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SoraShido  作者: 真城 成斗
トパーズの友達
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トパーズの友達 3-1

*   *   *


 尋ね人は、思いの外簡単に僕達の前に現れた。


「すみません、今日は旅人さんがもう一人いらしてるんですけど、構いませんか?」


 ヒューゼノーツの家に戻ると、彼は申し訳無さそうにそう言った。元よりタダで泊めてもらっている身分だ。文句は無い。


「えぇ、僕達は構いません。でも、その人は大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。先に断ってありますから」


 そんな会話をした後にリビングへ通され、僕は思わず、目を見開く。


「ベル……!」


 そこにはテーブルの椅子に腰かけて、陶器のカップを両手で握り、項垂れているベルの姿があった。彼の左腕には真っ白な包帯が巻いてあり、伏せられた哀しげな瞳は――燃えるような、紅色をしていた。


 どうやら人々に追われていたベルを、ヒューゼノーツが匿っているらしい。


 カップの中身はコーヒーだろうか。揺れる黒い水面から香ばしい匂いが立ち上ってくるが、それも何だか彼の雰囲気と相まって、物悲しい。


 すると突如、僕の背に尖った何かが押し当てられた。


「エルヴィンとセラは夕飯の買い物に出かけています。シドさん、ソラさん。もしこのことを通報する気なら、容赦無く殺します」


 そう言ったヒューゼノーツの声は落ち着いていて、ちっとも震えていなかった。僕は思わず、きょとんとしてしまう。ただ、ベルだけは驚いたようにこちらを見た。


「やめてください、ヒューゼノーツさん。貴方がそんなことをする必要は無いんだ。……俺、やっぱり出て行くよ。ヒューゼノーツさんには、迷惑をかけたくない」


 要らない心配をするベル。彼の優しさがおかしくて、僕は背中に押し当てられた何かを右手で捕らえながら、笑った。


「もう。びっくりさせないでくださいよ、ヒューゼノーツさん。僕達がそういう人間だと思っているなら、最初から家に入れなければいいんだから」


 ヒューゼノーツが手にしていた物体には、殺意の欠片も無い。僕の背に押し当てられていたのは、木製定規の角だった。こんなもので人が殺せるのは、変化魔法を扱うシドくらいだろう。


「ふふっ、すみません、ソラさん」


 ヒューゼノーツは、ちっとも悪びれた風もなく、クスクスと笑う。町で人々から逃げていたベルを連れ帰って家に匿うような男だ。肝が据わっているのだろう。


「いいんです。でも……よくシドの顔を見て信じる気になりましたね。下手したら、自分達だって危ないかもしれないのに」


 悪人面のシドは、そう言った僕の足を、無言で踏み付けた。よりによって、さっきと同じところを。


「ぴっ!」


 悲鳴を上げて、僕は足を押さえて蹲る。そんな僕の上から、ヒューゼノーツの笑い声が降ってくる。


「シドさんは、大丈夫だろうって思ったんです。こういうことに、興味無さそうですし」


「う、うぅ……でもさぁ、シドが金の亡者だったらどうするつもりだったの」


「そういう人は、こんな危険な土地に来ませんよ。魔物のせいで、自給自足が精一杯なんですから。経済も発展していません」


 ……なるほど。だとすれば、ヒューゼノーツの読みは大当たり。むしろ、自分が面倒事に巻き込まれたくないがために、全力でベルの存在を隠蔽するかもしれない。


「ベル、そんな顔しないでよ。ベルは僕達のこと、助けてくれたじゃない」


 僕は言ったが、ベルは怪訝そうな顔をしている。そういえば、ベルは僕と面識が無かった。


「あ、ごめん。え~っと……僕はソラ。シドと一緒に旅をしてるんだ。ベルのことはシドに聞いて――それで、できたら友達になりたいなって思ってたんだ。よろしくね」


「俺は赤眼だ。それをこの町では知られてしまった……近付いたら殺されるぞ」


「大丈夫。僕達、ベルを探してたんだ。だから、ここで会わなくても僕達の方から接触してたよ。ね、シド?」


 同意を求めたが、シドは仏頂面を崩さず、しかしツカツカと、ベルの方へ歩いて行った。


「シド?」


 何をするのかと見ていたら、シドはベルの両手から、カップをヒョイと取り上げた。


「この香り、不愉快だ。……ソラ、アールグレイ・ダージリンを淹れろ」


 どうやらコーヒーの香りが気に入らなかったようだが、そのコーヒーを淹れたヒューゼノーツの前で、失礼極まりない奴だ。とは言え反抗して殴られるのも嫌なので、僕はシドに促されるまま、荷物の中からアールグレイ・ダージリンを取り出した。シドの一番のお気に入りで、混ざりもの無しのダージリン茶葉を使った、アールグレイの最高級品だそうだ。シドはベルガモットの深い香りがなんたらかんたらと言っていたが、普通のアールグレイと何が違うのか、正直僕にはよく分からない。


 ただ、シドが最高級と褒め称えるそれをベルに飲ませようというのだから、彼なりの意図はあるのだろう。不器用すぎて通じそうにないが。


「ヒューゼノーツさん、お湯をもらってもいいですか?」


「さっきコーヒーに使ったのがありますから、すぐに沸きますよ」


 ヒューゼノーツは言って、台所に入って行った。


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