トパーズの友達 3-6
「そんな……どうして?」
「用事ができた。それだけだ」
シドは言って、小さく肩を竦めた。
「僕達、この辺りに詳しくないから、ベルが案内してくれると凄く助かるんだ。だから、ね、一緒に行こうよ」
「…………」
ベルは少しの間迷って、小さく頷いた。エルヴィンはシドの服の袖を掴み、彼を見上げた。
「行っちゃうの?」
「あぁ、今夜な。唄はおまえだけの、特別だ」
シドはエルヴィンの頭をポンと撫でると、ベッドから立ち上がった。
「ヒューゼノーツに伝えてくる」
「うん」
僕は頷き、部屋を出て行くシドに手を振った。そして、まだ暗い顔をしているベルに、ニッコリと笑いかけた。
「ね、ベル。この家に泊まる条件を知ってる?」
「条件?」
「そう。ベルはここへ緊急退避してきたからまだ知らないかもしれないけど、この家に泊まる時の決まりがあるんだよ。ね~、エルヴィン?」
言うと、エルヴィンは沈んでいた顔をパッと輝かせ、僕の膝に飛び乗ってきた。
「うんっ、そうだよ!」
困惑しているベルに、エルヴィンは笑顔を向ける。
「旅の話をすること。それが、この家に泊まる条件なんだよ。ソラお兄ちゃん達は、昨日いっぱい話してくれたの。眠たくなるまで! だから、今日はベルさんの話を聞かせて」
僕とシドの呼び方は「お兄ちゃん」。だけど、ベルは「さん」。チョコレートで懐柔されたとはいえ、あのシドに懐いたくらいだ。誰に対しても同じなのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。エルヴィンは、ベルが自分との間に壁を積み上げているのをしっかり感じているのだろう。それでも僕に倣ってベルを元気付けようとしているのだから、全く健気な子だ。
「僕もベルの話に興味あるんだ。〝左から来た〟シドは居眠りするだろうけど」
クスクス笑いながら言うと、ベルが少しだけ、口元を緩めた。
「あれは、面白かったな。でも、シドさんはあんたを置き去りにする割に、あんたのいなかった時のこと、何でも話すんだな」
「あ、あ~……。シドは言ってたよ。俺が左から来たって言ったら、あいつ笑いやがった。あいつの笑いのツボは理解不能だって。――自分がどうして笑われたのか、未だに分かってないみたい」
まさかシドのポケットの中で聞いていたなんて言えないので、僕は適当に嘘をついた。するとエルヴィンがちょっと僕を見上げて、小さく笑った。シドの時と同様、嘘がバレたみたいだ。
「シドさんとソラさんは、仲が良いんだな」
「そうでもないよ。シドなんて、いつも僕のことボロクソにするし。だから……そう。旅は道連れってやつだよ」
いつぞやのベルの言葉を借りると、エルヴィンが僕を見上げた。
「それ、どういう意味なの?」
「旅は一緒に行ってくれる人がいると心強いっていう意味だよ。辛い時は力を合わせて、楽しい時は一緒に笑える人が傍にいるのは、素敵でしょ?」
「とっても素敵。……お父さんがいつも言うの。人は一人で生きられないんだよって。私は、みんなから楽しい気持ちを一杯もらって、みんなに生かされてるんだって。そういうこと?」
「うん、多分ね。僕もエルヴィンに楽しい気持ち、一杯もらってるよ」
僕は言って、エルヴィンの頭を撫でた。エルヴィンは嬉しそうに、僕の胸に頭をすり寄せた。
それにしても、何て頭の良い子なんだろう。彼女の境遇で「生かされている」なんて教えられたら、それを悪い意味に解釈する可能性だって、大いにあり得るだろうに。
「なぁ、ソラさん」
「ソラでいいよ。どうしたの?」
「あぁ……その、頼みがあるんだ」
神妙な顔をしているから、何事かと、僕はベルを見つめる。
「騒ぎのせいで、食糧も水も、全然揃えられなくて。尽きかけているんだ。もしできたら――少しでいい。分けてもらえないだろうか?」
「なんだ、そんなこと? わかった、シドに聞いてみる」
「えっ?」
「心配しないで。もしシドがケチなこと言ったら、脛蹴っ飛ばしてやるからさ」
シドは、決して「嫌」とは言わないだろう。彼は不老不死だし、ベルの頼みを断って、僕に鬼だ悪魔だと、ギャンギャン騒がれることを面倒臭がるに違いない。
「ありがとう……ソラ」
「お安い御用だよ」
笑って頷くと、ベルは微笑み、パンッと手を打ち鳴らした。
「よし。それじゃぁ、一丁俺の話を聞かせてやろう。魔物と呼ばれる赤眼の男の、大胆不敵な冒険譚だ」
そう言うと、ベルは初めてシドと話した時のように、溌剌とした口調で語り始めた。




