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SoraShido  作者: 真城 成斗
トパーズの友達
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トパーズの友達 5-1

   *   *   *


 黒い山へ向かう道中に辿り着いたエルザの町は、完全に廃墟と化していた。


「あれは墓か……?」


 町の入り口には小さな教会があり、その奥に、たくさんの十字架が見えた。しかし教会の人間が作ったものではないようで、十字架の形は歪なものが多く、それらしい形の資材を組み合わせただけのものが多い。フルーレの町の人か、或いは旅人が、その辺の瓦礫や木片を集めて作ったのかもしれない。


 ベルは、距離が近くなったことでますます黒々と聳えて見えるようになった山を見上げた。因みに僕の姿は昨夜から妖精のままなので、僕はシドの胸ポケットの中に収まって、ひとまずおとなしくしている。


 僕達は頻繁に魔物と遭遇したが、とにかくベルは強かった。あまりに強いものだから、魔物の方が弱いように感じてしまう。シドはやはり、ベルが戦うのをただぼうっと眺めていた。


「シド、ヒューゼノーツさんの家で美味しいもの食べたんだから、ちょっとは動かないと。悪人系仏頂面デブになるよ」


「死ね」


 予想はしていたが、泣きたいほど理不尽なコメントが返ってきた。するとベルが口を尖らせて言った。


「シドさんも、少しでいいから手伝ってくれよ」


「…………」


 しかし、シドはそれを無視した。ベルは大仰に肩を竦めた。


「ちょっとは動かないと、悪人系仏頂面デブになるぞ」


 僕と同じことを言う。シドは聞かぬフリを装って、しれっとした顔をしていた。


 そんな様子だったのに、町の広場らしきところにさしかかった時、不意にシドが口を開いた。


「敢えて自ら危険を冒し、おまえはその先に何を望む」


「え?」


 突然のシドの言葉に、ベルが怪訝そうに眉を寄せた。


「世界が変わることを望んでいるなら、ここで引き返すんだな」


 そう言って、シドはベルにナイフの切っ先を向けた。ベルは目を見開き、シドを凝視する。驚いた僕は、ポケットから身を乗り出してシドを見上げた。


「シド、どうしたの!? 何する気!?」


 しかしシドは応じず、じっとベルを睨んでいる。


「俺は……」


 ベルは息を呑んだが、強張ったその顔はすぐに緩んで、微笑みが浮かんだ。


「びっくりさせないでくれ。言ったはずだ。望んでいない。そんなことは」


「……その言葉に、嘘偽りは無いな?」


「勿論無い。……ははっ、口振りだけは神父のようだな。ナイフを突き付けるなんて、ひどく凶悪な神父だが」


 苦笑したベルに、シドは静かにナイフを引くと、それを腰に収めた。


「悪かったな、非礼を詫びよう」


「いいけど。返答如何によってはどうする気だったんだ、ナイフを向けるなんて」


「別に」


 人に刃物を向けた挙句に、こんな台詞を吐く。無礼の塊に服を着せたら、シドが出来上がるに違いない。


「全く、この調子じゃぁ、一緒にいるソラも大変だな」


 ベルは言って、クスクスと笑う。シドは鼻を鳴らし、それから、大きく両手を広げた。


「シドさん?」


 怪訝そうに眉を寄せたベル。シドの手足がぐにゃりと奇妙な方向に折れ曲がり、彼を包み込むように、純白の羽が舞い上がった。変化魔法の勢いで僕は吹き飛ばされ、空中でゴロゴロと後ろ回りをするハメになった。


「今度は何なんだ!?」


 突然のことに驚いたベルが顔を覆い、彼が再び顔を上げた時――……そこには、美しい白の羽毛を持つ、巨大な鳥の姿があった。


「う、うわぁっ!?」


 ベルはその場に尻餅をつき、シドを見上げた。


「あ、あんた……本当に何者なんだ」


「眼は青いが、魔物かもしれんな」


 シドにしては珍しく、冗談を口にした。


「連れて行く。乗るといい」


「ぁ……あ」


 目の前で起きた現象は、俄かには信じ難いことに違いない。すっかり呑まれてしまったのか、ベルは腰を抜かしたまま、どうにも言葉を紡げないようだった。僕はシドの方へと飛んで行って、彼に訴える。


「シド、無茶しすぎだよ。ベルは普通の人間なんだよ?」


「黙れ、ソラ」


「でも……」


「うるさい」


 シドはピシャリと僕に言い放ち、それから、鋭い目で周囲を睨んだ。辺りには魔物の気配が集まってきている。


「邪魔だな」


 シドは軽く咳払いをして、大きく息を吸い込んだ。


「わ、ちょっとシド!?」


 ピィィィィイイイイ――――――ッ!


 僕が耳を塞ぐのも間に合わず、シドは甲高く嘶いた。それは水面に広がる波紋のように空気を震わし、辺りの魔物達が、怯えるように身を引いたのが分かった。


「うぅ~」


 キンキンと痛む耳を押さえながら、僕はシドの傍で蹲った。


「ちょっと! うるさいのはシドの方じゃないか!」


「知るか」


 見事に切り捨てられて、後は何を言っても無視された。


 すると、なぜかベルが、突然声を上げて笑い出した。


「今のはソラが文句でも言っていたのか。確かに、かなり耳に効いた」


 ベルは立ち上がり、巨大なシドの体に触れた。


「柔らかいな……ふかふかで、乗り心地が良さそうだ」


 そう言って、ベルは楽しそうに微笑む。けれど彼はすぐにその笑みを消して、シドを見上げた。


「一つ聞きたい。シドさん、あんたはどうして黒い山へ行くんだ?」


「その質問は二度目だな」


「前に聞いたのは、旅の理由だ」


 旅の理由。――シドはベルを助け、その上魔法まで見せた。どうやら彼を気に入っているようだが、果たして幻石のことまで話すだろうか。


 僕は、ひょっとしたらシドは、幻石のことをベルに話すかもしれないと思った。しかしシドは一秒足りとも迷わずに、僕の考えを否定する台詞を口にした。


「俺はおまえが嫌いじゃない。だからこそ、人ならざる姿を曝した。……それでは不満か?」


「それは答えになっていない」


 ベルは見透かすような紅の眼で、シドを見つめた。


「敢えて自ら危険を冒し、あんたはその先に何を望む」


 シドの台詞を借りて、今度はベルがシドに尋ねる。シドはベルを見つめ返し、口の端を歪めた。


「答える必要は無いな」


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