トパーズの友達 3-3
「みなさん、二階へ! 大丈夫、私に任せてください」
まるで、何が起きているのかわかっているかのような口調だった。
「ヒューゼノーツさん……俺は!」
「行くぞ、ベル」
するとシドがベルの首根っこを掴み、ズルズルと二階へ引き摺っていった。
「離せ! 俺のためにヒューゼノーツさん達が殺されるなんて――」
「おまえが騒がなければ問題無い」
ベルを二階の部屋へ放り込み、シドは言った。手にしたままのティーカップに口を付け、一気に中身を飲み干す。
「ソラ、ベッドの下にでも隠しておけ」
それをずいっと僕に押し付けて、シドはベルの両肩を掴んだ。
「ここの一家を巻き込みたくなければ、固く目を閉じて、俺がいいと言うまで決して動くな。声を出すな。――例えこれから何が起きても」
せっかくヒューゼノーツが「巻き込んだと思うな」と言ってくれたのに、そんな台詞を平気で口にする。もちろんシドの言う「巻き込む」と、ヒューゼノーツの言う「巻き込む」の意味するところは違うのだろうが、それを察するには、冷静な頭が必要だろう。
「できるな、ベル?」
「あんた……一体」
「黙れ」
僕はベッドの下にティーカップを押し込みながら、シドとベルのやり取りを見ていた。間違いなく、シドはベルに変化魔法をかける気だ。
「うわっ!?」
すると、シドはやはり問答無用でベルに魔法をかけ、彼を一冊の本に変えてしまった。せめて生き物に変えればいいのに、随分えげつないことをする。
シドは本に変えてしまったベルを本棚へ押し込むと、窓から外を覗いた。
「行くぞ、ソラ」
「うんっ」
そしてシドはサッと踵を返し、部屋を出て行った。慌てて、その後を追いかける。
「どうするの、シド」
「面倒の芽を摘み取る。それだけだ」
シドは言って、玄関の扉を開けた。そこには、ヒューゼノーツ、セラフローラとエルヴィン、それに、彼らの家を取り囲むたくさんの人々がいた。エルヴィンは物々しい雰囲気に怯えているのか、母親にしがみ付いて震えている。
「何かあったのか、ヒューゼノーツさん」
「シドさん!」
ヒューゼノーツは驚いたようにこちらを振り返った。しかし驚きの中でひっそりと、笑ったような気配もあった。
集まった人々は、誰もが不安そうな表情をしていた。彼らはシドと僕が出てくるなり、僕達を咎めるように睨み付けてきた。中には、昨日僕を赤眼と呼んだ男もいる。
「あぁ、えっと。すまない。何か迷惑をかけたか?」
「いえ。でも、皆さんに説明して頂けると嬉しいです」
ヒューゼノーツは困ったように首を傾げた。
「お二人が黒い山について聞いて回っているから、シドさんとソラさんが、滅びを齎す者だとか、なんとか」
「俺達が滅びを齎す? どうしてそうなるんだ?」
「今日、赤眼の少年が町にいたそうです。お二人と同じようなことを聞いて回っていたから、仲間ではないかと不安になってるみたいです」
「僕は赤眼と間違えられたけど、それと関係あるの?」
横から口を挟むと、昨日僕の赤眼を目撃した唯一の男が、首を横に振った。
「いや、違う。あのガキは間違い無く赤眼だった。奇妙な術を使って銃弾の軌道を曲げたんだ。あのガキ、撃って随分時間が経ってから、思い出したように左腕から血を噴きやがった」
まずい、それは僕の仕業だ。でも……左腕に当たってしまったのか。
「誰かに連れられて逃げたようだが……あんた達じゃないのか?」
シドは頭をかいてから、大仰な溜め息をついた。
「俺はこう見えて吟遊詩人なんだ。世界を旅して回って、各地の伝承や物語を、詩曲として伝えている。だが、もしそれを好まないなら、この地のことはこの地だけのこととして俺の記憶に留める」
「吟遊詩人……?」
「あぁ。このフルーレの町の人々のことを耳にして、是非ともそこに住まう人達に話を聞きたいと思って、気が急いてしまった。俺の行動が町の人達を不安に陥れてしまったのなら、謝ろう」
シドは素直に謝罪の言葉を口にして、人々に頭を下げた。すると中年の女性が口を開いた。
「私達のことを耳にしたって、どんな話だったんだい?」
「あぁ……フルーレは小さい町なのに学校があり、全ての子どもが、読み書きの知識と魔物に抗う術を身に付ける。しかし彼らのほとんどは、そうして生きる術を身に付けながらも、悪魔の住む山に近い、その危険とも言える町を出て行こうとはしない。なぜなら彼らの胸には、この厳しい土地に生まれた者としてより多くの魔物を食い止め、世界の人々を守らなければならないという使命感があるからだと。――どれほど誇り高く、そして優しき人々がいるのかと、心躍らせた」
シドがこんなに喋っているなんて、何年振りのことだろう。シドの綴る嘘八百を、僕は感心しながら聞いていた。恐らくこの知識は、昨夜読んでいた本から仕入れたのだろう。




