トパーズの友達 5-3
近付いてみると、それは悪魔の居城とは到底呼べないような、崩れた石の廃墟だった。建物に見えたのは積み上がった石の影で、かつては何かの建造物を形作っていたのであろうと予想できるような量があった。だが、その石もひどく風化して、表面は砂のようにザラついている。
「ここに悪魔が……?」
「まるで跡地だね。引っ越しでもしたのかな」
辺りを見回しながら言ったが、シドは黙って石の廃墟に足を踏み入れた。
「囲まれてる」
シドに続きながら、ベルが霧の奥を睨む。
「シドさん、いけるか?」
「問題無い」
「あんた、そればっかりだな」
シドは特に構えるでもなく、面倒臭そうに辺りを見回した。
「また鳥に化けて追っ払ってくれたら嬉しいんだけど」
「知るか」
ベルの要望を、シドは見事に切り捨てた。
「シドさんのケチっ」
ベルは弓を構え、霧の向こうに矢を打ち放った。相手が見えていないのに、当たるのだろうか。
「ギャウンッ!」
「当たった! 凄い!」
聞こえたのは、フレイムウルフの悲鳴。僕は思わず拍手したが、ベルの攻撃を合図に、辺りの魔物達が一気に飛びかかってきた。
「シド、気を付けて!」
「うるさい」
うん……そう言われると思ってたけど。
僕はシドの胸を蹴飛ばして、また酔わされては堪らないと、彼のポケットを飛び出した。
「――って、うわぁ!?」
飛び上がった矢先、僕の上空に巨大なムカデのような飛行物体が現れた。
「シド、ベル! 危ない!」
「燃え散れ!」
僕が不安に思ったのも束の間。ベルは上空にガラス玉を放り、それを火矢で射抜いた。
ドンッ!
すると小規模ながらも爆発が起こり、ムカデの胴体が真ん中で引き千切れた。生臭いニオイが辺りに漂った。
「臭いな……何だ、それは」
「魚油爆弾! もう一丁、食らえっ!」
ベルは手にしたガラス玉をもう一つ投げ付けようとしたが、シドはそれを制して、ムカデに覆われた空に手を翳した。
「うぇっ!?」
一体何をする気なのか知らないが、この様子だと、空気中の何かを別の物質に変化させようとしているようだ。僕が慌ててその場から逃げ出すと、直後、獄炎が巨大な虫達に襲いかかり、その全身を舐めるように燃やし尽くした。
「……は?」
突然わき起こった炎に、ベルはポカンとして霧の空を仰ぐ。シドは、そんなベルの背中に飛びかかってきた魔物の顔面を足蹴にしながら、僕を見て口の端を上げる。
「何だソラ、無事なのか」
「ぶっ、無事もクソもあるかぁっ! シドの魔法は僕にも影響するんだから気を付けてよ! っていうか、ワザとだろ! どうせワザとだろ!?」
「何か問題でもあったか?」
シドはしれっとした顔でそう言って、僕の顔スレスレに掌底突きを放つ。フレイムウルフが吹っ飛ぶと共に、ギュンッと僕の耳元で風が唸った。驚いて飛び退いた僕はそのままバランスを崩し、まだ呆然としているベルの頭をすり抜けて、近くにいたブラックプリンの方へ転がった。
「熱っ!?」
突然の痛みに驚いて手を引くと、右手の中指の皮膚が剥けて、火傷のような状態になっていた。僕はシドを介しないと、この世の何者にも干渉されない存在のはずだ。それなのに、一体どうして。
「――っ、シド!」
久し振りの痛みに混乱し、僕は思わずシドの名を叫んだ。
「ぼやっとするな!」
シドの鋭い声が飛んできて、僕はハッと我に返った。間一髪、ブラックプリンに呑まれる前に、羽を震わせて飛翔する。すぐにシドの手が伸びてきて、僕を捕らえて胸ポケットに押し込んだ。
「ベル、頼む!」
「あんたは強いのか弱いのか、どっちなんだ!?」
そんなベルの声が聞こえて、魚油の臭いや爆音が響いてくる。シドのポケットの中で、僕は激しく揺さぶられた。
そして、その動きも随分和らいできた頃。僕は痛みのために浮かんできた涙をシドの服に押し付けて拭い、再びポケットの外に顔を出した。
「……終わったの?」
「これで最後だ」
グシャッ!
最後にシドがムカデの頭を踏み潰して、辺りはしんと静まり返った。
ベルは肩で息をしながら、頬を流れる血を拭う。さすがのシドも呼気を乱しており、額に汗を浮かべていた。




