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9.帝国の進撃

 『フリーランス公国』。


 グランズ大陸の西北に存在する国であり、海に面している事からも港による交易も盛んな国であった。

 特産品である鉄細工は他国で高い評価を受けており、鉄工技術は世界(サイリス)でも有数のモノを保有し、その技術による剣や鎧は軽量でありながら高い性能を持つ事も特徴である鉄工の最先端にある国だった。


 『ラヴァルストの山』が隣接しているため、北東からの侵攻は比較的に抑えられている事もあり、主に海域に対する警戒が自然と強く、海軍は有数の実力を保有している。統治は到って平和だが、トイト海域による海賊との小競り合いによって実戦経験はそれなりに積んでいる。


 竜が身近に居ると言う事で、他国からの国防力は高いと認識されている事と治める『優王』のカリスマは、世界(サイリス)でも無視できない発言力を持つ国だった。

 『フリーランス公国』の首都ヴィルヘルムの王宮を歩いているのは眼鏡をかけた若い王子だった。


 淡々と状況を分析し、最短距離で最善の解答に辿り着く冷静さとキレを持つ彼は、フリーランス公国の第一王子――ウェブである。

 彼は現国王の祖父から、近い内に王位を継承する事が決まっており、現在は国務と大使の(まつりごと)を一任して引き受けている。その政の一つに『対国議会』への出席があった。


 5年ごとに行われる五ヶ国を集めての『対国議会』。今回はバリオンにて行われ、その際に対応した王族は、統一王ことライガル・バリオン本人だけだった。

 しかし、それが問題だったのである。






 バリオンの王都、ファンガル城にて行われた『対国議会』は国王(ライガル・バリオン)自ら立ち会った。

 彼の血を引く六人の子供は、バリオン各地の都市にて作業を行っている為、今回は遠慮させたと説明された。その際に王都を案内され、その技術力と軍事力に、各国の代表たちは予想していた国力を大きく改めなければならなくなったのである。


 バリオン以外の全ての国が同盟を結んでも対抗できるかどうかの軍事力を見せつけられ、これ程の技術をまとめ上げたライガルの器量に改めて脅威を抱いたのだ。

 フリーランスを含む、他国の代表たちはバリオンの力を特に危険であると認識すると同時に決して敵に回してはならないと意を固める。


 他国が干渉できない程に荒れ狂った戦乱大陸(グランズ)を一つに収束させた英雄(ライガル)

 その手腕、実力ともに怪物と比喩される男の元に、グランズで暴れ回っていた全ての勢力、技術を治めた(バリオン)が世界最大と呼ばれている事が、大袈裟ではないと他国が認識するのに考察する必要すらなかった。


 故に他国はバリオンと同盟を組みたいと願い出ていたが、当国からの返事は非も是でもなく、はぐらかされている。

 そんな中、今回の『対国議会』がバリオンで行われると進言された事で、同盟に関する何らかの答えが出ると思っていた。


「諸君に告げる。我が統一国家『バリオン』は貴公らの国に宣戦布告する。作戦名は『新創』。降伏するのならこの場で返事をして行くといい!」


 不遜に笑いながら、英雄はその場に居る各国の代表たちに告げた。世界統一。それがライガル・バリオンの告げた同盟に対する答えだったのだ。

 彼の六人の子供たちは、他国侵攻の為に王都を離れていると、その場の者達は認識する――






「まったく……父上は……」


 バリオン王都に最も近い都市で、軍事訓練を監督していたセミロングの女は、王の宣誓布告を部下から聞いてその日の内に鉄道に乗り、夕刻には王都へ帰還。そして、剣幕を鋭く、ファンガル城の王の元へ向かっていた。


 幼さを残す顔立ちだが、長年の鍛練と実戦経験を積んできた戦士の表情を持ち合わせている。防具としての機能も兼ね備えたコルセットに上からトレンチコートを着ていた。

 耳の前から伸びる横髪には長いアクセサリーが垂れ下がっており彼女の持つ特徴の一つである。スレンダー体格は女性としての魅力は少ないが、その服の下には絞った肉体が存在し、その細腕からは想像もつかないような膂力を発揮する。

 第二子――王女、アンクル・レザリィ・バリオンは王族の中でも数少ない常識人として知られる『人間』であり、彼女が王都に居るのを良く思わない者も多かった。


「あら、ごきげんよう。お姉様」


 不機嫌なオーラを纏いながら歩いているアンクルを視界に捉えたのは、彼女とは対照的な身体を持つ美女だった。

 厚手のコートにコルセットは豊満な胸を一層強調している。糸のように細い眼とフワッと感じる微笑みは、何を考えているのか実姉であるアンクルでも読み取れない。傍らには護衛として、国で十指に入る二人の実力者を守護官として連れており、自らの力を誇示していた。

 第三子――王女、アルス・レザリィ・バリオンも父の元へ向かっている最中だった。


「アルス。アンタも父上に文句を言いに来たの?」


 アンクルは会釈してくる護衛の者を一瞥し、腰に手を当てながら妹に視線を向ける。その眼は、下手な問答では済ますつもりはないと宣言していた。


「あら。(わたくし)は逆ですよ。お姉様」

「はぁ!?」


 ほほほ、とアルスは口元を隠す。その仕草にイラッと来たアンクルであったが、いつもの事であるため腕を組んで横髪のアクセサリーをいじる。


「お父様が決断成されたのです。能力的にもバリオンに比肩する国は世界には存在しない。大国四つが同盟を組んでようやく五分ですから。どこか一つが疲弊すれば勝ち目は皆無ですわ」


 既に勝ち戦であると読んでいるアルスはソレで手を抜くと後の評価に響くと、自身が持つ“力”を中途半端に発揮するつもりはないらしい。


「まさかとは思いますけど、お姉様。この戦争に躊躇があるのですか? 第二大隊『ニの拳(トゥーハンド)』を率いる将軍(あなた)が」

「うっさいわね。『ニの拳』は王都守護と本国平定が主な役割よ。戦争が始まれば偵察と遊撃が主だから、王都待機は当然でしょ。アンタの『三の剣(トライブレード)』にも反発はあったんじゃないの?」

「さぁ。少なくとも(わたくし)大隊(トライブレード)は皆、戦争に乗り気ですよ?」


 兄妹の中でも特にその腹の内を探ることが難しい第三子であるアルス。『三の剣(トライブレード)』は、彼女が率いるようになってから、その戦闘力は比較的に上昇したと言われている。


「ふん。私が気にしてるのは何の相談も無く『新創』を宣言した事よ。クソ親父にそれを確かめに行くの」


 父親(ライガル)の事を“父上”から“クソ親父”に呼び方が変わるのは相当感情的になっている証だった。


「そうですね。お姉様は王都守護で正解です。私は『ソワール』の制圧指揮を任されましたので」

「オルガン大陸の『亜人共和国』? アンタも貧乏くじ引いたわね。あそこは天然の要塞よ」


 オルガン大陸は大自然の大陸。木々が生い茂り、亜人たちにとっては楽園だが、その地に適さない者達では進行する事も難しいだろう。しかも、あの地は――


「【緑天竜】の居る地でもあるし『大樹ユグドラシル』もある。私なら絶対に手を出さないわ」


 『大樹ユグドラシル』は世界に三本しかない魔力を発生させる大樹であり、『オルガン大陸』はその恩恵を強く得て、魔力で溢れている。加えて【緑天竜】も居るとなるとそう簡単には制圧出来ないだろう。

 しかも、【緑天竜】は大陸一つに木々を生い茂らせる程の力を持っており、オルガン大陸は過の竜の腹の中とも言えるのだ。


「そうでしょうか? (わたしく)は『大樹ユグドラシル』の排除が優先だと思っているのです。世界に三本しかない魔力を無尽蔵に生み出す大樹。グランズ大陸のモノは過去の戦乱で焼き払われてしまったと聞いています」


 だから、敵の持つ優位点を潰しておくのは上等手段。そして、竜と亜人たちの目をかいくぐってソレを行うのは次女(アルス)以外に適任者はいないとライガルは判断している。


「なので、(わたくし)はお父様の決定に不満はありませんよ。最も、フリーランスには“最適解”を下したようです。過の国を攻めるのは、シュライだそうです」


 シュライ。その名前にアンクルは思わず反応する。そして、それは確実にフリーランスを滅ぼす為の人選であると瞬時に悟った。


次男(シュライ)……ねぇ。暴走して自爆しなきゃいいけど」


 兄妹の中でも、最もフリーランスに恨みを抱く者。それが第四子――シュライ・ブラット・バリオンであった。






 同時刻。フリーランス公国――首都ヴィルヘルム、王宮。


「そうか……バリオンが」


 王の代理としてバリオンにて行われた『対国議会』に出席したウェブは、そこで宣言された布告を、フリーランス公国の王――リガルティアに報告していた。

 丁度、彼が城を出る所であったため入れ違いを回避できた形で邂逅する事が出来たのだ。


「事態は深刻です。他の国は海を挟んで別の大陸に有るので早々に対戦する事は無いでしょう。しかし、いくら『ラヴァルストの山』を隔てているとは言え、最も攻めやすいのは『グランズ』に存在する自国(フリーランス)です」


 『グランズ大陸』のみならず、世界でも最も長く繁栄している国がフリーランスだった。1500年前、白天竜――ラヴァルストとの契約と同時に建国し、その加護の下、戦国時代でも干渉されずに存在してきた。

 しかし、今回はそうはならない。戦乱が統一され、その全ての力が傑物――ライガル・バリオンの元に治まったのだ。かの100年に一人の英傑は何を考えているのか、その奥底を読み取ることは不可能だが、一つだけ確実な事がある。


「最初に攻められるのはフリーランスです。そして、このままでは確実に滅ぼされてしまいます」


 戦力差は歴然だ。今のバリオンは、フリーランスを含む残りの大国の4ヶ国が同盟を組んだ戦力と同等かそれ以上なのだ。『ラヴァルストの山』は海路にて躱し本国を攻められる事は十分に考えられる。巨獣の行進が如く踏みつぶされてしまうだろう。


「ライガルはそう判断したのか。この世界に対して――」


 リガルティアはウェブの報告を聞いて最悪の形となったと把握していた。かつて、孫たちの両親が生きている時に一度だけ、彼はライガルとは会っており、その時、彼との会話で気になった事柄は今でも無視できない記憶として強く残っている。


“この世界は不安定だ、リガルティア王。誰かが統べる必要がある”


 夢を追いかける若者の理想だとその時は気にしていなかった。彼ほどの傑物が考えるにしてはあまりにも非現実じみた理想。だが、リガルティアは読み誤った。

 ライガル・バリオンはキレすぎる。そして、その意志を体現する事に躊躇が無いのだと――


「王、ここは彼女を連れて来るべきだと私は進言します」

「ソレを含めて……結論を出すのは最後の方が良い。ウェブ」

「抑止力でいいのです。しばらく、バリオンが足を止める要素として存在すればいい」

「それでは止まるだけ(・・・・・)だ。終わる(・・・)わけではない」

「ですから、その間に彼女を旗印とし、他4ヶ国に同盟を求めるのです。それ以外に滅亡を回避するすべはない」


 ウェブの眼は既にバリオンを止める事不可能であり、逆に滅ぼさなければならないと言っていた。


「私は……神の指針――“神宿り”を呼び戻す事が最善かと思います」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ライガル殿下」


 ファンガル城の中庭で、上半身裸で目の前の“装甲人形”と一対一の戦いに勝利したライガルは、軽く掻いた汗に心地よく感じながら、使用した身の丈以上の大剣を地面に突き立てる。

 目の前では、巨大な剣撃が三メートルを超える巨体に刻まれ、内部の魔道機関がむき出しになり、黒い煙を上げながら“装甲人形”は停止していた。


「おう。今何位だって?」

「それは、後にアシュリン様より言伝があるでしょう。それよりも、二人の姫殿下がお見えです」

「来たわよ」


 執事からは待つように言われていたが、中庭に居ると知り、足は止まらずにこの場へ赴いていた。


「お、アンちゃん! 久しぶり!」

「ごきげんよう。お父様」


 ライガルは腕を組んで怪訝そうな顔をするアンクルと、丁寧にスカートの裾をつまんで上品な礼をするアルスの両方の娘の姿を見て満足そうに歯を見せて笑みを作る。


「アルも元気そうだね。その二つの爆弾で何人を爆撃した?」

「お父様も相変わらずですわね」

「父上。そんな事はどうでもいいのよ。そんな事は!」


 アンクルは同じ血を継ぐはずの妹との胸囲さにはコンプレックスを抱いている事からもそんな声を出す。そもそも、そんな話しに来たのではないと剣幕を鋭くした。


「あたしがここに来たのは、『新創』よ! その理由を聞きに来たの!」


 と、気を利かせた執事たちが、いつの間にか椅子とテーブルを中庭に運び、手ごろな軽食も用意されていく。


「座ろうか。ワシは“装甲人形”と戦って疲れた」

「兄貴が見たら泣くわ」

「ふっ、気にするな!」


 悪態をつきながらも用意されたテーブルの座席にアンクルは腰を下ろし、アルスとライガルも続いて座った。






「それで、ワシが何故『新創』を宣言したか、だったな」


 用意された紅茶を啜りながら、アンクルは父の真意に集中した。自分達にも何の前触れもなく、独断で発言したのだ。さぞ、納得できる理由があるのだろうと――


「なんかさ。苦労したのワシなのに、皆手の平を返すじゃん? だから一度、世界を統一しておこうと思って」


 つまるところ、今まで散々グランズ大陸の混乱を放置していたのに、統一された途端の周囲の手のひらの返しが気に入らなかった、という理由だったらしい。


「は、はぁ!? そんな理由!!?」


 ソレを理解したアンクルは思わず紅茶を吹き出し、アルスはあらあら、と相変わらず笑みを浮かべている。


「そんな理由。きっかけは単純なモノだよ。戦争なんて」


 テーブルに乗り出す様に椅子から立ち上がった娘を見て、ライガルも紅茶を啜り、うまい、と満足していた。


「バカじゃないの!? バカ!!」

「お父様はバカですわ」

「バカ!」

「ばか」

「このバカ!」

「ばかー」

「××××××!!」

「××××××」

「ぬ、ぬぅ……アンクル、アルスよ。言ってくれるじゃない……」


 あ、ちょっとダメージ受けてますわ。ごめんなさい、お父様。

 何を言われようとも、豪快に受けて躱す器量を持つ統一王が、押されて汗を浮かべる様にアルスは流石に言い過ぎたと、心の中で謝り、残りの会話を(アンクル)に任せて紅茶を啜る。


「はぁ~。もういいわ。宣言したモノはしょうがないし」


 アンクルも流石に感情的になり過ぎたのか、冷静になって納得いかない様子でしぶしぶ椅子に腰を戻す。そして、クッキーを一つ取って不機嫌そうに咀嚼した。


「流石は、ワシの娘だ。物事に対する柔軟さも十二分に継いでいるな!」

「…………呆れてモノも言えないだけ」

「言いたい事は分かる。だが、ヴォイスとウィナーの話を聞いてこのままではいかんと思ったのも理由の一つだ」

「師匠の話は信じるわよ。でもあのセクハラ竜の言葉は信じられないわね」


 アンクルは、グランズ大陸に身を置いていた一体の竜――『青天竜』の事を思い出し、嫌な顔をする。


「神の手で世界が終わる。どこまで本気だったのかは知らんが、行動は起こしておこう、とな!」


 と、ライガルも喋りながらクッキーに手を伸ばし咀嚼した。


「フリーランス……ね。あたしも行くわ。有無は言わせないわよ?」

「いいぞ。ま、シュライ一人で大丈夫だろうが、石橋を叩いても問題あるまい。王都はワシ一人で十分だ」


 ガハハ。と笑う父を見て、次にスクラップと化して、運ばれていく“装甲人形”が視界の端に映った。


「ったく、年々強くなってるじゃない。全盛期はいつ止まるのよ」


 未だに成長期にある、統一王――ライガル・バリオン。まだまだ、その背中を超える事は、実力的にも先になるであろうとランクルは嘆息を吐いた。






『て、事でシュライ。お前にフリーランスは任せるぞ。後でアンクルも行くからなっ!』

「感謝するぜ、親父殿」


 彼は父からの一方的な通信に不遜に笑っていた。

 頬に首元まで通っている傷は、今の力を手に入れる際に負った(もの)。色の違う右眼は義眼であり、黒い手袋をはめた左腕も義手であった。眼と腕を失ったのは今から15年前にフリーランスに父と共に行った時である。


 あの時は、まだ己の力を持たない餓鬼だったと今でも自覚している。同時に感謝もしているのだ。己が要るべき世界の位置と持つべき力を強く実感する事が出来た。


 そして……十分に力を蓄えた。フリーランスを……いや、あの女に復讐する為の力を揃えて整えた。今、この力こそが彼自身が持つべきモノであったと、彼はもう疑ってはいない。


「連絡が来たのか?」


 同じ部屋で通信を聞いていた彼の友が口を開く。その他にも三人の人影が存在している。彼らはシュライの友であり、配下であり、同士であり、守護官でもある。彼らの間に王族と平民と言った身分は皆無だった。皆が、それぞれ個々の持つ実力を認めた上で対等の関係としての絆が出来上がっている。


「ようやくだ……ようやく、フリーランスを滅ぼせるぜ」

「じゃあ」

「カナイ、お前は『玄武』を使って先行し、『ラヴァルストの山』を落せ。方法は任せる」

「おまかせ」

「ルル、お前は“遊船”を使ってトイト海域航路に潜入。フリーランスに侵入できるならどんどん入り込み、内部をかき乱せ」

「まっかせー」

「本隊の拠点は国境手前。他は基本的に戦力を温存だ。海路の警戒も怠るな。敵国(フリーランス)にはラーフ博士の技術もある。とりあえず、今は面倒な“(ラヴァルスト)”を殺し、兵站を確保するぞ」


 第四子――王子、シュライ・ブラット・バリオンの号令により、彼の保有する大隊――『四の血(ブラットウォー)』は隣国(フリーランス)を落す為に水面下での侵攻を開始した。

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