トパーズの友達 6-2
「宴と、残虐な仕打ち?」
「そう……魔物が消えても、赤眼に対する人々の目は変わらなかった。彼らは、赤眼の男の存在に怯えていたんだ。しかし相手は悪魔を倒すような男だ。正面切って敵う相手ではない。そう考えたエルザの人々は、彼を受け入れたフリをした。盛大な宴で彼とその友人をもてなし、今までの非礼を詫びて、彼と盃を交わした。悪魔や魔物が消えたとして、本当に人々が自分を受け入れてくれるのか――そんな疑心を抱いていた男の心もやがて和らぎ、彼の友も、世界は変わったと信じていた。
赤眼の男も、二人の友人も、人々を信じた。だが、人々の心は変わっていなかった。
ある日、二人の友人は、男を残してフルーレの町へ買い出しに出かけた。その日は男の誕生日で、彼は生まれてきたことに、初めて幸福を感じた。
しかし二人の友人がエルザの町を発つと、途端に男は捕らわれた。友になれたと信じていた人々から、浴びせかけられる罵声と暴力。襲い来る痛みに、彼は涙を零すばかりだった。もうこのまま死んでも構わない。男がそう思った時、胸騒ぎを感じた二人の友人が、エルザの町に戻ってきた。しかし、その時既に町の人々は皆殺しにされていた。そして男は戻ってきた二人の友人にすら剣を向け、霧に閉ざされた黒い山へと消えた。それ以降の記録は……物語にはならないな」
僕は、シドの持つ写真をもう一度覗き込んだ。ヒューゼノーツと、セラフローラと、黒髪の青年。
「二人の友人っていうのが、ヒューゼノーツとセラフローラ。赤眼の男は、ここに写ってる黒髪の人。……セラフローラと赤眼の男は、人々が受け入れてくれると信じて愛し合ったのに、裏切られた」
「そういうことだ。そして、セラフローラには既に男の子どもが宿っていた。それがエルヴィン。赤眼の友人に刃こそ向けられたが、ヒューゼノーツは赤眼として産まれてしまったエルヴィンを守ることを選んだ。そして彼女を守る一方で、自分達と同じ境遇にあったベルを、放って置けなかったんだろう」
「シドは……それ、知ってたの?」
「は?」
「知っていたから、シドは自分が痛い思いするのわかってて、悪魔のフリをしたの?」
「……。魔物を生み出していたのが幻石だということはわかったな? だが、どうやら男は意図的に魔力を使っていたわけではないようだ。有り得るとしたら、幻石の強い魔力が書き手である男の思いに呼応して、それを魔物として具現化していたんだ。もしもこれがベルの手に渡っていたら、次の悪魔はベルだったかもしれない。あいつは歳の割に強くて面倒だから、幻石を手に入れるのが面倒になる。……それだけだ」
それだけ――なんて絶対嘘だ。人々を襲う魔物が傷付いた赤眼の男の心から生まれたのだとしたら、あまりにも悲しすぎる。シドはきっと、ベルに同じことをさせたくなかったんだろう。
「あれほど憎しみに満ちた言葉は初めてだ。あの感情なら魔力が反応したのも頷ける。……愛する者の存在すら霞んでしまったのだろう」
そして、ボソリと付け足す。
「まぁ……最も、ヒューゼノーツ達は、彼を信じていたようだがな」
「え?」
「何でもない。気にするな」
「気になるよ」
「黙れ」
シドの暴言に僕は口を尖らせたが、彼は変わらぬ仏頂面で、表紙に埋め込まれている石を取り外しにかかった。
「ねぇ、シド。その……赤眼の人、死んじゃったの?」
シドは顎で瓦礫の山を示した。飛んで行って覗いてみると、骨化した手が瓦礫の下敷きになっているのが見えた。
「…………」
思わず凍り付いた僕を、やって来たシドがひょいとつまみ上げて、肩に乗せてくれた。僕は彼の横顔に尋ねた。
「ねぇ、シドがトパーズ持ってても、いきなり魔物なんて出てこないよね?」
「俺がそこまで感情的に見えるか?」
「言われてみれば全然見えない。びっくりするほど悪人系仏頂面いたたたたたたた!」
シドに耳を引っ張られ、僕は半ベソをかいて胸ポケットの奥へと逃げた。すると上から黄色い宝石が降ってきて、僕の頭にぶつかった。
「痛っ!」
「もし幻石が消えたら即刻教えろ。……殺されたくなかったらな」
「うぅ。……それで、これからどうするの?」
「この世界は恐らく、幻石によって作られた世界だ。その元凶を押さえたのだから、そのうち元の世界に戻れるだろう」
「それ、アバウトすぎじゃない?」
僕は溜め息をつき、シドは地面に横になった。
「――って、寝るの!? こんなところで!?」
「悪いか?」
魔物がいなくても、狼なり何なり出てもおかしくない雰囲気の場所だ。こんなところで昼寝ができるシドの気が知れない。
「狼のうんちから再生しても知らないからね」
「食われたらすぐにおまえを実体化させてやる。消化されて死ね」
「鬼っ!」
僕がポケットの中でシドの胸を蹴飛ばすと、シドは小馬鹿にするように鼻を鳴らし、すぐに寝息を立て始めた。遊び相手のいなくなった僕は、仕方が無いので、幻石を覗き込んでみた。やはり僕に魔力は感じられないが、幻石は透き通っていて、凄く綺麗だ。腕を回してみると……抱き枕にピッタリ。ちょっと硬いけど。僕は目を閉じ、やがてゆるゆると眠りの世界へと落ちていった。
すると、すぐに夢を見た。
燃える家。泣き叫ぶ声。人々の怒号と、打ち立てられた巨大な十字架。
磔にされ、人々に槍を突き立てられるのはヒューゼノーツ。炎に身を包まれ、地を転げ回るのはセラフローラ。両親の名を叫びながら、涙に濡れた眼を抉り出されるのはエルヴィン。血飛沫と、肉の焼ける臭い。取り囲む人々の中に、彼らを助けようとする者はいない。
「――っ!」
思わず飛び起きた僕は、慌ててポケットから顔を出す。すると、辺りの霧はすっかり晴れて、静かな緑の森が生い茂っていた。




