなんとか起こして歩き出す。
と、その前に。
「君、異世界転生って言ったよね」
「うむ! もしかしてそっちも? ウケる~」
「いやウケないけども……そうなんだ。じゃあ、話が早……」
「おっと」
倒れそうになったところを抱きとめられる。
自分より小さな子に情けないが、虚勢を張る元気もない。
「少し休んでからでもいい?」
「構わんぞ。じゃあここで休みながら話を聞くか。とは言え少し冷えるか……どれ」
少女が指を振ると風が吹き抜け、心なしか辺りが暖かく感じる。
異世界に来たばかりだというのに竜を倒し、すごそうな魔法まで操るとは。
いわゆる二週目、というやつだろうか。
僕を座らせると、少女も自分の尻尾を椅子代わりに腰を下ろしてこちらの顔を覗き込む。
「怪我してるみたいだが……まぁ大丈夫そうだな。話は聞けるか?」
「ああ、うん。大丈夫。ええと、何から話せばいいか……」
「順を追って話せばいい。現地人じゃなくて転生者なら……いや転生してるなら現地人か?」
「そう……じゃあ、転生した時のことから」
僕がこの世界に生まれたのは15年前である。
前の世界に未練がまったくないわけでもない。
しかし、新たな命として生まれて、異世界だと気づいた時は喜びの方が強かった。
この世界がどんな世界か知るまでは。
「僕の生まれた……村は、あまり大きなところじゃないけど、若い人も多くて平和、に見えた」
「うんうん、続けて」
「子供の頃に教えられたのは、この世界には魔物がたくさんいること。
村は守られてるけど、一歩でも外に出たら襲われて食べられてしまうって」
「なるほど……ん、じゃあ今ここにいるのはマズいか?」
「この竜以外はいまは近くにいないから大丈夫……でも、早めに戻った方がいいけど」
「そうか、ならとりあえずこのままでいいか。続き話せるか?」
少しずつ、当時のことを思い出しながら、なるべく抑揚を抑えて話す。
「うん……まず、最初に気づいたのは、道具とか本とかがなかった」
「ふむ、それはつまり」
「そう、村の生活はかなり原始的だった。他の村がそうかは分からないけど」
木と藁で組んだ質素な家。焚き火と石の刃物、皮の服。
この世界の、少なくとも僕の村の生活はそんなものだった。
それでも、希望はあった。
「魔物を倒した勇者が、昔いたらしいんだ。たぶん、前に転生した人」
「ふぅん」
「そもそも文字がほとんどないからさ。でも、若い人もみんな伝え聞いていたらしくて。
だから、痕跡を探して、見つけたんだ。僕の世界の言葉で書かれた、石版と、古い剣」
「おお、ロマンだな」
「魔法はその石版で覚えて、7歳くらいで使えるようになった。
……それで、うん……そのあたりで、僕の父親が魔物に食べられたんだ」
「そいつはつまり、魔法でなんとかなるとでも思ってか?」
首を横に振る。
いくらこの子が強いと言っても、あまり話して気持ちのいいものではない。
口にするべきか、迷った。
「いいから話せ。どうしても話したくないなら面倒だからおぶって村まで行くぞ」
「ああ、いや……話すよ。うん」
大きく息を吸って吐く。
まだ少し体が痛むが、少しは楽になってきた。
「この世界……少なくとも僕の村のある国では、人間は魔物の……家畜なんだ。
増えて、育ったら食べられる。魔法も力も到底敵わないから、それが自然だってみんな思ってる」
「ふぅーーーーん……」
「でも、君が倒したんだよ! その魔物を! だっ、だから……!」
気持ちが逸る。
だから、早く戻ってみんなに知らせなければ。
今ならまだ……
「ごめん、それはムリ」
「え?」