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SoraShido  作者: 真城 成斗
トパーズの友達
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トパーズの友達 3-2

「シドさん、一人旅じゃなかったのか?」


 快活さを失った声音で、ベルはシドに尋ねた。しかしシドに答える気が無いようなので、僕が取り繕う。


「それが聞いてよ! 僕、朝起きるのが苦手なんだけど、出発の朝でも起こしてくれないんだ。いつも問答無用で置いて行くの。ヒドいと思わない?」


 すると台所から薬缶とティーカップを持ってきながら、ヒューゼノーツがクスクスと笑った。


「そういえばシドさん、昨日ソラさんを探しに行っていましたね。そういうワケだったんですか」


「ヒューゼノーツさん、笑いごとじゃないですよ。まぁ……シドは目立つから、探すのも楽なんだけど」


 僕はブツブツ言いながら紅茶を淹れて、人数分のティーカップに注いだ。注ぎ終えると、シドがカップを一つ取り上げて、ベルに差し出した。


「昨日の礼だ」


「シド、紅茶一杯でそれは図々しいと思うよ」


 僕は言いながら、ヒューゼノーツにもカップを差し出した。


「ありがとう」


 ヒューゼノーツはニッコリと微笑んでそれを受け取り、カップに鼻を寄せて、香りを吸い込んだ。


「ベルさんとシドさんは、会ったことがあったんですね」


「あぁ」


 シドは短く答えて、紅茶を啜る。お気に入りの香りの割に彼の表情が動かないのは、今に始まったことではない。


「ねぇ……ベルは、知ってたんだよね?」


「え?」


「この町の人達が、黒い山に立ち入るのをよく思ってないこと」


「……あぁ、知ってるよ。悪魔の怒りに触れたから、エルザの町は滅んだと」


「町でも、アレ言ったの?」


「アレって?」


 顔を上げて僕を見たベルに、僕は首を傾げて見せる。


「シドに初めて会った時に言ったコト。悪魔を倒しに行くって」


「そんなの――言った覚え、無いよ」


 ヒューゼノーツを巻き込みたくないのだろう。ベルはそう言うと、カップには口を付けないまま、テーブルの上に置いた。


 すると意外なことに、ヒューゼノーツが口を開いた。


「私の娘も――エルヴィンも、ベルさんと同じ赤眼なんですよ」


「えっ?」


 確か昨日は、エルヴィンは目が見えないと言っていた。僕はヒューゼノーツの言葉に、僅かに目を見開いた。父親のヒューゼノーツも、母親のセラフローラも、眼の色は赤くない。だとしたら――


「エルヴィンの本当の父親は、エルヴィンが生まれる前に亡くなっているんです。誰も知らない、密かな恋人。彼が死んだ時、セラの――あぁ、セラフローラのお腹にはエルヴィンがいました。私はエルヴィンの本当の父親の、同じく密かな友人でね。当時からセラのことも大事に思っていたから、私が父親として育てることにしたんです。けれどセラが産んだ子は、本当の父親と同じ、真っ赤な眼をしていました」


「それで、目隠しを?」


「えぇ、そうです」


「町の人達には、何て言ってるんですか?」


「エルヴィンは生まれ付き目に病気を持っていて、明るいところで目を開けると、ひどい炎症を起こしてしまう。だから、目隠しを絶対に取らないでくれ、もし取れかかっていたら、必ず目を固く閉じているように言ってから、巻き直してやってくれ。――そう言ってあります。赤眼のことを除いては、とても気の良い人達なんです。みんなそれを信じて、エルヴィンによくしてくれる」


 洋裁屋の主人など、エルヴィンに使ってくれと言って、肌触りの良い布を分けてくれたりもするんですよ。ヒューゼノーツはそう付け足して、穏やかに微笑んだ。


「ベルさん、私はね、赤眼の伝承なんて信じていないんです。そりゃぁ表には出しませんけど、そんな理由で命が奪われるなんて、あってはならないことなんですよ。それが私の信念ですし、何より貴方が殺されるのを黙って見ているということは、貴方と同じ赤眼を持つエルヴィンの存在も否定することになる。……私は、生きるべくして生まれてきた命の在り方に、背を向けたくない」


 彼の透き通った瞳は、曇り一つない愛に満ちていた。彼は、自分とは一滴の血の繋がりのないエルヴィンを、心から愛している。そして、自らに関わる命の全てを。


「わかったら、悔やむのはやめて前を見なさい。貴方は、貴方の抱える世界に私を巻き込んでしまったなんて、そんなことは思わなくていいんだよ」


「…………」


 ベルは無言で、テーブルの上のカップを見つめていた。美しい紅の眼が、泣き出しそうなくらいに揺れている。


 そんなベルに優しい笑みを向けて、ヒューゼノーツは紅茶を一口含み、静かに飲み下した。


「ふふっ、美味しいですね。でも……やっぱり私はコーヒー派かな」


 肩を竦めたヒューゼノーツに、シドは無言で紅茶を啜った。


 その時だった。


「ヒューズ、ヒューゼノーツっ!」


 外から聞こえてきたのは、ただならぬ様子で夫を呼ぶ、セラフローラの声だった。


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