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14.死人の記憶

 “意図せぬ禁忌”と“意図した禁忌”。この意味合いは全くの別物だ。だからこそ、ラヴァルストはジークの言葉を肯定する事が出来なかった。


 禁忌は、人に限らず、意思を持つ存在が恐れるから“禁忌”なのだと――


「何だあれは――」


 フリーランスとバリオンの国境は『ラヴァルストの山』を越えた南東に存在する。フリーランスの兵は、不可侵である『ラヴァルストの山』は通らずにトイト海域を使って、国境へ兵を送っていた。

 国境と言っても、明確な境は存在せず隔てる物の無い平原を監視する様に小さな砦が存在する程度のモノだった。


「ん?」


 その砦に居る兵士は、近日にバリオンが攻めて来る可能性を加味し本国より偵察と戦闘の出来る部隊を一時的に配属していた。


「お、おい! 急いで将軍に報告だ!」


 兵士の一人は伝書用の『イグルー』に文を持たせるために下へ向かい、残りの一人は見張り塔から、その存在を驚きに満ちた目に収める。


「山が……歩いて来る――」


 それは霧に包まれた巨山が、重々しい音を立てて国境を超えようとしている様だった。






「当然と思っている事。それ自体が大きな間違いなんだと思う。当然だと思っている中に全く違う意図が存在することもある。だから、竜はいつまで経っても“神”には勝てない。永く生きるが故に、世代を跨いだ他史観を得る事が出来ないからだ」


 ウェーブのかかった長い茶髪を後ろで一つに縛り、独特の民族着に身を包んだ『人間』の男は悟ったようにそう呟く。その腰には一本の刀が下がっており、柄に肘を乗せて、自らが乗っている『神』の行く末を見ていた。


 剣士の名前はリオル・カナイ。四の血(ブラットウォー)でも少数精鋭の遊撃小隊『ストライク・イーグル』の隊長を務める実力者である。

 リオルは『ラヴァルストの山』に入ったマーシーとガイルからの定期連絡が途絶えた事で、早期に次の手を切っていた。


「リオルさん。二人は死にました。そして、『白天竜』も戻ってきたようです」

「やれやれ。何が居たのか知らんが、あの二人がやられたと考えると、敵は『ラヴァルストの山』に兵を配置していたと考えるべきかねぇ。どう思う? サーナイト」


 丁寧な物腰で聴いた(・・・)情報をリオルに伝えるのは、瞳を閉じた『堕天使』の女だった。メイド服に身を包んだ彼女は黒い翼に大人びた雰囲気はどこか事務的で刺々しい。仕方なし、と言った感じで彼らと接しているようだった。


「さぁ? 私には図りかねます。姫様の言葉が無ければ、ここに立つ事すら避けたいところです」


 あまり友好的でない理由として、彼女は第四王子(シュライ)の配下ではない事が周知の事実なのだ。


 サーナイトの他にその場所には複数の人影がある。その全員がフードコートをかぶり、顔を隠した者達だった。その者達はリオルの部下であり、彼を隊長と慕う存在である。


「助かってる。キューレ様は本当に兄妹思いの御方だ」

「当然です」


 幼いころから見守ってきた主君を褒められ、サーナイトは無表情ながらもどこか誇らしげだった。


「しかし、早々に『玄武』を消費とは、シュライ殿下も思い切った事をします」


 霧のかかる山頂(このばしょ)は見晴らしが良いとは言えず、どこに向かっているのか分からない。


「こう来るはずがない。そう、相手に思わせた瞬間に勝負は決まっている。意表を突くと言う行為は相手に致命傷を与えるに等しいからな。『七星剣』の俺が言うのだから間違いない」


 それは絶対的な言葉としてリオルは自負していた。だから、この場に居るのは自らの部下と自分だけで事足りる。


「何でも一緒さ。賭けでも、試合でも、殺し合いでも、戦いでも、相手の意表を突く事で“勝敗”と言う天秤を大きく傾ける事が出来る」

「コレがそうだと?」

「いいや、マーシーとガイルが見つかった時点で、天秤はもう動かない。ここからは別の要素を加えて勝利をこちらに傾けなくちゃならない」


 その時、空に視線を感じた。リオルは自然な流れで空を見上げ、サーナイトは自分とは桁の違う“千里眼”でこちらを覗かれていると認識し一筋の冷や汗が流れる。


「捜しています。やはり“竜”はただ者では無い。こちらの常識を大きく凌駕する能力は、まさに予想以上です」


 しかし、視線はこちらに定まったようでは無かった。次の瞬間には外れ、どこかに消え去る。その様子からリオルは確信した。


「やっぱり直視でなければ“神”は認識できないらしいな。フリーランス攻略のカギは『白天竜』だ。『新創』に竜が障害になるかは、竜の性質によるのだろうが」


 あからさまに今の視線の先に“神”がいたと言うのに、『白天竜』は気がついた様子はなかった。

 『ラヴァルストの山』が戦略的にも必要だと言う事で今回大きく侵入する必要がある。

 国境手前で待機させている四の血(ブラットウォー)を、フリーランスの喉元に突きつけるのが今回の目的だ。

 トイト海路は『カテーナ』と挟み撃ちになる可能性と補給も安定しない事から大部隊の侵攻には適さない。陸路の方が確実かつ安全に拠点を築く事が出来るだろう。


「出来るなら相討ちになってくれると嬉しいけどねぇ。『玄武』と『白天竜』が」


 『玄武』は一度動き出せばその身が朽ちるまで破壊は止まらない。フリーランスの滅びの(カウントダウン)は既に始まっているのだ。






 ラヴァルストは千里眼による俯瞰を解くと見入れた情報を口にする。


『居ない。国境近くにバリオンの大規模な部隊が待機しているだけだ』


 アレが攻めて来るのか? 旗印は四の血(ブラットウォー)か。確か、五年前にトップが交代し、今の統率者は第四王子シュライ・ブラット・バリオンだったか。


 本来の姿に戻ったラヴァルストは、自らの“千里眼”で周囲100キロの存在を目視で確認していた。その中で、バリオンの国境付近で待機している部隊を見つけたのだ。

 四の血(ブラットウォー)

 元、獣牙族によって構成された野戦と白兵戦を主な戦略としている遊撃中隊として機能していたが、現在は指揮官が変わり、部隊模様も大きく変わったといわれている。


「敵は陣営があると言っていた。少なくとも国境内のどこかに拠点を作っている可能性が高い」

『だが、『ラヴァルストの山』には見当たらない。それなりに人が動いていれば動物たちも気がつくし、魔力の流れも異なって情報として確認できる』


 ジークとしては、ラヴァルストの索敵がどこまで信用できるかは不明だ。

 いつもなら前情報と、戦場の中に入った時に働く“勘”で敵の位置と戦力を感知してジークは立ち回る。


「……ここまでだな」


 彼はアイリスと過ごした時の感情を完全に切り離す。必要の無い感情であると事務的に悟ったのだ。ここからは、そう言った感情も殲滅率に大きく関わってくる。


『…………』


 その雰囲気にラヴァルストは、最初にジークがアイリスを人質に取った時の事を思い返す。

 今の彼の眼は、全てにおいて殲滅を優先する事だけを考えている様を現していた。その中には自分の命を保全すると言った様子は微塵もない。己の命を含む全てをさらけ出し、目的を達する為の思考を瞳の奥に抱いている。

 死地を歩く“死人の眼”をしていた。


「彼女が目を覚ましたら謝っておいてくれないか?」

『何をだ?』


 “ジークさんの持っている“白い箱”ってなんなんですか?!”


 あの時の約束。結局は破る形になってしまい、申し訳ないと思っている。だが、必要無いのだ。彼女が知る必要は無い。特に白箱は――


「約束をした。だが……もう二度と会う事が無いだろう。だから、すまなかったと」


 この世界に来た意味……それが何かあると思っていた。しかし、結局は元の因果に戻っただけだった。


「この山を脅かす敵を殲滅し、運よく生きていれば世界を見て回る。彼女はこの山から出ないのだろう?」

『いや、ワタシは共に“ある場所”に連れて行く』


 シュヴェルツェと話をしたが、バリオンの侵攻も有り、アイリスは自分と一緒に“最果ての地”へ連れて行くと決めていた。


「そうか。そこは安全なんだな?」

『世界で一番安全だ』


 それを聞いてジークは僅かな心残りも無くなったと安堵する。これからオレが失敗しようと成功しようとも、これ以上彼女が傷つけられることは無いのだと。

 彼の連鎖は変わる事は無かった。この数日間は、ソレを見つめ直す貴重な(とき)だったのかもしれないが、そう簡単には変わる事の無い因果だったらしい。


「世話になった」


 人は何かを成す度に“代償”を払わなければならない。それはジークも例外ではない。

 彼が前に払った代償は家族(ウィンとリジー)。そして、次に支払うのは彼女(アイリス)ではダメだ。だから、次は自らの命だと決めていた。


 ジークは自らの武器――“黒箱”と“白箱”を携え、敵の殲滅へ歩を進めた。己の変えられない生き方を愚直に、変わる事無く、突き進む様に――



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ん? あれ……? あれー!?」


 次に目を覚ますと、アイリスを迎えたのは(ラヴァルスト)でもジークでもなく、どこかの街の光景だった。

 夜の廃れた街の所々に光る、色とりどりのガラス管が看板代わりに点滅している印象的な場所だった。

 見た事の無い不思議な街並みは、静かで儚げな寂しさを感じ取る。


「まさか、ジークさんの記憶ですか?」


 ふわふわと現実味の無い感覚に包まれている。その感覚はジークと儀式【契】を行った時に感じたモノと同じだった


 まいったなぁ。とアイリスは後頭部を掻く。あまり、他人の記憶を知るのは良くない。その考えはラヴァルストに育てられて自然と身についた彼女の性格から生まれた道徳であるのだ。


「前は治療が完了して、お母さんに引っ張り上げてもらったけど……どうやったら帰れるんだっけ?」


 儀式【契】は一時的に、全てを共有する魔法であり、中でも特に大規模な魔法である。

 大半は動物などを使役する事を目的として不特定多数を対象に行われるが、知性を持つ者を対象に行う場合はより強いつながりを得るために記憶を探ることもある。

 最初の時は時間がなかったために彼の知識を除いたが、今回は記憶に紛れ込む形となってしまったようだ。


「おお。なんか楽しい」


 実像が無い事を証明する様に壁に触れるとすり抜ける。

 このような街模様はサリエルには無いのでそれだけで興味をそそられる。しかし、コレはジークさんの記憶だ。それなら、近くに彼も居る事になるだろう。


「……あ」


 幽霊のように顔だけを壁から酒場の中を覗くと隅のテーブルに座っているジークを見つけた。近くには立てかけられた“白箱”と“黒箱”が存在している。


「ジークさん?」


 アイリスの知るジークも、さほど活気のある方ではないが、今目の前にいる彼はまるで抜け殻のようだった。どこか力抜けて生気が感じられない。


「ジ――」


 思わず声を掛けようと近づくと、その横を通り過ぎて彼の前の席に座る人間に視線が向く。

 その人間は、ジークに話しかけたが、彼が何も反応しなかったので諦めて、四角い何かをテーブルに置いて去って行った。






 いない……どこにもいない……もう……5年になる……

 

 酒場で生気なく酒を飲んでいるジークは活動範囲を世界中に広げていた。その理由はただ一つ、(ウィン)(リジー)を見つける為である。

 だが、どこを探しても二人の情報(こと)は存在さえも確認できなかった。二人が自らの元を去ったのは5年前。捜し始めたのは4年前からだ。あらゆる情報網を使って、足跡を捜し続けた。


 しかし、見つけるどころか情報さえも掴めない。年々、妻と娘の誕生日を迎える度に、二人は死んでしまったのではないかと後悔の念が深くなっていった。


『こんにちは、ジーク・フリード。中々貴方が会ってくれないので、こうした通話記録による会話となってしまいます。それでも、私たちの依頼を受けてほしいのです』


 まるで、テレビをつけっぱなしにする様に、テーブルに置かれたタブレットの録音と映像データを彼は話半分に聞いていた。


『露西亜の領地で過激なテロ集団の存在を確認しました。貴方にはその制圧を依頼したい。場所は山岳地帯と言う事もあり、部隊を動かすには困難。そして敵は地形を知り尽くしており、我々では多大な被害が生まれてしまうのです』


 この手の依頼はいつもそうだった。

 妻と娘の事を知っている。だから、手を貸せ。と言うもの。しかし、今まで決定的な情報は何一つなく、空回りしかしていなかった。


『貴方の噂は多方面で聞いています。最近は様々な勢力に雇われていると言う事も――』


 だから、今回もソレと同じで“妻と娘の情報”をだしに無理やり自分を引っ張り出そうとしているのだと、戯言として受け取っていた。


『無論、無理にとは言いません。しかし、こうして強引に貴方にコンタクトを取っているという事実から、事態の重要性を理解していただきたいのです。それに、貴方にも理のある話だと思いますよ』


 そして、次に映し出された画像を見てジークは命を吹き返す様に眼を見開いた。


 画像(それ)は防寒具を身に纏い、雪の街を(リジー)の手を引いて歩く(ウィン)の姿だった。二人で出かけている所らしく、二人とも笑っている様が見て取れる。そして、映っている娘と妻は、ジークが何気なく誕生日に送ったミサンガをお揃いのように髪に編み込んでいた。


『この画像は露西亜のある地方で撮られた物です。四年前のモノですが、貴方にとってはとても重要な情報でしょう?』


 間違いない。そこに……そこに居たのか……謝りに行かなくては――


「ウィン……リジー……」


 ジークは武器を持ち、その日の内に露西亜へ発った。






「あ、ジークさん!」


 脇目もふらずに出て行くジークへ、アイリスは聞こえていなくてもつい声をかけて、引き止めようとしてしまった。

 そして、手伸ばした所で早送りのように映像が流れ始める。まるで洪水に巻き込まれた様に、平衡感覚を失いそうになるほどに荒れ狂い始めた。


「うっ……吐きそう――」

「吐くのは勘弁な」


 口元を抑えたアイリスは、後ろから聞こえた声に弾ける様に振り向いた。


「よっ、幼女。一体、こんなところで何をしてる?」


 振り向いた先に居たのは、無精ひげを生やして耳に十字架のピアスをした男だった。まるで近所で出会った親戚のように気さくに話しかけてくる。


「わっ! わはぁ!? だ、誰ですか!?」


 この記憶には自分しか、居ないハズなのだ。だから、自分と同じ存在が要るとは夢にも思っていなかった。


「あれ? アイリスちゃんじゃないの! いやはや、大きくなったね! 最後に会ったのは10年前だったっけか? オレがラヴァに会いに行った時だけど覚えてる?」

「え……まさか、ヴォイス様ですか?」


 飄々と、正解! と笑う男。その姿は見覚えはないが、その性格はよく覚えている。彼の古代魔法は特に印象的で、他言無用を条件に教えてもらっている。

 しかし、なぜ彼がジークの記憶を覗いているのか。そもそも、儀式も無しにどうやって彼の記憶に入っているのかはアイリスには導き出せない答えである。たとえ、《《どんな願いでも叶える魔法》》を持っていたとしてもソレは物理的な概念だけにとどまる。


「オレとしては、彼の事を知っておきたくてね。彼女からの推薦でもあるし、個人的にも興味があったのさ」


 その眼に映る、異世界のジークはどのように捉えているのか。ジーク寄りのアイリスとしては酷評を下してほしくない。


「安心して良いよ。別に記憶を覗いたからと言って、彼の事をどうこうするつもりはないさ。ソレに、もうそんな事は出来ないからね、オレは」

「? それってどういう事ですか?」

「竜の事情ってやつ。まぁ、長老と他の竜が何とかするから(にんげん)は気にしなくていいよ」

「なら、その件は忘れます」


 彼がそう言うのなら、自分にはお節介すぎる心配事だろう。母を見ていてもわかる。竜とはこの世界では絶対的な力を持った存在だ。その全てが集まって解決できない事など存在するハズがない。


「良い娘だねぇ。ラヴァも自慢する訳だ。うちの娘にも分けてほしい所だよ。今度会ったら、友達になってあげてね」

「はい。私からも是非よろしくお願いします!」

「ふむ。そう言えば、君って何歳だっけ?」


 ヴォイスは、素朴な疑問をアイリスへ投げかける。


「今年で15です」

「15? 大きいって言われない?」

「何がですか?」

「いや、おっぱい」

「…………」


 アイリスは笑顔を崩さずに、ヴォイスから距離を取る。


「ごめんごめん。思った事がすぐ口に出ちゃう性質(たち)でね。おっと――」


 そこで何かに気がついたように、ヴォイスは有る一点を指差す。高速で流れる周りの映像とは別の映像が、空間に穴が開く様に映っていた。


「彼、行っちゃうけど? そろそろ眼を覚ます? 手を貸すよ」


 その言葉にアイリスはヴォイスの指差す映像を見る。声は聞こえないが、母と少し話をして去って行くジークが映っていた。


「お願いします」

「オーケー。オレに出来るのは導くだけだからね。どう言った結末を迎えるのかは、君たち次第だ」


 次の瞬間、ヴォイスの耳に垂れさがる十字架のピアスが強い光を放つと、アイリスの視界は再び暗転した。

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