トパーズの友達 2-5
そして翌日、僕達は町へ出て、黒い山について人々に尋ねて回った。ヒューゼノーツの家を出てから最初にシドが向かったのは路地裏で、僕は一旦、妖精の姿に戻された。夜には、また人間の姿に変えてくれるらしい。
僕達が聞いて回ったのは、この辺りに出現する魔物の特徴や、黒い山の伝説と、魔城に住む魔女、山の麓にあった村についてだ。とにかくわからないことだらけだったが、シドは何を耳にしても、至って冷静な様子で情報を手に入れていく。
町中歩き回って、空に輝く太陽も沈み始めた頃、シドは「これで最後にする」と言ってから、中年の男に声をかけた。男は、シドの口から黒い山という単語が出るなり、怪訝そうに眉を寄せた。
「あんた、まさか黒い山に行く気じゃないだろうな?」
「何が悲しくてわざわざ死にに行くんだ」
シドはいけしゃぁしゃぁと嘘をついた。
「それならいいが……山に踏み入って悪魔の怒りに触れでもしたら、今度はこの町が危ない。エルザの町は、悪魔の怒りで滅んだんだ。町の連中が皆殺しにされた。……頼むから、黒い山に行くのはやめてくれよ?」
「あぁ。そこまで馬鹿じゃないさ」
シドがそう言った、次の瞬間だった。
「赤眼だ! 赤眼がいるぞ!」
少し離れたところから男の声がして、僕は弾かれたようにそちらを見た。一方でシドは、面倒臭そうに視線を動かす。
「あっ!」
ちょうど、一人の少年が、猛スピードで道を駆け抜けていったところだった。その後を、物騒な武器を手にした男達が追いかける。
「ねぇ、あれって……」
「ベルだな」
シドが言った時、僕達の見ている前で、男の一人がベルに向かって銃を構えた。
「銃なんかで撃ったら、死んじゃうよ!」
僕は思わず目を見開き、そちらへ手を翳した。
「遅延魔法……発動っ!」
ダァンッ!
重々しい銃声が響くのと、僕の魔法が発動したのは、ほぼ同時だった。銃弾の速度が遅くなったのを願いながら、僕はシドのポケットから飛び出した。
「くそっ、追えー!」
そんな声が聞こえたところを見ると、どうやら銃弾は外れたようだ。
男達はベルを追い、僕もそちらへ羽を震わせた。シドは――突っ立っていた。
「逃げたぞ!」
「探せ! 見つけ出して殺すんだ!」
物騒な言葉が飛び交うが、どうやらベルは上手く逃げ切れたらしい。僕は立ち止まり、ホッと胸を撫で下ろした。
「赤眼は殺せかぁ。……気に入ってるのにな」
自分の目元に触れながら呟いていると、後ろからシドがやってきた。
「ねぇ、シド。眼が赤いだけで殺されるなんて、絶対おかしいと思わない?」
「おまえがおかしいと思うかどうかなんて、関係無い。業に入っては何とやら、だ」
「そんなの知ったことじゃないよ。……それより、ベルを追わなくていいの? 町で集めた情報よりも、黒い山に行くって言ってたベルの方が、ずっと役に立つと思うけど」
するとシドは面倒臭そうな溜め息をついた。
「見つかればな」
「あ、シドってば、やる気無いでしょ」
「あぁ」
あっさり言われて、今度は僕が溜め息をつく。確かにシドは誰かの手を借りて問題を解決しようとするタイプではない。無限の命を持つが故、むしろ、他者との関わりを可能な限り断とうとすることの方が多い。だからこそ、彼は不老長寿の僕に限っては、傍に置いてくれるわけだし……。
「でも、そういうのって納得いかないんだよなぁ」
人間の姿になる為に、シドと一緒に路地裏へ滑り込みながら、僕は心の呟きを声に出す。シドは聞こえないフリをしていた。
バシィッ!
「痛っ!?」
何だか腹が立ったから、シドが変化魔法を発動させたドサクサに紛れて、シドの後頭部を叩いてやった。もちろん直後に、足を踏まれた。




