勇者は魔王が倒せない!!
雷鳴が聞こえる禍々しい広間。豪華な赤い絨毯の先には金色に輝く玉座。
そこに腰を据えているのは、毒のような紫の肌に、柘榴のような赤い瞳、そして口から覗く捕食者の牙を持つ者。この世の闇を司る王。恐ろしくも美しい魔王であった。
「 良くここまでたどり着いたな。褒めてやろう勇者よ!! 」
「 魔王め!! そんな余裕でいられるのも今のうちだけだぜっ!! 」
凛々しい顔立ちの戦士姿の青年が、魔王に宣言する。魔王に立ち向かう勇敢なる者、勇者。彼の後ろには長い旅の中、苦難を共にして来た仲間達がいた。
魔王は彼らを真っ直ぐに見た後、玉座から立ち上がった。
「 かかって来い。勇者パタオ!! 」
「 その名は捨てた⋯⋯。 俺はレオンハルトだ⋯⋯ 」
「 さっきまでの威勢はどうした!! 勇者パタオ!! 」
「 ⋯⋯いや、そういうの無しだから。語尾みたいに使うのやめろよ⋯⋯ 」
「 さぁ、かかって来い!! パタオ!! 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
「 そっちが来ないのなら、こちらから行かせて貰う 」
魔王は右手に魔力を集中させた。金色と黒色の靄が混ざり合い膨張、収縮を繰り返す。その塊を大きく振り上げ勇者達に投げつけた。
「 危ないっ!! レオンハルトだと思っていたけど、本当はパタオ!! 」
回復要員のアマンダが勇者を庇って攻撃を受けた。
「 くっ!! 頭が痛い⋯⋯。ついつい飲み過ぎた次の日くらい頭が痛いわ 」
「 大丈夫か、アマンダ!! 俺を庇うなんて、どうしてそんなことを⋯⋯ 」
勇者はアマンダに駆け寄り、よろめく彼女の体を支えた。
その間にも魔王は、勇者の他の仲間達に向かって攻撃を放っていく。
「 ぐわっ!! 足がっ!! 箪笥の角に小指をぶつけた時くらい痛いっ!! 」
「 大丈夫か、アラン!! くそっアランの足の小指はデリケートなのに!! 」
痛がる剣闘士のアランを見ながら、勇者が悔しそうに叫んだ。
しかし、魔王は容赦なく攻撃を繰り返す。
「 きゃー!! お腹が痛いー!! 生牡蠣にあたった時くらい痛いー 」
魔法使いメリーがお腹を押さえながら悲痛の声をあげる。
「 うっ、胃が痛い。勇者が壺を壊した家に、代わりに謝罪に行く時くらい胃が痛い⋯⋯ 」
弓使いマックスが胃のあたりをさすりながら冷や汗をかいている。
「 なんて事だ!! 魔法使いのメリーと弓使いのマックスまでやられるなんて!! 」
「 どうだ、勇者パタオよ。このまま、お前だけで戦えるのかパタオ? 」
「 ⋯⋯とうとう語尾にしやがった、くそ 」
勇者は顔を歪ませ魔王を睨みつける。そして、突然顔を恐怖の表情に染めて魔王の後ろを指差した。
「 ⋯⋯あっ、あれは!! 」
「 ん? なんだ⋯⋯ 」
魔王は勇者の表情の理由が気になり、自分の後ろを振り向いた。が、何も変わったものはなかった。疑問に思いながら、また正面を向く。
「 ⋯⋯なんだと!! 騙されたっ!! 」
そこには、もう勇者やその仲間達の姿はなかった。
────────────⋯⋯⋯⋯
「 やってられないぜ。強すぎだろ魔王 」
酒場のカウンター席で一人、愚痴りながら酒を飲む勇者。
「 お客さん、飲み過ぎですよ 」
「 マスター、飲んで無いとやってられない時が人にはあるんだよ 」
酒場のマスターが呆れた顔で勇者を見ている。
勇者はかなり酔っているようで、カウンターテーブルに突っ伏してしまっている。
すると、マスターがふと何かを思い出したような顔をした。
「 魔王と言えば、この間⋯⋯ 」
「 何か情報があるのか!! 弱点か? それとも弱点なのか? いや、もしかして弱点だろ!! 」
勇者はがばっと立ち上がりマスターに詰め寄った。マスターは身を引いて、両手を前に出し勇者を落ち着かせようとしている。
「 お客さん、落ち着いてくださいよ。いや、あのね、この間の雨の日にたまたま見たんだけどね 」
「 ああ、続けてくれ!! 」
「 魔王が捨てられた子犬に傘をさしてあげてたんだ 」
「 か弱い子犬に傘を刺すなんて、なんて酷い奴なんだ!! 」
「 刺してないよ。濡れないようにしてあげてたの 」
「 そうならそうと最初から言えよ 」
「 ( 何だこいつ⋯⋯ ) その後、優しく抱き上げて連れて行ったよ 」
「 ヤンキーのギャップ萌えかよ。⋯⋯くそ、魔王のファンがまた増えちまう。いや待てよ、犬はその後美味しく頂いたに違いないな 」
「 何だこいつ⋯⋯。普通に飼ってるって聞いたけど 」
「 くそー!! 何だそりゃっ!! 」
───ガシャーン
勇者は近くにあった壺を壊した。だが勇者は壺を壊していい法律で守られているため誰も注意出来ない。
「 すみませんでしたー!! 」
何処からともなく現れた弓使いマックスがマスターに謝った。
「 大丈夫、それは壊されて大丈夫なやつだから 」
マックスが会計を済ませた後、勇者を抱えて店を出た。外に出ると、日が差し明るいことからまだ昼だという事がわかる。勇者は昼間から酒を飲んでいたのだ。
「 マックス、ごめんな。俺が弱いから 」
「 良いんだよ、レオンハルト。マスターが優しい魔族で良かったよ 」
マックスと勇者は街の通りを見渡した。人間族や魔族、獣人族、妖精族などなどが行き交っている。みんなが楽しそうに買い物やお喋りをして笑っていた。
マックスが勇者の方を見て話しかける。
「 君達が光と闇のバランスを保ち続けてくれるお陰で、みんな仲良く暮らせるんだ。君はこれからも魔王と戦い続けないとね⋯⋯。俺も協力するよ 」
勇者は街行く人々を見ながら、にかっと笑った。
「 今度は仲間を全員子犬にして挑むかぁ⋯⋯ 」
このお話はフィクションです。
特定の人物、団体とは関係ありません。
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