トパーズの友達 5-2
「……。そうか」
ベルは傷付いたように目を伏せ、それからもう一度、シドを見上げた。
「乗せてくれるか、シドさん」
「あぁ。羽は毟るなよ」
シドはベルが乗りやすいように体を傾け、ベルは彼の上に飛び乗った。
「掴まっていろ。落ちても拾わないからな」
非道な前置きをして、シドは両の翼を大きく広げる。僕とベルが彼の背にしがみ付くと、シドは鋭い爪を持つ足で地を蹴り、力強く羽ばたいた。
「うわっ、凄い!」
ベルは歓喜の声を上げ、シドの背から身を乗り出すようにして、下界を見下ろした。悪魔が住まうという黒い山は不気味だったが、それでも、眼下に広がる緑の森は凛として深く、空は青々として透き通っている。
「空を飛んだのなんて初めてだ!」
「……加速するぞ」
「へっ? ――うわぁっ!?」
「ちょっとシド! 落ち、落ちるっ!」
耳元で唸りを上げる風に悲鳴を上げ、僕はシドの羽を強く握り締める。流れるように飛び去っていく景色に、ベルも風景を楽しむどころではないようだ。シドの背の上で姿勢を低くして、必死にしがみ付いている。
すると、みるみるうちに黒々とした山が近くなり、いつしか緑の森は消えて、眼下に真っ暗な森が広がっていた。不気味な枝葉を茂らせる樹木は霧に包まれ――って、えぇぇ!?
「待ってよシド! このまま突っ込む気!? 頭おかしいんじゃない!?」
僅かもスピードを緩める気配を見せず、シドは霧の森へと突っ込んでいく。
「着地する」
「この速度で!?」
「喋るな、舌を噛むぞ」
驚愕の声を上げたベルに、シドは淡々とそう言った。そして、今まで力強く羽ばたいていた翼を閉じるなり、地面へ足を突き出して、茂る木々の中へと飛び込んだ。
「ぎゃぁぁぁああああっ!」
衝撃に耐えきれず、僕は思わず、シドの背から手を離してしまった。反動で吹っ飛ばされながら何とか体勢を立て直し、僕は羽を震わせて、シドが着陸――いや、落下した方へと飛んで行く。
巨大な鳥の姿はすぐに見つかったが、彼は木の枝に引っ掻かれたのか、腹部からダラダラと血を流しながら、人の姿へと戻っていった。とは言え、シドは死なないので心配無用。傍らに倒れているベルの方へと向かう。
「ベル、大丈夫!?」
僕の声は届かないが、取り敢えず大きな怪我は無いようで、ベルは頭を押さえながら身を起こして、辺りを見回した。
「シドさん! 大丈夫か!?」
ベルはシドに駆け寄り、彼の体を助け起こした。
「無茶なことをするからだ! 傷を見せてくれ」
ベルはシドの服を捲り上げようとしたが、シドはそれを制した。
「だけどシドさん、血が――」
「問題無い」
シドは服に滲む血を一瞥し、フラつきもせずに立ち上がった。
「問題無いわけないだろう!」
「そんなことより、もう着いてるぞ。俺より魔物の心配をした方がいい」
シドは服に着いた木の葉を払い落とし、霧の奥にぼんやりと見える建造物に視線を送った。あそこに悪魔がいるのだろうか。
「…………」
辺りは鬱蒼として霧深く、シドのように魔力という手がかり無しにこの山に登ってきたのでは、よほど運が良くない限り、この場所へは辿り着けそうになかった。いや、例え辿り着けたとしても、エルザの町からこの場所へは、随分歩くことになったに違いない。ここはエルザの町の周りにあった森とは、随分と空気が異なっている。
「ねぇシド、少し休んだら? 傷、まだ塞がってないでしょ?」
僕はポタポタと血を滴らせているシドを心配して尋ねたが、無視された。
「行くぞ」
シドは駆り立てられるように、建物の影が浮かんでいる方向へと歩いて行く。そちらに幻石があるのを確信しているらしい。それだけ強い魔力なら、同じく魔力を持つ僕だって感じることができてもいいだろうに――さっぱりだ。
そんなに死が楽しみなのか。
そう思うと少し哀しいが、本来人間であるシドにとっては、死は、何よりも待ち望んでいるものなのだろう。人の感覚で数百年の時を渡ることが彼に苦痛をもたらすなら、仕方のないことかもしれない。
最も、彼が死を手に入れる前に、幻石に願いをかけるのは僕だけれど。
「あぁ、ちょっとシドさん!?」
ベルは慌てた様子で立ち上がり、シドの後を追う。僕はシドのポケットの中に飛び込み、縁に掴まりながら顔を出した。
「えっ、何だ……これ」




