トパーズの友達 3-5
ヒューゼノーツは抱いていたエルヴィンを下ろすと、仕切り直すようにセラフローラに言った。
「さて、夕飯が遅れてしまう。今日は私も手伝うよ」
「ありがとう、ヒューズ。だけど、貴方の料理は豪快すぎて、切って焼くだけ――まるで野宿の時の食事になってしまうわ。だから、勝手に進めちゃ駄目よ?」
「失礼な」
ヒューゼノーツが拗ねたように口を尖らせると、セラフローラはクスクスと笑い、エルヴィンの傍に膝を着いた。
「今日はお手伝いを免除してあげる。お兄さん達に遊んでもらいなさい」
「本当に? いいの?」
「えぇ」
お兄さん達、というのはもちろん、シドとベル、それに僕のことだろう。
ちょうどそこへ、仏頂面のシドがリビングから廊下に戻ってきた。
「シドお兄ちゃん!」
エルヴィンは嬉しそうに彼の手を取り、シドは僅かに眉を動かし、エルヴィンを見下ろした。
「お母さんが、今日は遊んでいいって! 二階でお話聞かせて!」
「……あぁ」
シドは短く頷き、エルヴィンに手を引かれるまま、二階へ上がっていった。部屋に入ると、彼女はベッドに腰かけたシドの隣にちょこんと座り、甘えるように腕を絡めた。
「シドお兄ちゃん、さっき嘘をついたよね」
「あぁ、ついた。……どこが嘘だったと思うんだ?」
珍しく、シドの方から話を振った。エルヴィンは少し考えてから、言った。
「この町のことを考えて、心躍らせたところ」
「……ふん」
シドは鼻を鳴らして笑うと、エルヴィンの頭に手を置いた。エルヴィンは目隠しの顔で、彼を見上げる。
「シドお兄ちゃん、歌って。シドお兄ちゃんの歌が聞きたいの」
エルヴィンの要望に、僕は少なからず驚いて、シドを見た。シドは無表情を崩さなかったが、ベッドから立ち上がり、荷物の中から小型のハープを取り出した。そんなもの持ち歩いていた覚えは無いから、シドが何かに変化魔法をかけたのだろう。
「本気?」
僕は、驚いてシドを凝視した。吟遊詩人というところも嘘だと思っていたのだが……。
「夜明けによって引き裂かれる恋人達のアルバ、跳ね踊る陽気なエスタンピー、女羊飼いに思いを寄せる騎士のパストラル、雇われ兵の語った某国の話シルヴェンテス――……」
やけに詳しい。エルヴィンは身を乗り出して言った。
「恋の歌がいい!」
「そうか」
シドは長い脚を組むと、その上に小さなハープを置き、細い指で弦を爪弾き始めた。
――……歌もハープも、驚くほどに上手かった。そういえば以前に一度だけシドの歌を聞いたことがあるのだが、その時小さく口ずさんでいたものとはまるで違う。
彼の奏でる唄は、貴族の娘と靴磨きの男の悲恋を綴ったものだった。身分違いの恋の果てに二人は駆け落ちを決心するが、娘は約束の場所に向かう途中で、賊に殺されてしまう。そうとは知らない男は一人、約束の場所で朝焼けの空の下に佇み、娘の裏切りに嘆き崩れる。
子どもに聞かせるような話でもないような気がするが、不覚にも、泣いてしまった。こんな特技は反則だ。
「……それ、本当の話?」
「さぁな」
尋ねたエルヴィンに、シドは短く応じた。そして、使命は果たしたと言わんばかりに、ハープを荷物の中に片付けた。エルヴィンは少し名残惜しそうにしていたが、それ以上をせがんだりはしなかった。
「ベル、俺とソラは今夜出立する。明日になって、町の連中に唄でもせがまれたら面倒だからな。……おまえはどうする?」
「俺は……」
「何ならさ、僕達と一緒に行こうよ。僕とシドも、行き先はベルと同じなんだ」
言うと、ベルは驚いたように目を見開き、僕とシドを凝視した。




