12.次の種族
亜人とは、この世界に存在する種族の総称である。
『獣牙族』『天翼族』『亜族』『人間』。
主にその四種族が当てはまり、魔力を使用し、独自の文化を築いている。
その中でも『人間』以外の亜人は、グランズ大陸から海を渡った大樹のある大陸――『オルガン大陸』を故郷として身を寄せ合って暮らしている。
その地に身を置く『緑天竜』の進言により亜人共和国『ソワール』が出来上がり、七種族の族長による会合制で機能していた。
そして、亜人の中で肉体的にも脆弱とされるのが『人間』だった。
心も体も弱く、他の亜人に比べて短命の種族――ソレが『人間』という種族の特徴として世界で認識されている。
亜人の中でも圧倒的な弱者。しかし、より多くの文明を築き、太古から血を繋いできた種族でもあり祖となる種族であった。それでも、その個体数は年々減少傾向にあり、いずれ世界から『人間』は消えると推測されている。
その後、『人間』が絶滅した際に次に世界で栄えるのは『獣牙族』だと強く推測されていた。
高い環境適応能力に多少の偏屈な環境でも生き残る事ができる生存力。魔法と武器を使わない素の身体能力で『獣牙族』の右に出る亜人は存在しない。
無論、魔法を使った際の戦闘能力も飛び抜けており、産まれつき持つ属性の“聲”を聞く事で詠唱なしにその魔法を使う事が可能だった。
その能力は世界で最も適応している存在と言っても差し支えない。
そして、『獣牙族』ではより強く、気高い戦士と認めた存在には“金の証”“銀の証”“銅の証”を配布していた。
『銅の証』は戦士として熟達した証。
『銀の証』はより高い実力を持つ証。
『金の証』は最上の戦士である証。
これは、その証に違わぬ戦士であると言う事を忘れぬためのモノであり、中でも“金の証”を持つ『獣牙族』の戦士は片手で数えるほどしか居なかった。
「…………」
ジークは向かって来るマーシーの動きから、軌道を予測し持っている鉄片を投げつける。
「おっせぇ!」
しかし、マーシーは高速で直進してきた鉄片を易々と躱し、投げ終えた態勢のジークが次の挙動に入る前に爪撃を見舞う。
ジークは身体を捻って直撃を回避。しかし、服は僅かに切り裂かれる。
投げる前に回避行動を取っていたな……
一度の接触でジークは初対面にもかかわらず、こちらの動きが先読みされた様を冷静に感じ取った。
『狼』。
それがマーシーの亜人としての種族だった。その嗅覚が感じ取る匂いは様々な予兆を察知し、その動作の初動を捉える事も難しくない。
今は人に適した環境で生活する為に魔法によって人化している。戦士として熟達したマーシーは人化のまま、本来の姿である『狼』の身体能力を発動できる程に使いこなしているのだ。
「ハッ! 止まって見えるぜ? お前の動きはなァ!!」
獣の身体能力に人の思考。マーシーは既にジークの弱点を看破している。潰れた左眼によって必然と生まれた死角。それは戦いにおいて決定的な要素だ。
「――――」
ジークは翻弄する様に動くマーシーに対してその場から動かず身動き一つしなかった。そして、挑発するように至近距離の攻撃範囲に入ったマーシーに反応すると、腕を振るが当らない。それどころか突き出した腕を逆に爪で斬りつけられ浅く血が流れる。
「じゃあな! 『人間』!!」
ジークが次の行動に移るよりも先にマーシーは彼の左側から、その顔に向かって命を奪う一閃を見舞った。
「感覚が優れているのは、お前だけでは無い」
次の瞬間、ジークを殺す一閃を見舞ったマーシーへ逆に胸と脇腹に拳を叩き込まれる。
何が起こったのか悟る間もなく瞬時にマーシーは意識を失うと、ジークは踏込み、腕を掴むとそのまま滝へ背負い投げの要領で崖へ投げる。ろくな抵抗もできず、落ちる水の流れと共にマーシーは地下水道へ落ちて行った。
「これは、試合ではなく戦争だ。隙を突けないのなら、せめて相手の能力は警戒しておけ」
『アイゼンユニット』による触覚の延長。今のジークにとって失明した左眼側は死角ではない。
「むむむ!!?」
ガイルは、ジークとマーシーの動きを全て見ていた。それ故に、マーシーの死角からの攻撃に対して完璧に反応したジークの動きに驚愕したのだ。
視えていなくとも、まるで決められた動作のように反応し、躱し、殴り、撃破した。反射運動に近い一連の流れは長年の反復運動の賜物のように洗練された動きだったのだ。
それを見ただけでわかる。この『人間』は戦士としてかなり練度を積んだ強兵であると――
「……嫌なモノだな。こればっかりは簡単に忘れなれそうにない」
刹那の撃によって一瞬で殺されたマーシー。侮りが生んだ敗北とは言え、『銀の証』を持つ戦士を易々と戦闘不能にするジークの身体能力は、ガイルの知る一般的な『人間』の範疇を遥かに凌駕している。
逆に、自分たちに匹敵するほどの実力者ならばその名が知られていないハズが無い。
「貴様は……何者だっ!!?」
「ジークフリード。戦場ではそう呼ばれていた」
ジークは必要のないと思っていた感覚が背中を焼く様に蘇る熱を感じ取ていた。彼女が気を失っていて幸いだった。
深く、暗く、感情が消えた眼は、意思を持つ“人”が作り出すには尋常ではない“殺気”を纏いながら沈んでいく。
こんな眼を彼女は知る必要がない。君は死に対しても何よりも純粋であってほしい。
「オレ達だけで終わらせよう」
「よかろう!!」
ジークのその言葉にガイルは思わず口の端を釣り上げて笑った。
「ハァァァ!!!」
ガイルは“人化の術”を一部解除し、本来の姿を半分だけ体現していた。マーシーとは違った戦爪が生え、表皮には毛皮のように体毛で溢れて行く。
その咆哮は、大半の生物の逃走本能を呼び起こし、強靭な咢から喰い込む牙は肉を骨ごと引きちぎる。
『獅子』。
『獣牙族』でも最強と分類される種が、ガイルの本来の姿なのだ。その戦闘能力は正面からの戦いで武器も魔法も無しに打ち負かす事は不可能と言われるほどのタフネスをも誇る。
「――――」
人化を解除している最中、ジークにとってはソレを待ついわれも無い。躊躇いなく踏み込みマーシーを屠った拳をガイルにも叩き込む。
胸や脇腹、顔面も殴りつける。僅かに怯む様は確認できるが倒れる気配は全く感じ取れない。
「固いな……」
並大抵の生物ならば一撃で骨が砕け、血反吐を吐き出すほどの威力を含んだ拳。敵の防弾ベストの上から致命傷も与える程の拳だが……
連打の限界にジークは一度拳を止めて、ガイルの動向を探る。その際にこちらの攻撃はほとんど手ごたえがないと感じていた。
ガイルの身体は体毛が毛皮の役割を果たしており、結果として打撃の衝撃を極端に抑えている。加えて、その下には産まれつき持ち合わせた体格と、それに搭載された筋肉によって耐久力も段違いに引き上がっているのだ。
いくら超人的なジークの拳でも、昏倒させる程のダメージは易々と与えられない。
「中々の拳だ! 次は我から行くぞォォ!!」
猛獣が敵に威嚇するように咆哮を浴びせると、弾けるようにジークへ接近する。巨体に比べて予想以上の速度は『エンフォーサー』ほどの速度は無くとも、軽自動車の突撃を彷彿とさせた。生み出される拳速は『エンフォーサー』よりも遅い。しかし、爪がある分、まともに貰えば一撃で切り裂かれるほどの代物だ。
「チッ――」
ジークはガイルの動きから生み出される拳を、持ち合わせる超人的な反射神経と身体能力で躱していく。それでも、頬や服を掠めて完全には躱し切れない。
やっかいだな……まるで知性を持つライオンだ――――
純粋に力と力の殴り合いでは体格がものを言う。落ちる物体が自然と威力を持つように、高所からの拳の振り下ろしは振り上げるよりも何倍も威力が生まれる。
体格差によって、ガイルは常にジークへ振り下ろす様に戦爪が振り抜かれる。高低差は戦いにおいて勝敗を決する重要な要素なのだ。
「――――!」
躱し続け、息切れを狙っていたジークだったが、いつの間にか崖際に追い詰められていた。踵が崖端を僅かに崩し、崩れた破片が小石となって滝の音と共に下へ落ちて行く。
これは――誘導されたか……
「マズイ――」
眼前には全てを斬り伏せんとする気迫を纏った戦爪をガイルが振り下ろしてくる。死が目の前に迫る。躱せない……ギリギリだが持つか――
肉を切り裂き、ジークの身体をも両断しかねない威力をガイルは自負していたが、それは咄嗟に割り込んだ腕によって阻まれた。
衝撃が生まれ、流れ落ちる滝を一瞬だけ散らした。そしてガイルは自らの戦爪を受け止めているジークの腕を見て思わず笑みを浮かべる。
「なるほど! 貴様も強き戦士か!!」
その腕にはポケットに入る分だけの“黒箱”によって黒い手甲が作り出され、ガイルの戦爪を振り下ろした腕力ごと受け止めていたのである。しかし、流石に硬度は足りず、僅かに爪は手甲を貫通している。
「……くっ」
振り下ろされる戦爪は辛うじて止める事はできているものの、抑えるだけで精一杯だった。今度は逆にこの均衡を崩せば一撃で身体を切り裂かれるだろう。
ガイルの力は、まさに『獅子』の筋力を凝縮したモノ。更に彼は自らを高める為に訓練しており、本来の力の数倍の筋力を得ている。
その力をジークは手甲を着けた腕にもう片方の腕を下から添えて全身で支えていた。
「――――」
躱せない。コイツは躱した時の為にもう片手を待機させている。今の態勢から無理に抜け出そうとすれば、その隙を的確に狙われるだろう。
「豪気!! その意志は鋼よりも強いと見た!! まさに最上の戦士!! マーシーも貴様に倒されたとあれば浮かばれるであろう!!」
「少しは黙って戦えないのか――」
その瞬間、ジークは亀裂の入る音を聞き同時に浮遊感を全身で感じ取った。崖際だったのだ。足場が持ちこたえられる重量を超え崩れたのである。
「しまっ――」
ガイルの立っている側は問題なく、ジークの立っていた切り立った場所だけが崩れて自由落下が始まる。ジークは超反応で崖を掴もうと手を伸ばすが、無情にも僅かに届かず、落下する滝と共に落ちて行った。
「それで、アイリスをうちに預けたいと?」
シュヴェルツェと人化状態ラヴァルスト。
二人の立場は本来ならば大きな開きがある。しかし、今この場において“アイリス”を主とする話では対等の立場として会話をしていた。
「しばらく山を離れる。街で噂を聞いたけれど、あれは本当?」
街を歩いていてラヴァルストは無視できない単語を耳にしたのだ。
統一帝国による宣戦布告。
少し時間をかけて調べればすぐ真偽は分かるのだが、目の前に座る老人はその辺りの情報を既に掴んでいるハズだ。
「本当だよ。数日前だったか……バリオンで行われた『対国議会』にて全ての大国に同時に布告されたそうだ」
「正気とは思えないな。いくらバリオンが世界一の大国とは言え、四方を敵に回して勝てると考えるのは愚者のやる事だ」
「意外だね。君はそう言う事が不得意なのかな?」
「何の話?」
「戦局、戦略の話だよ」
シュヴェルツェは運ばれてきたコーヒーを啜ると受け皿に置く。その水面を見つめながら何を思うのか、ライガル・バリオンと唯一比肩するとも言われる『賢人』はその口を開く。
「バリオンは長期戦を考えていない。少なくとも2年……長くとも5年で全ての国を統一するつもりだ」
戦争と言う物は多くの負担を自国に強いる。軍が大規模であればある程、長期戦では不利になって行くのだ。特に今回、バリオンは援護も無しに全て自腹を切って攻めてくるため、いくら大規模で精強な軍を持っていても、長くは戦えない。
「統一は可能なのか?」
「本来は不可能だ。いくら世界と同等の戦力を持っているとは言え、それは個の武勇でしかない。各国も黙って制圧されることはないし、息切れは早いだろう。しかし、ソレをライガルが見落としているとは考えにくい」
その対策の一つが短期決戦。態勢を整える前に大国を制圧して行くのだろう。しかし、大国を束ねる“長”達も何も考えていないわけでは無い。バリオンの動きをいち早く察知し、牽制に動くハズだ。
「……統一に決定的な何かを得たのだろう。そうでなければ、勝ち筋が見えるはずがない」
その何かは、バリオンに居る偵察からも情報が無い。霧に隠れたバリオンの切り札は、対応を見誤れば簡単に国が亡ぶ代物で間違いない。
「まぁ、いま頭を捻っても分からないモノは分からないね」
困ったよ、と肩をすくめて笑うシュヴェルツェにラヴァルストは嘆息を吐きながら話題を当初に引き戻す。
「アイリスの件だが、そうなればそちらでは厳しいか?」
「ん? いや、問題ないよ。私も孫娘には12年ぶりに会いたくてね。流石に他の孫たちもいい年齢だ。理解してくれるだろう」
「そう言えば一人増えたのね」
「女の子だ。丁度、この街に一緒に連れてきている。身体が弱くて戦士としての強度は皆無だったけれど、別の才を発揮してね。今はソレに磨きをかけている」
「上の子は?」
「ああ。二人ともよくやってくれているよ。特に長男は私の後継ぎとして申し分ない。世界を良く見ているし、前には代理で会議にも出てもらった」
家族の事を自慢げに語るシュヴェルツェにラヴァルストは逆に不安の表情になる。
「あの子は、その中に入れるだろうか?」
12年も離れていた。仕方のないとは言え、もう少し年を取ってから会わせる方が良いのではないか、と悩んでしまう。
「親の経験がある者の意見として言わせてもらうと、君は少々過保護すぎると思うよ。少しは突き放す事も大切だ。子離れも親として大切な事柄だよ」
「そうだね」
確かにそうなのかもしれない。これはアイリスにとって必要な事で、いつかは向き合わないといけない現実だ。
“お母さん。私、ジークさんと結婚する事になったよ!!”
「…………」
「ラヴァルスト様。捻じ曲がっていますよ」
思わず、自らの魔法を発動していたラヴァルストは我に返った。コーヒーを乗せている目の前のテーブルが螺旋を描く様に捻じれて、若干縮んでいる。
「シュヴェルツェ、貴方の子供は二人とも娘だったな。結婚する相手を連れて来たときにどう対応した?」
「一発殴りました」
「意味なく?」
「意味なく」
やはり殺しておくべきだったか――
まだまだ親として経験の浅い『白天竜』は子育てと言う未知の経験に振り回されっぱなしだった。




