竜王様と炎を切る
「おっと、こっちを忘れていた」
表面が固まりかけた溶岩に、火の玉をぶつける。
熱が加わり、水たまりのようになったそこへ躊躇なく飛び込んだ。
「!? りゅ、竜王様!?」
たった今、目の前で理不尽な姿を見せつけられた後だが、少女には衝撃だった。
おろおろしつつ、せっかくもらったメイド服が燃えてしまわないよう、遠巻きに溶岩を眺めてしばらくすると、二つの影が飛び出した。
その異形を見て、すぐさま剣を構える。
しかし、どうも様子がおかしい。
「 くそ、どうなってやがる! 」
サソリのようなハサミと尾を持った異形……だったものは、その特徴がすっかり削げ落ちていた。
ハサミも尾もなくなって、巨大な岩のような胴体だけが転がっている。
「話をするにはこれくらいのがいいかと思ってな」
「話、ですか」
「うむ、大魔王ってのはどこにいてどうすれば会えるのか聞きたくてな」
「 は、ははは! 大魔王様と来たか! 」
どちらが上か下かもわからない異形が声を上げる。
「 剣の封印が解けた以上、大魔王様もお目覚めになる。
だが、俺たちを倒したから大魔王様を倒せるとは思わないことだな! 」
「小物丸出しの台詞……そんなんだから火属性がナメられるんだぞ」
「 なんとでも言え! 大魔王様は次元が違うのだ!
それこそ、お前の理不尽な力であっても敵わない…… 」
「む」
体を焼き尽くすような感覚が全身を覆う。
耐えなければ、と少女は剣を握る手に力を込める。
内蔵を握りつぶされ、体の中身を口から吐き出しそうになるような悪寒。
「りゅ、お、さま……これ……」
「ふふん、親切なやつじゃないか。あっちに行けばいいんだな?」
「ぎゃ、逆だと思います……」
「そうか? まぁだいたいこっちだな。わかったわかった」
やがて襲われていた強烈な不快感がすっと引いていく。
数分、いや数十秒、数秒しか経っていなかったのかもしれない。
それでも、その存在は確かに少女に刻みつけられた。
大魔王、そう呼ばれた何かを。
「あ、ところでこれは切るのか?」
竜王様が尻尾で示したのはピクリとも動かずに転がる異形。
思い出したかのように少女はそれに剣を突き立てた。
「炎を切る。はい、終わりました」
「うむ、なんか分からんがたぶんお前がクリアの鍵っぽいからな。
それじゃあ早速……と、思ったんだが」
空が黒で埋め尽くされていた。
よく見れば、それが数多の生物で出来た群れであることが分かっただろう。
種族も大きさもばらばらな、まったく統一感のない群れは、ただ一つの使命に突き動かされていた。
大魔王に歯向かう者を滅ぼす、と。
少女はすぐさま気づき、最初の時とは打って変わって隙なく剣を構える。
「竜王様。近づくものは私が切り伏せます。
その間に竜王様の魔力をもってすれば半数は間違いなく消し飛ばせるはずです」
「おいおい半数って……」
空を埋め尽くすほどの大群。
それでも、先程見せた竜王様の力であれば全滅は不可能ではない。
少女はそう考えていた。
だが、その認識はあまりにも甘かった。
「そんな加減するの難しいぞ」
尻尾を一振り。
ただそれだけで、空が晴れた。
なにか、とてつもないもので吹き飛ばされたかのように、空を覆っていた大群だったものの欠片が宙を舞いながら消えていく。
少女は、ただただその光景を見つめていた。