10.異世界の歴史
「ジーク……よく聞いて。あなたは何も悪くないの。だから、これから何が起こっても自分を責めず、まっすぐ進みなさい」
それが、シスターの最後の言葉だと覚えている。
彼女がオレの名付け親だった。教会の前に捨てられていたオレは、教会の運営する孤児院で3歳になるまで育てられた。
だから、世話をしてくれたシスターが母親のようなもので、あまり裕福では無い孤児院では、小さくても仕事が割り当てられる。
とは言っても、3歳の子供だったオレに出来る事など微々たるもの。せいぜい小物運びか、シスターと一緒に教会での雑務を手伝う程度。それでも……誰かに必要とされ、それで自分の居場所がここであると思える事は何よりも幸福な事だと疑わなかった。
今思えば、この時が一番純粋に笑えていた気がする。
しかし、人生には転機と言うモノがある。
奇しくも、ジークが人生で初めて銃を握ったのは3歳の頃。そして――――
「ごめんね……ごめんね……ジーク。私の……私の所為で――」
銃を使って彼が人を撃ち殺したのも3歳の頃だった。
今思えばオレは何も知らないガキだった。ただ、あの時は……シスターを泣かせている奴が許せない事だけが撃鉄を引かせる十分な理由だったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あの鉈は、金属を削って造ったものだったのか?」
「はい。少し大きめの硬材をこれから行く洞窟で採取して魔法で削って形にするんです。精密な魔法操作も、鍛錬の一つですので」
ジークとアイリスは『エンフォーサー』との戦いで折れてしまった鉈を新たに造る為に、彼女の行きつけの洞窟を目指して歩いていた。
「ついでに、“火炎石”も取りに行きますよー」
「“火炎石”?」
「火の魔力を蓄えた天然の可燃鉱石です。少し魔力を注ぐことで炎を発します。色々と使えるんですが……生成される量が少ないので貴重品なのですよ」
“火炎石”は魔力が強い山に生み出される事のある「魔法鉱石」と呼ばれる部類の鉱石である。この『ラヴァルストの山』はラヴァルストによって膨大な魔力を循環している為、鉱脈にも魔力が通い、そう言った鉱石が自然と生まれるのだ。
「今回は少し、この世界についてお話をしましょうか。ジークさんは、あまりこの世界の事を知らないでしょう?」
「別に構わないが……ここでか?」
アイリスとジークは切り立った崖を歩いていた。そこは普段は人が足を着ける事の無い道であり、翼を持つ鳥類以外は無縁の場所である。
『ラヴァルストの山』に12年も暮らしているアイリスも魔法鉱石を取りに行く以外は利用する事の無い“崖”だった。
ほぼ垂直で凹凸の少ない壁面。アイリスとジークはその壁面に足が吸いついている様に地面と変わらずに歩を進めて行く。
闇魔法の“闇遊”によって重力の向きを変える事で垂直の崖でも地面と同等に歩く事を可能にしている。
「“闇遊”は平行感覚に慣れが来るまでは調整が難しいんですが。酔っちゃいました?」
「いや……壁を歩くが久しぶりでな。特に支障はない」
「そうですか。それなら、レッツゴーです!」
どこか食い違った会話をしているが、ジークの方は魔法無しの力技だと言う事をアイリスは理解していなかった。そんな事には特に気にせず、得意げにこの世界について話し始める。
「この世界の名前は“サイリス”と言い。歴史は一億年も前の記録が残っているんですよ」
「それは凄いな。オレの世界ではせいぜい、三千年程前までしか記録による歴史は残っていない」
それも、国ごとに細部が違っており、正確な歴史は今も解明中だったと記憶している。
「こちらは的確に歴史的内容を把握している理由として、“竜族”の存在が上げられますからね」
「なるほど……あれだけの固体だ。長寿なのは必然と言う事か」
あの存在を生物と括るには多少次元が違う存在感だ。どこか、神的な存在でもあるのだろう。
「ちなみにお母さんは6000歳です。けど、竜族の中では青年ほどの年齢で、竜族の老人ともなると500000歳になる方もいるそうです」
「人の生涯が一瞬に感じる年齢だな……。一つ聞きたいんだが、いいか?」
「なんでしょう?」
「この世界の人間は普通に100年以上生きるのか?」
その辺りは考え辛いが、自分のいた世界とは別の世界である以上、その様な常識も違って居のかもしれない。
「あはは、無いですよ。『人間』は、100歳も生きればご長寿さんです」
生物としての理は、竜だけ常識の外にいるということか。実際に見た竜は彼女だけだが……新陳代謝や細胞分裂の類は未知であると考える方が無難か……
「ですけど、竜族は世界でもたった10体しか存在していません」
「そうなのか?」
あれだけ強力な存在が、絶滅寸前まで追い詰められているらしい。しかし、数だけ聞けば絶滅間近だが、実際は単体で500000年生きる固体もいる。血を繋ぎ、同胞を増やすのなら問題は無いハズだ。
「原因は竜と“対になる脅威”との戦いによってその個体数を極端に減らしてしまい、更に絶対数の“呪い”をかけられた、と聞いています」
「天敵がいるのか」
「はい。唯一“竜”を滅ぼすほどの力を持つ存在――“神”です」
神。その名は必然と別次元の力を持った存在として認識してしまう。ソレだけ、力を持つ存在としての概念は彼も持っているのだ。しかし、
「…………どういう事だ? この世界には“神”と名乗る存在が居るのか?」
実際に見たと聞かれれば、首を縦に振る事は絶対に無かった。
ジークの居た世界では――
『竜神戦役』
それが、竜と神の戦いを綴った歴史書の単語だった。
この世界に存在する十体の“竜”は人が使う事の出来ない『古代魔法』を所持している、頂上的な存在である。
彼らは人と世界を隔てなく見護る“天”を例えて【十天】と言われていた。
自然を創り、理を管理し、魔力の循環を世界規模で行う。そして、人同士の戦いには絶対的な中立を貫く。
その【十天】が絶対的な敵として認識している存在が十の神――【十柱】である。
隔てない天に、破壊と支配をもたらす十の災害。太陽を遮る天井を支える柱。それが【十柱】の由来である。
自由を世界の象徴とする竜と、混沌を世界にもたらす神。双方は存在が確認された頃から幾度と衝突を繰り返していた。
その戦いの余波は、世界を巻き込む災害は人では耐える事の出来ない天変地異として襲い掛かる。
その度に、人の文明はリセットされ、生き残った人間たちの間では正確な歴史を把握する事が困難となっていく。
そして……今から約1500年前に起こった6度目の戦い――『第六次竜神戦役』を得て、【十天】は【十柱】の中でも五体の神を封印する事に成功していた。
「つまり、お母さんたちは“神”との戦いに勝利した形となっているのです!」
ぐっと拳を握りしめて、当人から直接聞いた歴史を力説したアイリスは続ける。
「そして、人は安定した形で今日まで文明を築いてきました。そんな中、『フリーランス』は白天竜の守護の元1500年も続いています」
「1500年か。よくそこまで続いたものだ」
国一つを維持し続ける。それがどれほど困難な事かは言うまでもない。
国を統べる王は、何世代も賢人とは限らないからだ。愚者もいれば、本来の血筋が途絶え別の血が王となる事もあるだろう。それが更なる亀裂となり、結果として国と言うモノはバラバラに崩壊することも多々ある。
外部からの脅威が無くとも内部から腐り、崩れ落ちて行くのも必然と言える流れなのだ。それは大国であれば、引き起こされる可能性が高くなる。
「理由の一つとして、『フリーランス公国』は血筋に囚われないと言う意志があります。実力があれば誰でも貴族になれますし、国の重役にもなれるんです。そして、王の血筋はある条件を元に決められます」
「詳しいんだな」
「歴史の勉強も、生きて行くうちに必要な事です」
アイリスは本やラヴァルストから知識を得て、12年間、『ラヴァルストの山』から出ずとも、必要最低限の世間的な知識は見につけていた。
「話を戻しますね。国を維持する上で必要なのは“傀儡とならない王”です。王が有能であれば王室の腐敗も少なくなり、国の清浄化につながります」
その為、王室の文官たちの入れ替わりは多い。世代を跨いで王に仕えているのは、ほんの一握りの貴族だけである。
「そして、王の血縁となる条件は、国や人種は関係なく“容姿”と“病気への抵抗力”によって決められます」
人に必要な要素として『フリーランス』の王族は人としての強度だけを継ぎ続けてきたのである。
「人の品種改良か」
知識や身体能力は後からでも補填する事はできる。だが、産まれながらの容姿と、病のかかりやすさだけは後天的に得る事は出来ない。
「そんな家畜みたいに言わなくても良いじゃないですか! 別に変な事をしてるわけじゃありません! それに、産まれる子が皆、突出的な力を持つわけではないんですから!」
いきなり感情的になったアイリスにジークは目を丸くする。
「何を怒っている?」
「怒ってない!」
明らかに怒って敬語が抜けているが……
理由はさておき、自分が身を引く事で泥沼な口論が止まると察し、ジークは口を閉じる。それでもアイリスは不機嫌そうにしている。
「皆が不幸にならない方法を、考えた結果だと思うんです。ジークさんや他の人から見れば変な事をしているように思えますが――」
「いや、オレも発言が軽率だった。理由はどうあれ、国の繁栄には民意は必要不可欠だ」
人が集まる場所が国であり、その場所に長が居て国が出来上がる。しかし、誰もが王になれるわけではない。
その王に対して、敬意を抱けるか。それが国の本質とも言える。
実際に王都や彼女以外の他の民を見たことが無いので国の本質は推し量りかねるが、1500年の繁栄は伊達ではないだろう。
「良い国なんだな。ここは」
「えへへ。そうですよ」
その言葉にアイリスは機嫌を治した様で、嬉しそうに笑った。
元居た世界では考えられない事だ。そして、破壊と制圧しか出来ないオレには……不釣り合いな場所だな。
この国……この場所に血と鉄の舞う“戦場”は必要ないのかもしれない。
流通都市『ディール』はフリーランスの南端に存在し、最も『ラヴァルストの山』に近い都市である。この辺りの村や町から流れる物資の流通地であり、大概の物資はここから各都市や王都へ運ばれる。
その為、様々な目的を持って訪れる者達で溢れかえっており、商人の街とも言われていた。
朝の慌ただしさから少し日の傾いた昼前。白銀髪の美女がディールを歩いていた。
「ここはいつ来ても人の多い。やれやれ」
嘆息を吐きながら慣れない人混みを進む。
切れ長の眼と凛とした顔立ちは大人の女性としての魅力を十全に発揮しており、コートを羽織った下に存在するプロポーションも魅力的なモノを携えている。右耳だけに垂れさがる、十字架の細長いピアスは己の持つ膨大な力を一時的に封印している。
通り過ぎる者達の誰もが一度足を止めて振り向き、彼女が通り過ぎる際に視界から消えるまで人々は見惚れた。
「……フード付きの方が良かったか」
美女は集まる視線に気分を悪くしつつ、足を速めて目的の茶屋へ向かう。その時視界に入る影があった。
「やぁ、お嬢さん。今、お暇ですか?」
「暇ではない。出来れば道を空けてくれないか?」
彼女の進行を遮ったのは質の良い鎧に、貴族の印が入った腰布が特徴的な兵士だ。誰が見ても美男子と受け取る事の出来る容姿は、美女ほどではないにしろ、異性の注目を集めている。
「よろしければエスコートを任せていただけませんか?」
「いや、必要ない。場所は分かっているから」
失礼。と一言で断わり、その横を通り抜けると美男子は諦めきれないのか、即座に回り込んでくる。
「いえいえ。美女一人を歩かせるのはあまりにも不親切です。私も共に歩く事で完璧な絵になるでしょう」
面倒だ。だから“人の街”は嫌いなのだ。娘に言われて人並の服装をしてみたが今度は仮面を着けて歩くか……
「結構――」
しつこすぎると、次には気絶させてから強引に突破――と、次の手を考えていたところで大きく影がかかった。
「ん?」
「しょ――」
「むん!!」
影が兵士に向かって頭突きを喰らわせた。石と岩がぶつかったような音が響き、次に轟いたのは賑やかな雑踏にも負けない声だった。
「哨戒中に何をやっているか!! バハハハ! この街の民命は我ら王宮騎士にかかっているだぞ!! シャキッとするのだ!!」
し、失礼します! と、美男子の騎士は頭を押さえながら頭部の鎧を着けて逃げるように走って行った。その様を眼で追っていた美女は、目の前の影に向き直す。
「助かったよ。ラゴット」
「相変わらずの“美”ですな! バハハハ! 主様がお待ちです!!」
王宮騎士将軍――ラゴットは巨体を鎧に包んだ巨漢だった。
口周りを髭で覆い、毛根の死滅した頭部には大きな傷跡が目立つ。ただでさえ威圧感のある姿に加えて、常に上げている大声は人混みの中でもすぐに見つけられる特徴だった。
「お前を寄越してくれたのは正解だ。おかげで人の視線が減ったよ」
ラゴットの傍に居るだけで気になる視線は減った。最も、ラゴット自身にあまり目を付けられたくないと言う意味も含まれているのだが……
「ぬ! そこの青年! いい肉体をしている。どうだ!! 儂の強化マニュアルを受けて見ないか?! そうすれば立派な王宮騎士になれるぞ!! さぁ、共に戦場を駆けようじゃないか!!」
「き、騎士様。ご勘弁を……」
「こら、やめなさい」
美女がラゴットに蹴りを入れる。むぅ、とラゴットは怯み、我に返った。
「む。おお、すまんすまん。つい、な! バハハハハ」
「なんでワタシが止めるんだ……まったく……」
その後も案内するラゴットだったが、その後も何度か足を止め、その度に美女に制止されると言うコントを繰り返しながらようやく目的の茶屋に辿り着く。
「こちらです! 時間がかかりましたな!!」
「次からは、貴方以外の人間を迎えに寄越すように」
そう言って先に美女が店内に入った。
中には客らしい客は見当たらず、貸切にしているようで静まり返っている。その中で美女はこちらに背を向けて座っている唯一の“客”を瞳に映す。
「申し訳ありません、お客様。本日は貸切となっておりますので、またのご来店をお願いします」
店長が直々に丁寧に美女の来客に断わりを入れに来た。
「いや、店長。彼女だよ。私の待っているお客さんは」
その様子を察した“客”は美女が待ち人であったと発言する。その言葉に、店長は美女に謝罪すると、次に“客”の席へ丁寧に誘導した。
その背後で、ラゴットが自分の身長以下の扉枠の上部分を頭突きで破壊し、入店してくる。驚く店員に、バハハハ、と笑って修理費を手渡していた。
「失礼。君が少しでも楽しめればと思ったのだが。少々、ラゴットではうるさ過ぎたかな?」
ラゴットと店員のやり取りを見て怪訝そうな顔をしている美女へ“客”は物腰柔らかい口調で呟いて来る。
「次があれば、まともな人間をよこして。パーシとかがいい。シュヴェルツェ」
「そういたします。ラヴァルスト様」
白髪の美女――ラヴァルストは席に腰を下ろしながら、目の前にいるアイリスの肉親である白髪をオールバックに流した老人――シュヴェルツェにそんな事を告げる。
「では、今回は珍しく貴女様からの呼び出しでしたが。孫娘に何か問題でも?」
「アイリスを、そちらにしばらく預けようと思ってな」
ラヴァルストはその理由の説明を始めた。




