竜王様でも転生がしたい!
「異世界転生がしたい」
「また始まった」
時刻は昼下がり。少し遅めのお昼にと、用意した素麺を食べている真っ最中である。
ああ、今つけている録画のアニメの話だろうか。
「何度も言っていますが、今は異世界ファンタジーが流行っているだけです。
転生云々はあくまでもそういった導入を分かりやすくするためのものであって」
「うるせぇ! わかっとるわ! 分かってるけどしたいの!」
「はぁ……」
今日の素麺はナスとピーマンを炒めて中華風の味付けにしたものを乗せている。
我ながら上手く出来たと思っているが、彼女は感想一つ言わずにテレビに夢中だ。
「私だってさ、何も気にせず気楽に暮らしたいわけさ。
だけど現実ではそうじゃない……こんな毎日から飛び出したい……異世界とかに」
「それは異世界転生ではなく現実逃避と言います」
「ただ……結構大変なわけよ異世界転生」
素麺に小皿のおろし生姜を乗せて、食べる。
爽やかな辛味と風味がまた食欲をそそる。
普段の素麺ならば少し風味が強いかもだが、トッピングと一緒ならばちょうどいい。
「まず異世界転生が可能なとこってのはステージが違うわけさ。
こっちをこの世とするなら、この世とあの世の間というか……」
「ひょうれふか」
「でもって私がいけるところなると限られる。
それこそ神様みたいなのが存在出来るんだからインフレし放題よ」
「なるほろ」
「まぁ私だからそんじょそこらの神程度には負けないけど……
一応謙虚にさ、世界壊しておーわりってわけにもいかないじゃん」
「ほんほん」
そう言えば昨日買ったアイス、もう半分が残っていたはずだ。
どうせご飯の後に寝るだろうし、こっそり食べてしまおう。
「というわけで、ここが即日異世界転生可能な世界だ」
「ごめんなさい、聞いてませんでした」
「だーかーらー不動産屋で即日転生可能な物件を紹介してもらったんだってば」
「不動産屋でそういったものを扱っているのは知りませんでしたね」
ぺしぺしと資料を叩いて見せるが、なんか怪しいとしか思えない。
この方のする話はだいたい怪しいのだが。
「んじゃ、そういうわけでご飯も食べたしちょっくら行ってくるから」
「はぁ……帰りは」
「あっちとこっちじゃ時間の流れが違うからなぁ……
とりあえずばばーっと救ってくるけど、日付変わるかも!」
「分かりました」
何を行っているのかさっぱり分からないが、どうやら半日はいないらしい。
やったぜ。
「んじゃ! 後はよろしくメイド!」
「はい、いってらっしゃいませ竜王様」
ガチャ、と戸を開けて足を踏み出すと、彼女の姿がたちまち消える。
普段ならば何もせずに突然消えたり空間移動していたりするのでそこそこ大事なようだ。
「さて……ということは……」
食べ終えた食器をひとまずシンクに置いて、カーテンを閉める。
普段はしまっているビーズクッションを出し、エアコンの設定温度を下げる。
そして、プレーヤーにディスクを挿入して、アイスを取り出す。
「溜まっていたドラマ一気見! ああ! 長年のHDD圧迫からついに開放される時が!」
私の小さな夏休みが幕を開けたのだった。