メイドさんの夏が始まる
「おや、またですか」
洗濯を終えて戻ってくると、竜王様が荷作りをしていた。
荷作りと言っても水筒とタブレットと充電器くらいだが。
何かを用意する、というのは彼女にとって珍しい行為である。
「うむ。次は割とガチめなやつらしいからな。
短編二つクリアしたことだし。ここからで10回くらいは頑張りたいところだな」
「うーんそれもまだ短編ではありますが……」
竜王様の中で遅めのブームが来ている異世界転生。
このところほぼ毎週末出かけている。
私はゆっくり出来て満足、竜王様も混雑してない遊び場を見つけて満足、と素晴らしいことだらけであるが、少しだけ興味も出てくる。
「竜王様、その……それって私も付いて行ったりは」
「ダメだ」
即答だった。
「ダメなら仕方ありませんね」
「ん、なんだあっさり諦めたな」
「まぁ……何があるか分かりませんからね」
「いかん、いかんぞメイドよ」
竜王様は用意していたタブレットと充電器をさっとどこかにしまい込み立ち上がる。
「我ら悠久の刻を生きる者は進むことをやめたらそこまでだ。
どれだけ体が朽ちず腐らず衰えずとも、魂が摩耗していく。
それは即ち、生物としての死だ。死にたい系不死キャラになっちゃうぞ」
「よく見るやつですが……そんなにダメなんですかそれ」
「ダメだ。地獄だぞ」
珍しく、本当に珍しく、彼女の本気の声を聞いた。
自分勝手でわがままな竜ではあるが、この声の時は心から気にかけているのだ。
いまいち実感も湧かないし、ただの世間話でマジレスされたようでいい気分ではないが。
「それは、まぁ……気をつけます」
「うむ。一日一日を大事に、掃除、洗濯、料理、それをして私を待っているんだぞ」
「はい……はい?」
気がつけば、竜王様はいつものだるだるTシャツにニーソのスタイルになっている。
靴下を履いている時はちょっぴりやる気になっている時の証である。
「今回はちょーーーっぴり危ないらしいからな。
夏休みだとでも思ってのんびりしてるといい! じゃ!」
ブン、と空気を震わせる音がして、目の前から竜王様が消える。
おそらく、あの竜なりに私を気遣ってくれたのだろう。
しばらく留守にするから、ゆっくり羽を伸ばせ、と。
「んなもん言われんでもやっとるわ! お一竜様最高!!」
こっそりと用意していたポテチとコーラを用意して、部屋のカーテンを閉める。
夏休み。
ひとり気ままな昼下がり。
外に出ればうだるような暑さ。
とくれば、もうこれしかない。
「そう! ゾンビ映画三昧です!!」
私の夏が、また始まる――!