トパーズの友達 5-5
「命がけで旅をしてきたんだろう? 本当は心の底で信じていたからだ。悪魔を倒せば、魔物は消える。蔑まれる自分の境遇は変わらずとも、魔物の脅威は薄れるだろう。そしていつか世界は変わる――。本当は、そう思っていたのだろう」
唇を震わせ、ベルはぎゅっと拳を握り締める。
「俺達は相容れぬ存在。おまえは俺が、神聖なる愛を持って、例えばエルヴィンに接していたと思うのかもしれないが、それは違う。あれはまだ未熟だ。狩るには時期尚早。信じていた者に裏切られて嘆き悲しむ姿は、極上の美酒になる。だからこそ今は食わずにおいたんだ」
「俺を食らう気なのか……?」
シドは嬉しそうな笑みを浮かべ、ナイフの切っ先をベルに向けた。
「あぁ。今まで自分がやってきたことは全て無駄だったのだと――己の運命を憎み、絶望を噛み締めながら死ぬといい」
「…………」
しかしナイフを突き付けられた状態で、ベルは沈黙のままシドを見つめた。唇の震えは止まり、握り締めていた拳は、既に開かれていた。彼の瞳に、恐怖や怒りの色は無かった。
「……ソラも魔物なのか?」
「あいつは俺の力を与えてやらないと、姿を現すこともできないような小物だ」
「あんたのように、人を襲う?」
「あいつなら、手のひらに乗せてパンくずでも食わせてやれば、大喜びで尻尾を振るぞ」
パンくずで大喜びしてしまうのを否定できないのが癪に障るが、僕は魔物ではなく妖精だ。ついでに、僕には尻尾なんて無い。
「エルザの町を滅ぼしたのはあんたか?」
「そうだ」
「なぜ?」
「決まっている。暇潰しだ」
シドは邪悪に笑う。すると、ベルはなぜか困ったように微笑んだ。
「シドさん、あんたが悪魔だということに疑問こそ抱かないが、あんたは演技が下手だ。エルザを滅ぼしたのは、シドさんじゃない。それにあんたといるソラは、とても楽しそうだ。見ていればわかる。……俺は今まで悪魔を倒すために生きてきた。そして、心のどこかで世界の変容を望んでいた。認めるよ。でもそれが裏切られたからと言って、ソラからあんたを奪うことなんてできない。彼にはあんたが必要だ」
シドは面食らったようにベルを凝視し、やがて苦々しげに舌打ちをした。
「不愉快だ」
「え?」
「失せろ」
シドは言って、ベルに突き付けていたナイフを腰の鞘に戻した。
「シドさん……」
「失せろ!」
声を荒げたシドに、ベルはビクッと身を竦ませた。
「……反吐が出る」
悪魔のフリをして、シドが何をしようとしていたのかはわからない。しかし彼はきっと、ベルに自分を殺させようとしていた。ただ、ベルはそうしなかった。
「おまえのような人間は、人間に殺されるのがお似合いだろうな」
「長生きできるタイプじゃないって、自分でも思うよ」
そんなベルにシドはもう一度舌打ちすると、彼を拒むように背を向けた。ベルは彼の背に、恐らく精一杯の笑顔を向けた。
「……ソラによろしく」
語尾が震えていた。
ベルは踵を返すと、そのまま一度も振り返らずに、霧の奥へと消えていった。




