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8.根幹の願い

「今のが『アイゼンユニット』の全容だ。ジーク」


 吹雪が荒れ狂う様が窓に映っている診察室で、ジークは医師と向き合っていた。

 カルテを片手に術後の経過を話すのは白髪に白髭を蓄えた老医師である。彼は鋭い視線の上に眼鏡かけた本来なら最前線に居る軍医だった。


「……死んだと思ったがな」

「そうだ。公的にはお前は死亡扱いだ。孤児で身内も訴える者も居ない君に対して実験を行う事に面倒な手続きは要らなかったらしい」


 やれやれ、と老医師はぞんざいにカルテをデスクの上に投げ捨てる。


「運が良かっただけか?」

「その異常な人体強度も含めて、お前は生まれつき運がいい。常人の数倍以上の強度を持つ肉体は『アイゼンユニット』にも耐えられているようだな」

「妙な感じだ。まるで全てにおいて、触覚の範囲が伸びた様に思える」


 電磁波による“触覚”の延長。今のジークは約10メートル内の物質を感覚で触れている様なものだった。触れていないのに、常に肌に触れられている様な圧を感じているらしい。


「そうか」


 ジークに近接による奇襲は金輪際通用しなくなったのだ。これは副次効果か……それとも狙って発現されたモノかは、担当者が診なければ分からないだろう。

 この『アイゼンユニット』は凡庸な兵士を超人に変える。これほどの技術を自国が他国に渡す筈がない。

 国は強い兵士ではなく“兵器”を欲している。それは兵士を人と見ておらず、国全体でも物事を円滑進めるための道具としか見ていない証拠だった。


「国は戦局を優位に持って行けるだろうな」

「だが、それは兵士の望む事だ。オレ達兵士は戦う事でしか存在を証明できない」


 兵士の名前が他に知られるのは、英雄になった時か、戦死した時だけだ。ソレを僅か18歳でジークは理解し、達観している。


「だから戦うのか? その根幹は何も無いのか? お前には」

「ない。ただ人より優れた身体を持っていた。いや……例えそうでなくても、オレは戦う事しか知らない」


 幼くして文字を読むよりも、引き金を引く事が重要だった戦争(せかい)の中で彼は生きてきた。その代償とも言える、“人としての感情”を何一つ必要とせず戦う事で存在を証明してきたのだ。


「……だが、この国は終わる」

「終わるのか? これから優位になるのだろう?」


 先ほど、老医師が口にした言葉を自らで否定した様に首をかしげる。


「ワシは孫娘をダシに使う上層部が嫌いでな。抵抗勢力(レジスタンス)に入った」

「そんなモノがあったのか?」


 老医師はカーテンを閉めると、扉に診察中の札をかける。彼が言うには、戦争が泥沼化しているのは国が合理的に人体実験をする為だと言う。


「ワシは孫娘(ミント)が造っている兵器――『エンフォーサー』が完成したら共に国を去る。こんな小国が足掻いたところで戦争は……世界は何も変わらんだろうが、孫には別の場所(もの)を見せてあげたい。ジーク、お前は先にこの国を出ろ」


 成功例であるジークが消えれば、この研究は頓挫する事になるだろう。


「…………」

「一度死んだお前にはまだ命令は下されていない。だから動けない。だろう?」


 と、棚の裏側に隠す様に収納していたファイルを老医師はジークに手渡す。


「歩兵銃に変わる、お前の新しい武器だ。その場所とそこに入る為に必要な情報が全部入っている」

「これも抵抗勢力の手引きか?」

「いや孫から貰った。もう興味は無い、そうだ」

「悪いが、オレは戦う以外に生き方を知らん」

「ならば戦闘を継続しろ。ジーク」


 老医師は目の前の20にも満たない青年に向かって、今は前に進む事だけを続けるように説く。


「戦い続けろ。“黒箱”と“白箱”持ち戦場を駆け抜けろ。そして――――」


 その時、老医師――メイリック・ラーフ・シュヴェルツェに言われた言葉が、彼の戦い続ける理由として根幹を成す事となった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「何も無いですねぇ」


 アイリスは開かれた“黒箱”に近づくと、隅から隅まで確認する。


「何も無いですねぇ?」


 そして、ジークをチラっと見るが彼は微笑を浮かべてアイリスの反応を楽しんでいた。


「見たままだ」

「中身、どこかに隠しました?」

「見たままだ」


 その言葉にアイリスは再度、箱の中身を隅から隅まで見回し、外側も同じように見回す。そして、目の錯覚で見えないのかと思い、実際に“黒箱”の中を手で触って確認。そのまま箱の中で横になってみた。


「……何も無いんですけど!!?」


 “黒箱”の中で横になったアイリスは、詐欺だ! と訴えるように寝ころんだまま叫ぶ。

 対してジークは同じ言葉を繰り返すだけで、それがそのまま答えであった。中身が、彼女の理解できる代物(・・・・・・・・・・)であるという保証はどこにもないのである。


『――――なるほど……だが、そうだとして……』


 ラヴァルストは何かを理解した様に、ジークを見る。もし、想像通りだとすればこの男は本当に規格外の能力を持っている事になるのだ。しかもソレは魔法を使わないのだから、なおの事である。


「答えを見せよう」


 と、アイリスは何か違和感を感じた。そして、自らの入っている“黒箱”が波打つように動き出した事に驚き、慌てて外に転がり出る。


「わわ!」


 そして、“黒箱”は箱の形状から溶けるように砂礫上になってジークへ集まって行く。


「オレの体内に存在する『アイゼンユニット』と呼ばれる特殊な鼓動補助機器(ペースメーカー)からの信号に呼応して、形を変えるナノマシンを混ぜ込んだ砂鉄。それが“黒箱(バルムンク)”の全容だ」


 そして、目の前には頭部まで黒い甲冑に覆われたジークが立っていた。






 『アイゼンユニット』。

 開発者は、16にして科学、医学、機械工学の全てを修めたとされている稀代の才女――ミント・ラーフであった。

 彼女の思考は生まれながらに狂っていた(・・・・・)と言われ、5歳の頃に自らの両親が自殺したのを機に、軍医をしていた祖父の元に引き取られ戦場で共に過ごす事になる。


 そこで彼女は“世界の姿”に興味を抱いた。

 効率よく人を殺すにはどうすればいいか? 祖父が治療した兵士が、前線に行って死亡したと聞く度に、彼らを生かすためにどうやって敵を皆殺しにすればいいのか考えた。


 その結果生まれたのが『白箱』である。そして、『白箱』を円滑に運用する為に『黒箱』が造られたが扱える人間がいなかった。

 そこで、次に彼女が目を付けたのは人間の強度である。その二つが使える人間を作る事。その為に生まれたのが『アイゼンユニット』だった。


 人の身体でも最も重要な器官である心臓。その心臓が不完全な人の為に存在する鼓動補正装置に目を付け、『黒箱』を操作する為の信号を発生させる装置を組み込めないかと考えたのだ。

 そして、装置は完成したが、ソレに人は耐えられなかった。


 『アイゼンユニット』は特殊な電波を発し、それによって磁界とナノマシンの操作環境を形成、“黒箱”の形状を操作する。それが“黒箱”の概要である。


 “黒箱”は外見上、ただの黒い箱である。暗殺ならばナイフ程度の質量をポケットに入れておくだけでいくらでも警戒をかいくぐれる。

 何より、これによって“白箱”を取回す事が可能になったのだから、それだけでも価値がある事だと言えた。

 しかし、その電波に人の持つ電気信号が耐えられない事態が発覚。体内からの電波によって身体に支障を来す人間が続出し、“黒箱”を制御できず、潰された例や、逆に電波の強い体内に侵入したりして窒息した例も確認されたのである。


 更にミントが『アイゼンユニット』に見切りをつけて、次の兵器に着手したことで、ジークに対する施術を最後に凍結される事が決定されていた。

 そんな中、ジークが成功例として『アイゼンユニット』に適合した事で、凍結手前まで言っていた研究は再び浮上する事になる。

 だが、肝心の成功例(ジーク)が“白箱”と“黒箱”を持って脱走した事で結果としては凍結される事となった。






「ほぅ。ほうほう」


 アイリスは目の前に立つ、“黒い甲冑”を見ていた。少しだけ映像がぶれるように、節々が砂鉄に戻ったり、形状を維持したりを繰り返している。


「これって、ジークさんが作ってるんですか?」

「ああ」


 ジークは負傷した足を休める為に、少し離れた木に背を預けて座っていた。今、“黒い甲冑”の中には誰も入っておらず『アイゼンユニット』による操作で砂鉄を制御したジークによって形が維持されているのだ。


「有効範囲は20メートル。離れれば離れる程、形状維持は不安定になる。加えて、最初に形を作る時は直接触れていなければならない」


 距離のある場所に“黒箱”が置かれていても、触れずに形を作る事は出来ないのだ。


「“黒箱”を引き寄せるだけなら出来るが、それも射程距離は20メートル前後だ」


 最初はジークも形状の維持には相当苦労した記憶がある。しかし、今は慣れたもので、身体の部位を部分的に鎧で覆ったり、負傷した箇所の動作補助の代わりとしても運用していた。


「昼間、撃たれた左脚を覆っていただろう? アレは動作補佐させていた」

「そういえば――」


 『エンフォーサー』との戦いの時にジークの左脚が足甲に覆われていた時の事を思い出す。


『だが、あの黒槍はなんだ? どこから現れた?』


 ラヴァルストは、ジークが『エンフォーサー』に放った黒槍について言及する。


「アレは一時的に形状の一部分を解除し、ソレを脚力で飛ばした後に槍に変えた。一度触れていれば20メートル内なら触れなくても一度だけ簡単な形状に変えられる」

『……脚力は腕力の三倍以上か』


 あの時、ジークは届かずとも足を振り下ろしていた。空中で逆さという、不慣れな態勢で放たれたとしても、人一人を片手で軽々と持ち上げる腕力の三倍だとすれば、その威力は相当なものになるだろう。


「でも、結構尖ったデザインですね。甲冑って。もっとこう……丸い表面かと思いますけど」


 基本的に鎧と言うものは近接での戦いを想定して、剣や槍を受け流す為に丸みを帯びた形状が一般的だ。しかし、ジークが造形する“黒い甲冑”は前方が尖ったように形成され後方に対する防御は薄くなっている。


「砲弾を正面から弾く様に考えてある。その形状が一番効率的なんだ」


 “白箱”と兼用した際、どうしても撃つ時に足が止まってしまう。その時を狙われて砲撃された事もあり、ウィンと考えてこの形状で落ち着いたのである。


「ジークさん」

「なんだ?」

「砲弾を正面から受けると死にますよ?」

「まぁな」


 アイリスの言う事がもっとも過ぎてジークは微笑を浮かべた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 フリーランス公国。首都ヴィルヘルム。

 領内の中心より若干南西に位置する、中央都市が首都ヴィルヘルムであり、他の四都市と港の道中を繋ぐ中継地点としても機能しており、王宮も約100年前に南西の海岸部に存在する旧首都ヴァライオスから移動した経緯がある。


「リー」


 王宮。部下をまとめて出撃準備を整えた男は視界の端に映った妹の姿を捉えて声をかけた。


「兄様」


 リーと呼ばれた12歳の少女は自分の名前を呼ばれて、兄の方へ身体を向けるように、身体を預けている存在に一言告げる。


「珍しいな。お前が外に出ているとは」

「お祖父様が誘ってくれた」


 身体が弱く、運動もあまり得意ではない妹は生まれながらに虚弱体質だった。普段は付き人が常に必要で外に出る事も危険だと判断される程である。しかし、後に師と呼べる人間に出会ってから、そんな現状を解消し、今では自由に徘徊する事が出来ている。


「出撃?」


 リーは兄が武器を持っている様子を見て、部隊を連れて王宮を離れる事を察した。


「ああ。海賊が出たらしくてな。これから『エディオン』に向かって、そこからトイト海域に出る」


 『エディオン』は北東の海岸に存在するフリーランスで最も大きな港都市である。軍事設備も整っている軍港としても機能している為、本来なら首都の精鋭部隊を連れなくとも十分な戦力が存在している。


「別に兄様が行く必要ある?」

「正直言って『エディオン』の海兵隊でも対応は出来るだろう。だが、少し気になる事があってな。念のため部隊を率いて向かう」

「……バリオン?」

「ま、予想だ。アルスは俺しか止められん。彼女が出て来るのなら、だが。とにかく、ウェブの兄貴が戻るまでは警戒しておく」

「そう」

「出来るなら、お前にはずっと部屋の中に居てほしかったがな」

「なんで?」

「力を持つと言う事は、いおうなしに戦力に数えられるからだ」


 妹を肩に乗せている(・・・・・・・・)存在は三メートル近くの体躯を持つ巨人だった。フードをかぶっている為その姿を確認する事は出来ないが、今世界でも最強と名高い“兵器”である事は周知されている。

 もし、事が起こればその戦力は無視されるモノではないのだ。


「うれしいよ」

「なに?」

「兄様たちと肩を並べられるから」


 ただ待つだけは考えられないと、リーも意志を固めていた。父と母が病で死んでからこうして出歩く事が出来るようになるまで、護ってくれた二人の兄と祖父に、手を貸してほしいと言われれば快く承諾するだろう。


「そうか。まぁ、なんにせよ無理はしないようにな」

「うん」

「ザイもリーの事は頼む」

『言われるまでもない』


 妹が家族同然の信頼を抱いているフードの巨人――ザイオンにもそう告げると待機させている部隊の元へ歩いて行った。

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