トパーズの友達 4-2
なぜそんな言葉が彼らから出てくるのか。視線はふと、キッチンのコーヒーを捉える。思えば、あれはここにあるはずのないものだ。それに他にも――
「っ!」
確証は無いが、自分の思考の結果に思わず目を見開いた僕。しかし刹那にシドから鋭い視線を向けられ、僕は息を呑んだ。
でも、だとしたら――
「そろそろ行くぞ」
シドに促され、僕達は手早く荷物をまとめた後、ヒューゼノーツ達に別れを告げた。まだ刻は早いとは言え、シドは的確に人通りの無い道を選び、夜闇に紛れて町を脱出した。魔法を使えば早いのに、見張りの後ろをゴキブリのようにコソコソとすり抜けたのは、なかなかスリリングだった。
シドはせっかく購入した地図を見ようともせず、サクサクと夜の平原を進んでいく。恐らく、幻石の強大な魔力を辿って進んでいるのだろう。
「なぁ、これは聞いちゃいけないことなのかもしれないが……」
しばらく歩いて、おもむろにベルが口を開いた。シドが返事をするはずもないので、僕が応じる。
「どうしたの?」
促すと、ベルはちょっと笑って、軽く頭をかいた。
「シドさんとソラは、一体何者なのかなって思ってさ」
すると、てっきり無視をすると思っていたシドが、抑揚が無いながらも、ベルに言葉を返した。
「知りたいのか?」
僕は驚き、シドを凝視する。ベルは言った。
「もし教えてくれるなら。……大体、あの時俺に何をしたんだ? シドさんに手を翳された後、突然、指一本動かせなくなった」
あの時というのは、町の人達がベルを探してヒューゼノーツに詰め寄った時だろう。どうやらベルは、自分の姿が本に変わっていたなどとは、露ほども思っていないようだった。まぁ、想像することもできないだろうけど。
「ふん」
シドは鼻を鳴らして笑うと、不意に僕に手を翳し――
「えっ!?」
僕にかけていた魔法を解いた。突如妖精の姿に戻された僕は、危うく墜落しかけたところで、慌てて羽を震わす。
「シドっ、いきなりひどいじゃないか!」
僕はシドに文句を言ったが、当然のように相手にされない。一方で、ベルには僕が突然消えたように見えるわけだから、彼は驚愕の表情で、キョロキョロと辺りを見回していた。
「ソラが消えた!? ソラ!?」
「騒ぐな。ソラはここにいる」
「いるって……一体どこに!?」
「何かやれ、ソラ」
シドに命じられ、僕は何をしてやろうか思案して、シドの髪に手を伸ばす。……睨まれた。
「殺すぞ?」
「……ハイ」
シドの髪を三つ編みにでもしてやろうと思ったのに、先に釘を刺された。仕方が無いので、シドの服を引っ張るに留める。
シドの服が不自然に動くのを見て、ベルは目を丸くした。
「ソラ、いるのか?」
ここにいるよ。
ベルに手を伸ばすも、当然のように、僕は彼を擦り抜けてしまう。少し哀しく、可笑しくもあった。
「凄い……まるで魔法だ」
「ふん」
シドはもう一度鼻を鳴らし、髪をかき上げた。
「町からこれだけ離れれば大丈夫だろう。俺は休む」
言って、シドは荷物を地面に置いた。
「シドさん……」
「くだらんことで起こしたら、殺すからな」
「え? あの、ソラはこのまま……?」
「それはくだらんことのうちの一つだ。あいつの本来の姿は今の状態だからな。これで普通だ」
「えぇ?」
「訴えても伝わらない。存在するがわからない。ただ、そこに在るのみ。それがソラだ。……じゃ」
シドは面倒臭そうにヒラヒラと手を振り、そのまま寝入ってしまった。ベルはしばらく呆気にとられた顔をしていたが、やがて、小さく吹き出して言った。
「ソラ、あんたのツレは無茶苦茶だな」
ベルはシドの所業を恐れるどころか、面白がっているようだった。ベルにしてみれば、〝人間〟一人が消えた状態である。それを「普通」と言われて受け入れられるような人間は、そうそういないだろう。
「怯まないベルにびっくりだよ、僕は」
聞こえないのは承知で、僕はクスクスと笑って応じた。すると、ベルが更に言葉を続けた。
「ソラ、俺は今まで色んなものを見てきたけど、こんなのは初めてだよ。……こんな気持ちも、初めてだ」
「そう――それってさ、どんな気持ちなの?」
「……おやすみ、ソラ」
「えぇー」
せっかく会話している気分になっていたのに、ベルは地面に横になると、シドと同じく目を閉じた。間もなく、寝息を立て始める。
「シドもベルも、寝付き良すぎだよ。ったく」
僕はプリプリしながら羽を畳み、彼らに倣って横になった。
意識はすぐに、安らかな闇へと溶けた。




