トパーズの友達 5-4
「くそっ……」
悪態をついたシドに、僕は首を傾げる。
「どうしたの、シド?」
シドはゴソゴソと荷物をあさり、中から小瓶を取り出した。そして、有無を言わさず僕をポケットから出して手のひらに乗せると、僕の右手を取る。
「痛ったい!」
何かと思えば、火傷のように爛れた僕の指に、小瓶の中身を振りかけた。強烈なアルコールの匂いが漂ってくるとともに、傷口がズキズキと疼いた。
「シド! 痛いよ!」
「うるさい」
「んなこと言ったって、痛いものは痛いの!」
「黙ってろ」
言いながら、今度は薬草を小さく千切って指で揉み潰して、僕の指に押し付けた。
「ありがと……」
薬草がしみてヒリヒリする。僕がシドを見上げると、彼は不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。手当てをしてもらったのに、騒いだのがいけなかっただろうか。
「あのっ、シド、ごめん。僕、怪我なんて本当に久し振りだったから、びっくりして――」
「黙れ」
人が神妙に謝罪しているというのに、ピシャリとそう言われた。しゅんとしてうなだれると、シドはそれも無視して、すっと立ち上がった。
「ベル、無事か?」
「あぁ、俺は大丈夫。……ソラは? 大丈夫なのか?」
「問題無い」
「そうか、よかった。シドさんも、さっきの傷口を手当てしないと」
「もう塞がった」
「おいおい、強がりも程々にした方が――」
言いかけたベルは、次いだシドの行動に言葉を失った。シドがベルに晒して見せた腹部には、もうほんの僅かの傷も残っていなかった。
「嘘だろ……?」
「これでようやく絶句か。やっと静かになったな」
言うなり、シドは口元に酷薄な笑みを浮かべた。いつも異常に冷ややかな眼が、ベルを見た。
「シド……何する気なの?」
シドの意図するところがわからず、僕は不安に駆られてシドを見上げた。シドは答えてくれなかった。
刹那にシドの体が翻り、強烈な回し蹴りがベルの側頭部を狙った。
「シド!? ベル!」
手出しのできない僕は、ただ二人の名を叫ぶことしかできなかった。ベルは間一髪、畳んだ腕でシドの蹴りから頭部を守ったが、少年の体は見事なまでに吹っ飛んで、茂みの中に突っ込んだ。
「シド、何てことするんだよ!?」
僕は怒鳴ったが、シドは僕にはまるで構おうとせず言った。
「悪魔を倒すと豪語しておいて、その程度か」
茂みの中から這いだしてきたベルは、驚愕の表情でシドを見上げながらも、すぐに立ち上がった。
「シドさん、何を……――」
「おまえの頭はどうなってる? その目は節穴か?」
「え?」
怪訝そうに眉を寄せたベルに、シドは呆れたような溜め息をつく。
「悪魔を倒したいんだろう?」
「悪魔……?」
「こんな人間、いると思うのか?」
シドはナイフを引き抜き、ベルの前で自分の左腕を斬り付けて見せた。その姿はどこか病的で、僕は思わず、戦慄に身を固くした。
ボタボタと地面に血が落ちて、しかしそれほど深くない傷口は、すぐに塞がり始める。
「腹の底で何を考えているのかと思って仕掛けてくるのを待っていたが――いつまで経っても掛かってこないから、先に手を出させてもらっただけだ」
「シドさん……」
ベルは迷うようにシドを見ている。二人が何のやり取りをしているのか、僕には理解できない。
「それとも、気付いていて手を出さなかったのか?」
自身の血に濡れた刃を指でなぞり、シドは口の端を上げる。
「シドさん、俺はあんたのことが――」
「好きだ、なんて笑わせるなよ? それとも、俺が悪魔なら魔物に襲われるはずがないとでも?」
「……っ」
「俺を悪魔として扱っているのは、おまえ達人間だけだ。俺を悪魔と呼ぶのは構わないし、他の魔物より力が強いのも確かだ。……だが、それだけだ。俺は奴らの統治者ではないし、生命の核でもない。頭の弱い連中など、俺との実力差も分からずに牙を剥いてくる。さっきの連中がいい例だ」
シドは一体何がしたいのだろう。なぜシドが悪魔を装う必要があるのだ。
「よって俺を殺したところで、この世界の現状は変わらない。それで構わないと言うから、遊んでやっているんだ。……おまえの命、この為に燃やしに来たのだろう?」
「……っ」
シドの言葉に、ベルは顔を歪める。小馬鹿にするように、シドは鼻を鳴らした。
「何を今更そんな顔をしている。仮に俺を殺せても、人間は赤眼を蔑むことに変わりはない。だが、それでいいのだろう? だったら殺しに来い。何のためにここまで来た。俺を楽しませろ」
シドの双眸が残虐に輝き、血の付いた指先を、彼の舌が舐め取った。




