トパーズの友達 6-4
「……ベル、気持ちがはやるのは分かるが、強く握りすぎだ。毛が抜けたらどうしてくれる」
「えっ、あ、すまない」
そして、ベルが少しだけ、シドの羽毛を握る力を弱めた時だった。
「うわっ!?」
シドは超スピードで急降下すると共に、容赦無くベルを振り落とした。ベルはゴロゴロと地面を転がり、一体何が起こったのかと、天を舞うシドを見上げる。
「来い、ベル!」
シドは僕をも振り落としかねない勢いで、そのままフルーレの町の上空に突っ込んでいく。
「……まさか正夢とはな」
目前には立ち上る黒煙、眼下には燃え盛るヒューゼノーツの家が見えた。それだけではない。燃え盛る家を背にして蹲っているエルヴィンと、彼女を強く抱き締めているセラフローラ、剣を構えているヒューゼノーツ、そして――物騒な刃物を手に、彼らを取り囲んでいる人々の姿があった。
「ソラ、離れろ」
「!」
すると次の瞬間、鳥の姿が一気に崩れ、落下と共に変化魔法が発動。シドの髪が腰まで一気に伸びて、真っ白だった髪色が、闇よりも深い黒に塗り替わった。肌は病的なまでに白くなり、長く鋭利に伸びた爪は、黒色で指先を彩った。背には不気味な蝙蝠の翼。細身の体に黒の衣装はよく似合い、少し細くなった顔立ちは、いつもの悪人面を通り越して、残虐性を帯びていた。赤紫色の不気味な唇が、妖しく弧を描く。鋭い双眸は、燃えるような紅蓮。
「な、何だあれは!?」
シドを目にした町人の一人が叫び、それに続いて、次々と悲鳴が上がる。
「う、うわああああっ!」
「魔物だ! 魔物が襲ってきた!」
狂乱と恐怖の声が乱舞する中へ、シドは華麗に舞い降りる。人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「セラ、エルヴィンを連れて逃げろ!」
しかし混乱する人々の中、ヒューゼノーツは鋭く叫び、シドに剣を向けた。
「ほぅ……人間にしては勇敢だな。悪魔であるこの俺に盾突くか」
「悪魔? いや……人語を解するなら退け。娘に手を出すなら、容赦はしないぞ」
「ははっ、子を守りたいのか。ならば絶望するがいい!」
刹那、ヒューゼノーツの体が勢い良く吹き飛び、彼の手を離れて投げ出された剣と共に、地面の上を転がった。振り下ろされたシドの腕が、彼を弾き飛ばしたのだ。
「シド! やりすぎだよ!」
僕はシドのあまりの速さに驚きながらも叫んだが、シドはそれを見事に無視。先刻の言葉を実現させるべく、エルヴィンに向けて鋭い爪を振り上げた。
「エルヴィン!」
シドの爪はエルヴィンを抱き締めたセラフローラの腕を抉り、二人を地面に引き摺り倒した。
「セラ……! エルヴィン……!」
ヒューゼノーツは身を起こそうとするが、痛みの支配がそれを許さない。苦痛に顔を歪めているセラフローラの下では、目隠しをしていないエルヴィンが、真っ赤な瞳に恐怖と涙を浮かべていた。
「お父さん! お母さん!」
泣き叫ぶエルヴィン。人々は逃げ惑うばかりで、誰も彼らを助けようとはしない。すると何を思ったか、エルヴィンは母親の下から這い出して、シドの前で両手を広げた。
「やめて! もうやめて! 大事なお父さんとお母さんなの! 殺さないで!」
「何だ、小娘。死にに来たのか?」
冷酷な瞳でエルヴィンを見下ろすシド。あまりに恐ろしく、僕ですらそれを直視することは躊躇われた。しかしエルヴィンは、ポロポロと涙を零しながらも、シドを強く睨み付けている。
「やめて。お願いよ」
「エルヴィン、逃げなさい!」
セラフローラが叫ぶが、エルヴィンはまるで動こうとしない。だが、そんな彼女の視線が、勢い良く地面の方へ向いた――というより、向かされた。彼女のこめかみから、静かに赤い血が流れ出す。
「!?」
シドは今、何もしていない。エルヴィンの足元には、子どもの拳大ほどの、血の付いた石が落ちていた。
「おまえが悪魔を呼んだんだろう! 赤眼の魔物め! よくも俺達を騙したな!」
一体どういった経緯で、エルヴィンの赤眼が人々に知れてしまったのかはわからない。たとえ布で目元を覆ったところで、それを一生隠し通すなど、そもそも不可能だったのかもしれない。だがそれでも人々の記憶に、エルヴィンと過ごした日々は刻まれているはずなのだ。彼女が凶暴な魔物には程遠い、心優しい少女だということも。
それがどうして……こんなことになるのだ。
エルヴィンへ石を投げたのは、エルヴィンと同じ年の子がいてもおかしくないような、中年の男だった。勇敢で愚かな彼は、荘厳な槍を構え、矛先をシドへと向ける。シドの顔には、僅かな苛立ちが窺えた。




