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SoraShido  作者: 真城 成斗
アクアマリンの孤独
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アクアマリンの孤独 2-3

 海は美しく、しかし波は僅かばかり荒れていた。波音は水と風の擦れ合う音でしかないのに、泣き声のようにも聞こえた。


 シドにそれを伝えると、彼は「そうか」とだけ応じた。彼の瞳は、遠い波間を見つめている。


「…………」


 何だか無闇に声をかけてはいけないような気がして、僕はその辺で勝手に遊ぶことにした。


 波打ち際へ飛んでいって、砂浜に覆い被さるように打ち寄せる波と戯れ、それに飽きたら、今度は小さなカニと一緒に、羽を畳んで砂浜を歩いてみる。けれどカニの奴ときたら、フラフラ砂浜をさまよった後、僕のことなどまるで気にもせず、問答無用で砂の中に潜ってしまった。呪いをかけられてから何千何百回と試してきたが、やはり僕のことは見えていないようだ。


 一人遊びに飽いてシドを振り返ると、じっと海を見つめているだけで、僕のことなど気にもしていなかった。


 仕方がないので、今度は綺麗な貝殻を探して砂浜の上を飛び回ってみた。しかしなかなか見つからないまま岩場に出てしまい、振り返ればシドの姿は豆粒のようになっていた。


 あまり離れたら、怒られそうだ。


 そう思った時、さざ波の音に紛れて人の声が聞こえた。気のせいかと思ったが、声は美しい旋律を紡いで、流れる風を揺らしている。僕は誘われるように、声の方へと向かった。


 歌声を辿っていくと、周りは岩場から緑に変わってきた。近くで水の流れる音も聞こえる。きっと海に流れ込む川でもあるのだろうと思ったら、案の定、水の流れを見つけた。川幅は三十センチメートル程しかなく、側壁と川底は石で固められている。川というより、水路のようだった。


 そして歌声は、水路の流れの向こうから聞こえてくる。


「ソラ」


「わぁっ!?」


 歌声を辿ることに夢中になっていると、不意に後ろからシドに呼ばれた。びっくりして振り返ると、シドは少し苛立ったように顔を歪めていた。


「勝手に遠くへ行くな。おまえの魔力を追いかけるのも、楽じゃないんだ」


「ごめん、シド。歌が聞こえてきたから、つい」


「……次は探さないからな」


 シドは言うと、僕から視線を外して、水路の先を見やった。そして今度は元来た道を振り返り、妙なことを口にした。


「海はあっちだよな?」


「そうだけど……何、シドったら、来た道忘れちゃったの?」


「そうじゃない、水面をよく見てみろ」


 促されて、細い水路に目を移す。おかしなことに気付いた。


「何で!?」


「流れが逆だ。海から陸に向かって流れてる」


「辿ってみる?」


 尋ねた時、既にシドは歩き出していた。慌てて、後を追い掛ける。


 そのまましばらく行くと、遠くの方に神殿が見えてきた。こちらは裏手側のようだ。


 更に歩を進め、歌声も随分鮮明になった頃、僕達は茂みの間の草地に腰を下ろしているテオドールの姿を見つけた。


「……シドさん!?」


 彼はやってきたシドを見つけると、驚いた様子で目を見開いた。


「どうしてここに?」


 尋ねられて、シドは小さく肩を竦めた。


「歌が聞こえて、追いかけてきた」


「歌を? おかしいな……。この歌は海岸のよっぽど入り組んだところに行かないと、聞こえないはずなんですが……私の秘密の場所なのに」


 テオドールが不思議そうに首を傾げると、シドは「海岸を歩き回るのが好きなんだ」とのたまった。実際のところ、彼は海辺に座っていただけである。


 高く、低く。聞こえてくる旋律は、氷の洞窟で氷柱を叩いたかのような、どことなく哀しげで神秘的な響きをもって、僕達を包んでいる。流れてくる言の葉の意味は、僕には解することができない。だがこの歌は、どちらかと言えば絵に近い。文字や言語という記号価値を介する必要など、この歌には必要無いように思えた。


 やがて旋律が消え、テオドールは徐に立ち上がると、水路を流れる水の上に、一輪の白い花を浮かべた。花はくるくると回りながら流れに乗って、途中で不意に、姿を消した。


「……?」


 シドが不思議そうな顔で、その花の行方を見つめた。僕は彼の意を汲んで水路の方へと飛び、白い花の消えた先を辿った。水路は一度地表から十センチメートルくらいの深さに沈み込んで、更に奥へと続いていた。


 それをシドに伝えると、彼は水路からテオドールに視線を移

した。


「さっきの花は?」


「この歌声の持ち主に贈ろうと思って」


 テオドールは小さく笑って、今度は遠くの潮騒に耳を傾けるかのように、目を閉じた。


「その水路の先から、歌が聞こえてきているようなんです」


「一体どこに続いているんだ?」


「さぁ……でも、恐らく地下だと思います」


「馬鹿な。地下の歌声が細い水路を伝って、あれ程鮮明に聞こえるはずが無い」


「それでも、そんな気がするんです」


 テオドールは言うと、遠慮がちに肩を竦めた。


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