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拝啓、人ならざる貴方  作者: ひるや@さな
1/2

1 七瀬 詩仁 ⑴ 

こんばんは。どうもありがとうございました。公募落ちてます。

絶対正解なのに選べなかったり、絶対正解じゃないのに選んでしまったりなゆらゆら。

前々作『君が自殺に至るまで』とちょっとだけ関連していますが、読んでなくても差し障りありません。

キャラはもちろん使いまわしていますが、今回は高校生になっています。


わりと前なだけあって今思うと拙い文章ですが、よろしければお暇のおともに。


 茜色に霞みがかった空が、重力を増して頭上に圧し掛かった。もちろん、空間の重みが突然変化するなんてことはあり得ないとわかりきっている。なんとなくそんな気がするだけという、要するに、秋のどことなく儚い夕焼けに影響された、実によくある感傷だった。空を見上げただけでここまで気持ちがざわつく自分自身を維持できるのは、果たして何年先までなのだろう。不意に胸の隅を掠めた疑問は、回答が打ち出される前に、輪郭からぼやけて消え失せた。

 持ち手にぶら下がったクマのマスコットを揺らしつつ、鞄を肩に担ぎ直した。また俺は空を見ていた。今日もよく晴れていたけれど、明日もまたよく晴れる。それは決して、俺を取り巻くこの世界にとって悪いことではないはずなのに、どうしてか鬱屈と心を引きずる。視線を下ろし、無意識に止めていた足を動かした。何歩か進むと、勝手に駆け足になっていた。教科書とノートが詰まった鞄の重みも気にならず、俺は夢中で走った。目に入るいつもの通学路の風景は、いつもの風景であるだけに、なにひとつとして意識に留まらなかった。

 通い慣れた道を少し逸れると、目的地の河川敷に辿り着いた。緩く坂になったその下に、十代半ばにも届かないような男の子の背中を見つけた。隣には、二本の後ろ足を台車のような器具に乗せた猫が佇んでいた。両方がちゃんといてくれたことに、俺は胸を撫で下ろした。切らした息を少し整えてから、足早にそっちに向かった。汗が身体を冷やしていくのがわかった。全身が火照っている今は、それでちょうどいいくらいだった。

 人の気配を感じ取ったのか、男の子が振り向いた。なにか頬張っているらしく、むぐむぐと口を動かしている。この子がなにを食べているのか、俺にはすぐわかった。だいたいいつも同じだし、近くに来れば匂いでわかる。味気ないパンに、糖分たっぷりの甘い帽子を被せて美味しく仕上げたパンだ。目を凝らしてみると、男の子が両手でそれを持っていることを確認できた。予想通りだ。男の子と猫がセットでいてくれたことの安堵と、予想的中の達成感から、口元が少しはにかんだ。そのタイミングで、彼と目が合った。彼も咀嚼を続けながら頬を綻ばせた。

「好きだな、メロンパン」

「ちょっといる?」

すかさず差し出された質問に反応したのは、俺ではなく猫のほうだった。器具に取り付けられた小さなタイヤの音を鳴らし、猫は鼻を突き出して彼のメロンパンを嗅ぎ回っている。いつも一緒にいるのだから、とっくにメロンパンの形と匂いくらい覚えているだろうに、この猫には人の言葉が理解できるのだろうか。そんなことあるはずもない、と即座に自分で否定する反面、あってもいいと思う自分を自覚する。同時に、つい先刻胸を満たしていた、陰鬱な息苦しさが再び芽を吹いた。なんとなく口の中が乾いた。数回息を飲み込んで、感情を気取られないようにいつもの笑顔を繕い、彼――涼川大翔の隣に腰を下ろした。

 気遣いに感謝だけを示して遠慮すると、大翔は「じゃあ遠慮なく」と言って、残りのメロンパンを齧った。屈託のない表情でメロンパンを胃に収めている大翔の周囲を、相変わらず猫が物欲しげに旋回している。欲しそうだぞ、と俺が言うと、大翔は黙って傍らを指差した。誘導されるままに目をやると、そこには、開封されたツナ缶が安置されていた。

「まだ中に入ってるんだ。次のをおねだりする前に、最初の割り当てをしっかり消費しないとな」

「躾だな。名前もない野良なんだろ、あいつ」

「詩仁君がここに来る前につけたとこだよ。ニャンツ」

「由来は?」

「ニャンコはツナが好き。わかりやすくていいだろ」

 わかりやすすぎるし、そのまますぎるだろ。俺の率直な反応はそれだったけれど、とうのツナ好きニャンコはメロンパンを分けてもらえないことに気付いたのか、大人しくツナ缶に顔を埋めていた。

 河川敷、秋の夕焼け、猫。そして、そこに居座る少年。四拍子揃ったシチュエーションに、どうしても心が曇る。無意識に連想し、無意識に拳骨を固くしてしまう。理由はいたって単純だった。偶発的に構築されたこの光景が、俺の記憶に残っていたからだった。

「あの、さ。大翔」

 もちろん、そこにいたのは大翔ではないし、ニャンツでもなかった。だからこそ、同じになってしまう恐怖があった。おもむろに口を開いた俺に、大翔は邪気なく首を傾げてみせた。

「ここに来るの、やめらんないかな」

「なんで」

「一年前、ここに俺の友達がよく来てた。よく懐いた野良猫もいた。その友達も、ずっと不登校だった」

「うん」

「猫は事故で死んで、友達は自殺した。俺はその様子を見てないけど、二人が見てた。どっちも俺のクラスメイトで友達だよ。しかも片方は、死んだ友達の親友だった」

「なるほど。構図が似てるから、ニャンツもそのうち死んじゃって、俺のその友達みたいに自殺しちゃうんじゃないかと」

 話の着地点を、大翔は的確に指摘した。すぐに頷くのはどことなく気が引けて、結局俺が肯定を示したのは数秒経ってからだった。 ここに来る度、大翔に会う度に引きずる気持ちの根源。俺と同じ年齢の子どもが、自ら命を絶った現実。その友達がよくいた場所に、大翔がいる。だから無意識にリンクさせてしまい、不安になってしまうのだ。大翔も死ぬのではないだろうか。過剰反応だと自分でわかってはいるものの、わかっていることと対処できることは全然違う。また友達を失うかもしれない恐怖というよりも、俺自身が安寧のうちに身を置きたい願望のための、大翔への提案だった。

 メロンパンを平らげると、大翔は「ごちそうさまでした」と両手を合わせた。そういう姿は年相応で、俺より三歳下の十三歳らしさを感じる。さっきの対話もそうだけど、大翔との話はスムーズだ。どんなふうにと言われたら説明はできないけど、雰囲気もなんとなく大人びて落ち着いている。一年前からほぼ不登校だと言うのが信じられないくらいだけれど、大翔なりの事情があってそうなっているのだと思う。余計な詮索をする必要はなかった。

「大丈夫だよ。俺にはしなくちゃいけないことがあるから、死んでる暇なんて一秒もないし」

 言いながら大翔は立ち上がると、大きく伸びをした。そのまま深く息を吸い込み、浅く一気に吐き出す。いたって健康そうな身体だ。俺の痩せ型なだけで弱そうな体系とは違う。ちょっとそれが面白くなかった。兄ちゃんの身体つきはわりとモデルっぽい中背なのに、なんで俺だけがこんなに貧相な身体で生まれてきたのだろうか。今更どうしようもない、けれどよく考える答えのない自問自答が、性懲りもなく俺の脳内に浮かび上がる。

 とは言え、文字通りそれはどうにもならない。大翔が帰る素振りなので、俺も立ち上がった。

「詩仁君にもなにかあるだろ、しなくちゃいけないこと」

「俺?」

「きっとあるよ。ほかの誰かじゃいけない、自分がしないといけないことがさ」

 大翔はそう言って笑ってみせると、じゃあね、と俺に手を振ってさっさと背中を向けた。やっぱり年下とは思えなかった。坂を上って道路に戻る大翔を見つめつつ、俺は改めて、大翔の子どもらしからぬオーラを感じ取った。


はじまるよ。

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