森林の指輪
5月のある水曜日。健二は朝食を食べながら新聞を読んでいた。ふとある記事に目が留まった。
森林公園のことが書いてある。
「植物園があるのかぁ」
「そういや、雅代のやつ、花や植物が好きだっていっていたなぁ」
「よし!」
新聞をたたんで、トーストをほうばり、コーヒーを流し込んだ。
プルルルルルー、プルルルルルー
夜の8時頃、雅代の携帯が鳴った。(健二かな)と思ったが、わざと表示されている名前を見なかった。
「はい、もしもし」
「雅代、俺だけど。今度の日曜日にどっかに行かない?」
(当り)と、雅代は心の中でつぶやいた。
「えっ、うん、いいよ」
「雅代は植物が好きだよね。森林公園なんかどう?植物園があるみたいだよ」
「ああ、森林公園ね。小学生の頃、遠足でいったことがあるよ」
「おー、そーか。植物園はどうだった?」
「うーんと、公園でみんなと遊んで、お弁当を食べた覚えはあるんだけど・・・植物園に入った覚えがないような・・・」
「そうか。じゃあ、行ってみるか」
「うん、行ってみる」
雅代の心は弾んだ。健二といるとなんだか楽しいのだ。
付き合い始めて2ヶ月。
何度目かのデートである。
麦が刈り取りの時期になり、田んぼには新たに水が引き入れられ、田植えの準備が始まっていた。
初夏といえど、まだ春の日差しがやさしく、清々しい一日となりそうだ。
線路の下を通り抜けようとしたとき、
立て続けに2台のパトカーとすれ違った。警察官が2人ずつ乗っていた。
「シートベルト、オッケー!?」
「何よー、ちゃんとしているわよ」
「最近厳しくなったよね。おまわりさん」
「そうよねー。この間、節子の友達が、携帯電話で話しているところを見つかって捕まったって言ってたわ」
「あははは、交通ルールは守らないとね」
雅代の左手の小指にしている指輪が健二の目に入った。
「ちゃんと前見て運転してよー」
「ははは、はいはい」
森林には日の光が降り注ぎ、草木は青々として新鮮な空気を漂わせていた。
「ここの植物園には色々な木や草花があるんだって。季節ごとに見られる花とかが違うんだってね」
「そうねー、森林公園っていうだけの植物はあると思うわ」
「5月に見られる植物って結構あるよね。雅代の好きな花とか植物ってなんだい」
「えっとねー・・・」
5月の花や植物などは、色とりどりだろう。雅代は植物がだいすきである。数えたらきりがないことは、健二も察しがついていた。
「へー、色々あるんだね。俺も勉強して植物博士にでもなるかぁ!」
「あはははは」
雅代と健二の笑い声が車の外にも漏れていた。楽しげに会話しているカップルに見えているだろう。
「そういやぁ、5月といえば、雅代の誕生日だね。プレゼントなにがいい?」
「えっ、うーん・・・」
「あっ、ごめんごめん!急だったね。ゆっくり考えて」
「うんっ」
健二は腕時計に見をやった。
「おっ、そろそろ開園だ。行こうか!」
「はい!」
二人はリュックを背負って、健二はデジカメも首から提げ、車から降りた。
植物園の北門から入った。
北門の入り口でもらった植物園の地図をながめてみた。
「この地図みると、いくつかの名前の森が組み合わさって植物園を作っているね」
「結構グネグネして複雑だなぁ」
「うん、でもなんか気持ちがいい。空気も新鮮だし、いろんな木々や草花が見られると思うと、うれしい」
「そういってもらえると、俺もなんだかうれしくなるなー」
「あっ、あれ、あの木ってねぇ・・・」
「ねぇねぇ、見てみて花が咲いているわよ。この木の花はね・・・」
「ねぇ、健二。聞いてる?」
「おお、聞いてるよ」
(なんだか雅代、生き生きしているなぁ。連れてきて良かった)
「その木をバックに1枚撮りますか」
「いいわね、撮って撮って」
それから、色々歩き回った。
雅代と一緒に木や花、植物の写真を沢山撮った。
噴水のところでは、三人連れのおばさんに、噴水をバックに二人の写真を撮ってもらった。
「ふー、結構あるいたね。そろそろ昼飯にしない」
食事をするのに丁度いいベンチを見つけた。健二は腰に手をやり、腕時計を見た。
「いいわよ」
と、雅代はベンチに座りリュックからお弁当を取り出した。
「おおっ、うまそうなサンドイッチ!」
「手作りよ」
一口食べてみる。
「うまい!さすが雅代。料理が得意なだけありますな」
「どういたしまして」
「ははははは」
二人は笑った・・・
雅代に初めてあったのは3ヶ月前。
前の彼氏と別れたばかりということで元気がなさそうだった。
「私って、続かないのよ・・・彼氏と会うのも億劫になって、もうどうでもいいやって・・・それで結局・・・」
うつむいて、はにかんだ彼女の顔が、いとおしく思えた。
付き合い始めると、積極的にデートに誘った。そして、雅代の気持ちが、徐々に元気を取り戻していくのが分かった。それがなによりうれしかった。
弁当を食べ終えると、健二が言った。
「そうそう、この公園、野鳥も見られるんだってね、新聞の記事にも書いてあったんだ」
「この地図にも書いてあるよ」
「池があって、ほら、野鳥観察地だってさ」
デジカメを左手で持って、手首で軽く振った。
「何を隠そうこのデジカメ、望遠レンズってのもあってね。それをちゃんと持ってきてるんだ」
リュックの中からレンズを取り出した。
「すごい。本格的ねー」
「最近のデジカメって性能いいからね。光学48倍ズームまで可能なんだ。このカメラ」
「一眼レフじゃないんでしょ。私カメラのこと良くわからないけど」
「俺もあんまり詳しくなかったりして・・・」
「とにかく、鳥の写真もゲットしよう!」
「はーい!どんな鳥さんが撮れるか楽しみ!」
「あははははは」
二人の笑い声が森林に小さく響いた。
午後3時の公園駐車場は、まだ日も高く、暖かだった。
健二は「あーーーっ」と腕を上に広げた。
「どうでしたか?」
「うん、楽しかった。また来たい」
「今度は、あの広芝生で何かして遊ぼうか?」
「いいわね」
広芝生では、ゲートボールをやる年配の方や、ボールをけって遊ぶ子供、フリスビーを投げっこしている若い男女などがいた。
「ああ、鳥の写真、こんなにアップで撮れるなんて思っていなかったわ」
「水面を飛ぶところが撮れたね」
「なんだかステキ」
デジタルカメラの液晶画面を二人で見ながら会話を楽しんだ。
そして、車に乗ろうとしたときだった。
突然、雅代が立ったまま固まった。
顔が硬直していた。
「どうしたの雅代」
「ないの・・・」
「ん?」
「・・・指輪がない!」
「どこで落としたのかしら全然気がつかなかった」
「左手の小指にしていた指輪か?」
「そう、あれがないと私・・・あれは私にとって一番大切なものなの」
呆然と雅代は立ちすくんでいる。
健二はやさしく、
「探そう」
そう言った。
デジタルカメラの写真を見る。
朝の駐車場、車の中で撮った写真には、ピースをしている雅代の小指に指輪はあった。
「この写真のときは」と次々と見ていくと、弁当を食べたときに撮った写真の小指
には、指輪は映っていなかった。
「トイレで手を洗ったとき外れたとか。あっ、そうか。弁当を食べたあとだったなぁ」
「どっかに手をぶつけたとかなかった・・・よなぁ」
健二と雅代は思い当たるところを探してみた。
しかし、この森林公園の今日歩いたところで、弁当を食べる前に行ったところを探すといっても、小さな指輪だ・・・無理があった。それでも弁当を食べた場所を探したり、写真を撮った場所などを探した。
心なしか健二と雅代の足は重くなっていた。
「こんなとき警察犬でもいたら、やくにたつだろうな」
「よーし、犬の気持ちになって探すか!」
「もういいよ!健二」
「私が悪いんだし」
「ありがとう」
「一生懸命探してくれた、それだけでうれしい」
「よくないだろ!おまえが一番大切にしていたものなんだろ!」
「おまえが大切なものは、俺にとっても大切なんだよ!」
「健二・・・」
電灯に明かりがついた。
「もう日が暮れるか」
そのとき、
「あっ、・・・」
折り返してあった雅代のジーンズの裾がキラリと光ったように健二には見えた。
健二は人差し指で頬をかきながら言った。
「雅代。ジーンズの裾、折り返してあるよね。そこに何か見えたよ」
そう言われて雅代は慌ててジーンズの裾に手をやった。
キラリッ、そこには雅代の指輪が・・・
「えっ、あっ、あったー!」
ふたりは顔を合わせた。
「あははははは」
「あー疲れた・・・帰るか」
よく見ると雅代は泣いていた「ごめんなさい」と雅代は涙を手でぬぐった。
・・・1年後。
部屋には、二人が笑顔で写っている、森林公園の写真が飾ってあった。
窓からは、植物も息づくだろう、5月の日が差していて、心地がいい・・・
雅代は健二の顔を眺めた
「なんだよ」
「うふふ」
「あの指輪・・・あれがなければ、あなたと一緒になったかしら私」
「ふざけんな」
薬指にしてある結婚指輪をみながら雅代は微笑んだ。
初めて作った小説です。
小説を書き始めて間もない未熟者ですが、読んで何かを感じていただけたら、良かった点、ダメな点などの感想を、お聞かせ頂きたいです。