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13.虹色の“全”

「ぐっはは! 油断したな! 言っておくが、落下は貴様の不注意だ!」


 ガイルは崖の下へ落ちて行ったジークへ言葉を投げかける。届いているかは不明だが、底が見えない程の高さである。生きていても会う事はもう無いだろう。


「このような形でも決着は決着だ!」


 ジークの本気を見ることなく屠ってしまった事をどこか惜しく感じつつ、ガイルは踵を返した。視界には気を失ったアイリスが入る。彼女を連れて陣営に戻れば任務は完了だ。


「……マーシー。これはお前の戦果でもある」


 死した同士に追悼するようにガイルは呟く。


「――おい」


 そして、背後から聞こえた声に思わず身体が硬直した。その声は先ほど崖から落ちたハズのジークのモノだったからだ――


「それ以上、彼女に指一本でも近づいて見ろ。その時は覚悟するがいい」


 間違いない……先ほど崖から落とした敵だ。どうやって戻って来たかは分からない。しかし、ガイルとしては嬉しさが込み上げてきていた。

 あのような勝ち方は不完全燃焼もいい所だ。正面から敵を打ち破ってこそ『獅子』の本質と言うもの――


「ぐっはは……いいぞぉ。見せて見ろ! 貴様の本気を!!」


 振り向く際の裏拳が背後のジークを捉えた。だが、殴った感覚は人を殴った物では無く、金属を殴りつけた様な感触――


「彼女を巻き込むなと言った。コレはオレとお前の戦争だろう?」


 ガイルはジークの両手と両足に手甲と足甲の姿を確認する。今の一撃は手甲で受けたのだろう。砕けるどころか変形さえもしていない所を見ると甲の強度は相当なものだ。

 同時に、人一人なら易々と吹き飛ばす威力を受けて微動だにしなかったジークの身体能力も相当なものであると解釈する。


「面白いっ!」


 この身が出した本気は今まで片手で数えるほどしかない。どうやって落下を回避し、この場所へ戻って来たのか……貴様も指を折る程の強者なのか見極めてや――


「フッフッ――」


 刹那、ジークは短い呼吸をいくつか行うと同時にガイルへ距離を詰めていた。先ほどとは明らかに挙動は速くなっているが、ガイルに捉えられない速度(モノ)では無い。


「貴様の拳では我の身体は貫けない! 逆に貴様の首が飛ぶのが先よ!!」


 攻撃しても手甲で防ぐのは分かっている。だからこそ、ジークの攻撃に合わせて防御出来ないタイミングを狙ってガイルは戦爪を振り下ろした。

 飛ぶ――

 振り抜かれた戦爪は刎ね飛ばすという結果を問題なく生み出した。


「――――」


 生々しく離れた所に落ちる肉。戦爪を振り抜いた、ガイルの右ひじから先(・・・・・・・・・・)が――


「な――」


 先端の消失した片腕の断面から勢いよく鮮血が噴き出す。ガイルは失った自らの腕よりも、ジークの手甲に驚愕した。

 先ほどと形状が変わり、肘の部分には鋭利な刃が展開されている。

 今、ジークの装備している手甲は“黒箱”によって周囲の鉄と混ぜ合わせて展開した疑似的な手甲である。

 ガイルに落された時、彼は崖に張り付くように存在していた鉄鉱の脈を見つけ、持っていた“黒箱”のナノマシンを使って砂鉄に削り、スパイクの様な崖に掴める簡易な足甲と手甲を形成。崖を駆け上がったのだ。

 そして、戦いの最中で形状変化によって刃を形成。通過したガイルの腕をそのまま切り飛ばしたのである。


「『バルムンク』行動補佐50」


 既にジークは次の行動に映っている。構えるのは手甲を装備した拳。それは先ほどガイルには効果が薄いと判断した打撃(こうげき)である。


 手甲の拳。多少は威力が上がっても先ほどと同じで効果的な攻撃ではない。ガイルは切り飛ばされた腕の止血を優先し――


「ガハッ!?」


 拳を受けて衝撃と威力に目を見開いた。

 ソレは毛皮を物ともせず、その下にある皮膚と筋肉の鎧でも防ぎきれない威力を持った拳へ昇華していたのだ。


「知らないと、知っているでは大きく差が出る。無論、ただソレだけで人は死ぬ。例外はない――」


 その拳の連打がガイルを襲う。胸、腹、脇腹、顔面を、次々に打たれ、その下にある皮膚や内臓が衝撃で損傷していく。そして――


「なんだ……貴様は本当に人――」


 手甲の掌が開かれ、ガイルの胸に触れた。次の瞬間、ガイルの背から黒い槍が突出する。

 心臓を的確に貫く“黒槍”。それはナノマシンの形状変化を利用し弾けるように突出させた一撃だった。


「ゴホ……」


 黒槍に心臓を貫かれたガイルは、よろよろと後退すると、力なくマーシーと同じように崖下へ落ちて行く。


「この山は彼女の家であり故郷だ」


 装備した手甲は形の維持を放棄するように砂鉄は意志を無くして崩れ落ち、その掌に小さな“黒箱”が収まっていた。


「ここに戦いを持ち込むな。オレ達のような存在は彼女の周りには必要ない。無論、オレ自身も……」


 既に敵には聞こえていない。だが、自らに言い聞かせるようなその呟きは、ジーク自身が、ソレを忘れない為の心得なのだ。

 ジークはアイリスの安否を確認すると、気を失っているだけであると、安堵に息を吐いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ラヴァルストはシュヴォルツェとの話を終え、街を出てから『ラヴァルストの山』の“竜の結界”を確認する。


『アイリス……!』


 そして、即座に人化を解き、本来の姿となって空を駆けていた。

 理由は『ラヴァルストの山』に侵入者の反応を感じ取ったからだ。人化状態では、本来の姿よりも大きく力が制限される。帰る際に人化を解いた事で『ラヴァルストの山』に入ってきた存在を感知する事が出来たのである。

 そして、どこに居るかが瞬時に情報として入って来ていた。


 それはかなり奥まで入って来ている。その場所はアイリスが向かうと言っていた洞窟だった事もあり、元の姿に戻った直後に彼女は翼を開いた。


 どうやってそこまで入り込んだ? 人避けの結界は破られた痕跡は無いと言うのに――


 空を飛ぶどの鳥類よりも速く飛行する様は、数十キロの道のりを僅か数分足らずで通過し山へ帰還する。


 巨体と翼が受ける風圧によって木々が大きく撓る。そして、アイリスの寝泊りする小屋が見えてきた。そして、小屋の中にアイリスの反応を感じとるが――


 まったく動いていない……


 焦燥に駆られ、着陸の動作が雑になり重々しく着陸した。同時に本来の姿では小屋の中に入れない為、駆けながら人化状態へ。


「アイリス!」


 再び人化した彼女は完全な人化には成れず、身体の至る所に白銀の鱗が残っていた。そして、服を着るのも忘れて部屋の扉を開ける。耳には力を押し留めた十字架のピアスが揺れた。

 破れんばかりの音を立てて扉が開き、中の様子――(アイリス)を瞳に収める。


「――――アイリス……」


 ベッドに横たわるアイリスに歩み寄る。その傍にはジークが立っていた。

 彼は入って来た半裸の女に驚きつつも、肌に残る鱗や瞳の色からラヴァルストであると判断して対応する。


「気を失っているだけだ。しばらくすれば眼を覚ますだろう。だが――」


 あの後、少し迂回して小屋に帰りついた。そして、ベッドへ降ろした所で、彼女の身体が虹色の光に包まれ始めたのだ。


「これは何だ?」


 ジークは本能“虹色の光”には触れるべきではないと判断した。そして、驚くラヴァルストを見て正解だったと確信する。


「“全”が……防衛本能から発動した――」






 彼女のピアスが光る。必要な力だけを解放し、ソレを抑え込む封印式を更新する為に魔力を注ぎ込まなければならない。


 前に比べて封印式の耐えられる感覚が短くなっている(・・・・・・・)……このままでは膨れ上がる一方だ。今は一刻も早くアイリスを目覚めさせなければ、この辺り一帯は彼女が目を覚すまでに消滅する事になるだろう。


歪曲(ワーム)。陸式封印――」


 ラヴァルストは魔力を手に纏い、“虹色の光”を直接触れないように腕の人化を部分的に解除。腕だけに鱗を出現させる。そして、祈る様に娘の手を取ると自分が傍に居ると教える様に温もりを伝えた。


「アイリス……もう大丈夫だ」


 すると、“虹色の光”は少しずつ減って行くと全てアイリスの中へ戻る様に消えて行く。閉じていた彼女の瞳がゆっくりと力なく開いた。


「お……母さん……?」

「アイリス……良かった。本当に……」

「あ……ジークさんは……?」

「ここだ」


 少し離れて事の成り行きを見守っていたジークは声を出して彼女を安心させる。


「ありがとう……ございます……ジークさんが助けてくれたんですよね……?」

「気にするな。もう少し眠ると良い」

「約束……白箱の……」

「ああ。次に起きた時にな」


 白箱の中身を見せる。それを忘れていないと伝えると、その言葉に満足したのかアイリスは呼吸を穏やかに再び瞳を閉じた。






「彼女は大丈夫か?」


 ジークはアイリスの事を対処できるラヴァルストに後は任せて小屋の外で待った。出る際に“白箱”と“黒箱”を持ちいつでも出発できるように準備を整えている。


「落ち着いたよ」


 小屋から出てきたラヴァルストは簡単に服を羽織っている。“黒箱”を横に寝かせ、その上に座っているジークに必要な事を伝えた。そして、一礼する。


「山に聴いた。アイリスを助けてくれたのだな。本当にありがとう」

「成り行きだ。褒められた事じゃない」


 アイリスを助けたと言えば聞こえはいいが、二人殺している(・・・・・)。やはり、止まる事の無い自らの“戦いの連鎖”を今更、断ち切るのは不可能だとジークはこれからの行動を決めていた。


「オレは……彼女とは違う連鎖の中に居る事が義務だったらしい」


 立ち上がるジークは、まるでこれから戦いに赴く雰囲気を纏う。彼は腰を下ろしていた“黒箱”と、横に立てていた“白箱”をいつものように(・・・・・・・)肩に担ぐ。


「彼女はもう大丈夫なのか?」

「問題ない。少しだけ不安定になってしまったたけだ」

「そうか……それと、これを――」


 ジークは一つの腕章をラヴァルストに差し出した。それは、ガイルの腕を落した際に、その場に滑り落ちたモノである。


「――――これをどこで?」

「交戦した敵がつけていた。心当たりが?」


 ラヴァルストは見間違うハズがない。コレは1500年前の戦いで“ある神”を信仰していた『人間』がつけていた紋章だ。


「……“神の印”。それも『玄武』のものだ」


 『玄武』

 その神はラヴァルストにとって決して忘れられない存在でもあるのだ。

 これを使われた為、“竜の結界”に引っかからなかったのか。これは、神の特性の一部を一時的に得る技術。これを敵が? まさか既にバリオンは『ラヴァルストの山』を攻略する為に準備をしている――――


「“神”は竜の天敵だそうだな。それが“神の印”というモノならば……敵は神か、それに準ずるモノを用意している可能性が高いのではないか?」

「……かもしれない。だが――」


 ……ありえない。確かに『玄武』は封印していないが……肉体は消滅している。ロギアとラインハルトが討ち滅ぼしたのだ。それに――


「『神』が人に味方をするなど考えられない」


 神とは人を滅ぼすモノ。だから調和を意識する竜の理念に反すると判断され、戦う事が決められた。人と竜が協力して――


「……人はいつだって『神』を己の都合の良い様に解釈してきた。少なくともオレの世界では“神”を利用していた者(・・・・・・・)が大半だ。姿形は存在しなかったからな。その“人の本質”がこちらも変わらないのなら、別の答えが導き出される」

「それも、ありえない――人が」


 そう、そんなことは絶対に考えられないのだ。人が――


「“神”を従えるなど――」


 絶対に有り得ない。それは、禁忌の領域だ。

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