拝啓、女神様
「勇者ユウキ一行よ、よくぞ魔王を倒してくれた。我が国にできることであれば何でも望みを叶えてやろう。」
20歳でこの世界に召喚されて早5年、5人のパーティーで魔王討伐にまで至った。
今までの苦労も全て今日のため、全てを終わらせる日がやって来た。
「ではまずユウキ殿から聞こうか。」
「願わくば信仰を。」
「……すまない、言っている意味が分からないのだが。」
「私は神になりたいのです。そのための第一条件が信仰を集めることなのです。」
明らかに戸惑った様子の王とその周りの配下は反応しあぐねている。
周りの仲間は呆れたようにこちらを見るが道中何度も向けられた視線なので今更気にはしない。
「確か君はアリシア教主神の女神アリスを強く信仰していなかったか?自らの信仰する女神への下克上という解釈で構わないのだろうか。」
王のその言葉を境に周囲の目がキツイものへと変化する。
ここは教国アリシア、王と司教が国を治める地である。
当然国民の女神アリス信仰率はほぼ十割、そんな中でのこの発言は非常に良くないことはユウキも良く理解している。
「お父様、ユウキは冗談が好きなのであまり本気になさらないでください。」
ここで声をあげたのはこの国の第一王女にして魔王討伐パーティーの一員であるセレスティーナだ。
元々魔術の素養がある王家の中でも特に優れた魔術の才能を持つ彼女はパーティーへの貢献度で言えば間違いなく一番だろう。
「セレス、俺は冗談を言ったつもりはないぞ。ただ誤解はあるようだからそこは訂正しないとな。」
このままでは王の御前で平然と巫山戯る頭のおかしい人になってしまう。
「私が元いた国には星となった者が数多く存在します。あるものは神々の王を愛するがゆえ主神に熊に変えられた女性とその子が、あるものは冥界の神に気に入られ一年のうち4ヶ月を冥界で暮らさねばならぬ呪いを受けた豊穣神の娘が、そしてある時には神々の試練を乗り越えた英雄が。それぞれが神より星となり夜を照らす存在になることを神に許されたのです。」
「女神アリスの試練を乗り越えた暁に皆を照らす存在になりたい、そういう解釈で大丈夫か?」
「概ねその通りですが正確には違いますね。皆を照らす存在ではなく誰よりもアリス様のお側にいたいと思えば天に昇るより他にないでしょう。」
まあ俺が最終的に目指すところはアリスの隣だ。そのためには人の身を脱して神になることが必要最低条件だ。
「承知した。星となった勇者ユウキとしての話を全国に広めよう。褒美は北の空に一年中輝き続けるあの星にしよう。女神アリスは太陽神としても知られている。日の出は女神と共に夜は女神アリスの威光を知らしめる使徒の星になるだろう。」
これで目的は達成した。
この世界に思い残したことは何も無い、そろそろ頃合いだな。
「ところでだが勇者ユウキよ。私の娘を嫁にもらう気は無いか?魔王討伐の旅を共にしたこともある。何よりあの子は王女としての立場を気にしすぎ誰かが背中を押してやらないと素直になることができなさそうなのでな。」
「お父様!?私は自分の幸せよりも国の方が大事なのです。ようやく魔王も倒れ各地の復興がこれからというのに自分のことなど考えられません。」
「つまりはユウキ殿のことが好きなのだな。」
「この際言いますが私はユウキのことは悪しからず想っています。ですが私はセレスティーナである以前に王家の、それも第一王女です。私がここで嫁入りしては妹たちの負担が増えるのは明白です。」
セレスの顔は心なしか頬に赤みがさしており声も多少上ずっている。
しかしまさかセレスが俺のことを好きだったとは。弁解しておくと俺はどこぞの鈍感主人公とは違うので感情の機微には敏感な方だ。日本にいた頃は心理学を専攻していたがセレスは全く好意を気づかせないほど完璧に感情を隠してきたわけだ。
「お二人で話しているところ申し訳ないんですがセレスと結婚はできません。」
「「「「「は?」」」」」
ここまで沈黙を貫いてきた残りのパーティーメンバーまでもが間抜けな声をあげた。まあ残りの三人は性格に難があるからと言って余計なこと喋らないように指示したのは俺なんだが。
「どうしてよぉぉぉぉぉ、アレスゥゥゥゥゥ!!!こんなかわいいくていい子とっとと貰っちゃいなさいよ!」
僧侶を務める残念エルフ、それがこいつライアだ。
三人のうち二人は何とか言いたいことを飲み込んだようだが頭のネジがぶっ飛んだこいつだけは無理だったようだ。
「いや、だって俺今日死ぬから。ていうかこの謁見が終わったら迎えが来るし。」
「悩みがあるなら話してみなさい。人生経験が豊富なお姉さんがしっかり受け止めてあげるから。」
ライアが僧侶モードに入ったようだ。
頭がおかしい割には真面目な話もできてこいつの残念な面を知らない者は聖女と崇めるほどの豹変ぶりだ。
「いや、だから女神様が迎えに来るんだって。証拠に今呼んでもいいけど顕現はする予定なかったから一分程しか無理だしお別れになるぞ。」
セレスには悪いが俺には目標があるからなここで諦めるわけにはいかないんだよ。
「ちょっと待って、頭の整理が追いつかないんだけど……。セレスが、死ぬ?」
セレスからしたら突然すぎて驚くのも無理はない。本当は人知れず消えようと思っていたのだがセレスの告白を受けて尚黙って消える図太さは生憎持ち合わせていなかった。
「少し頭冷やしてくる。」
走り去っていくセレスを侍女が慌てて追いかけていく。
「まあ別れは付き物だからな。セレスに最後挨拶できないのは残念だけど俺はもう行くよ。」
ポケットの中から転移前に女神アリスから貰った魔法陣を取り出し魔力を込める。
直後光に覆われた謁見の間で視界が戻る頃にはもうユウキの姿は無く彼が腰に携えていた聖剣だけが残されていた。