アクアマリンの孤独 1-3
テオドールの家は一階が食事処になっていて、二階には部屋が五つあった。シドは銀の粒をいくつかテオドールに渡して、当面の宿泊と、朝と夜の二食を用意して欲しいことを伝えた。テオドールは快くそれを了承して、今日の夕飯は新鮮な魚料理にすると笑った。
「では、シドさん。私は一階にいますから、何かあれば仰ってください。部屋は廊下の一番奥で、これが鍵です」
「あぁ」
テオドールから鍵を受け取ると、シドは階段を上って、廊下の一番奥の部屋へと向かった。そして部屋に入るなり荷物を隅に放り投げると、無造作に胸ポケットに手を突っ込み、乱暴に僕を掴んだ。
「ちょっと! 痛い!」
足を摘まれて宙ぶらりんの格好になりながら、僕はありったけの声量で文句を言った。当然のように無視された。
「毎度のことだけど、もうちょっと優しく扱ってよ! 羽が折れたらどうしてくれるの!?」
「黙れ」
シドはそう言いながらゴソゴソと荷物を漁って、金属製のカップを二つと、紅茶セットを取り出した。それをテーブルの上にドカドカと並べて、それっきり。……淹れろ、ということなのだろう。
「紅茶を淹れてくれ、の一言すら無いなんて。あぁ、何て横暴で俺様な男なんだろう」
「嫌なら失せろ」
「あ、そーゆーこと言う。砂糖と塩をうっかり間違えてやるからな」
口を尖らせていると、シドが問答無用で僕に手を翳した。バシィッと心地良い衝撃が全身に走り、僕の体は一瞬のうちに人間のそれへと変化した。
シドは彼の持つ変化魔法を使って、時にこうして、僕を人間の姿にしてくれる。しかしそれはもちろん彼の親切心や優しさの類では全く無く、シドが僕をこき使いたい時のみに限られている。例えば今回、僕に好物の紅茶を淹れさせたい時もその内だ。
「今日は何がいい? シンプルにアールグレイ? それともキャラメルバニラ? この前買ったアップルもあるよ」
紅茶セットの中身を広げながら尋ねると、シドは「湯をもらってくる」とだけ言って、部屋を出て行った。任せる、と解釈してよいのだろう。
僕は紅茶の葉の中からアップルを選び、早速支度を始めた。すぐにシドが戻ってきて、黙って湯の入ったポットをテーブルの上に置いた。彼はその足でベッドに直行し、スプリングを弾ませて寝転んだ。
「海の女神セイレーンに、空の神。白銀の龍か……」
呟いたシドに、僕は笑う。
「自分だと思う?」
「何が?」
「白銀の龍。この国に伝わる救世主様だよ」
「救世主ね……。案外、俺達の邪魔者かもしれないぞ」
「どういうこと?」
「つまり、幻石をこの国から取り上げようとしている俺達に立ち向かってくる、勇敢な救世主様さ。龍が相手となると、いくら俺が不死身でも分が悪いかもしれないな」
シドはククッと喉の奥で笑い、ベッドの上に起き上がった。
「この国には膨大な量の魔力が渦巻いているのを感じる。しかも古くからの伝承がある国だからな……望みはかなりあるだろう」
「エレニは力の均衡が崩れてるって言ってたけど、実際には何が起こってるんだろう。その魔力と何か関係あるのかな」
「さぁな。この国がどうなろうと、俺には関係無い」
シドは鼻を鳴らして笑い、紅茶を注いだ金属カップを手に取った。せっかく淹れてあげたのに礼の一つも言わないのは、いつものこと。
「シドってば性格悪いよね。みんなが救世主を求めて不安な顔してるのに、知らんぷりするんだ?」
「当たり前だ」
シドは紅茶を一口含み、ふと、小馬鹿にしたような目で僕を見た。
「ところで……おまえは相変わらず人間になりたいのか?」
尋ねられて、大きく頷く。
「うん、なりたい! だからシド、幻石が全部揃ったら、その時は僕が頂くからね」
すると、シドはやっぱり小馬鹿にしたように口の端を吊り上げた。僕は構わず、紅茶を啜った。