トパーズの友達 2-4
シドの思惑はともかくとしても、話をするのは嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。僕は今までのことを思い返しながら、エルヴィン達に旅のことを話して聞かせた。幻石の件を伏せるために、ちょっとした脚色は交えたが。
気高い山脈も、雄大な海も、荒涼とした大地も、美しい花の野も。僕の目で見たもの全てを、物語に変えた。エルヴィンは顔を輝かせて、僕に色々な質問をした。森の緑はどんな匂いがするの? 海の煌めきはどんな音がするの? 空と大地だけの場所は寂しい? たくさんの色に囲まれるとどんな気持ち?
目の見えないエルヴィンは、どんな世界を思い描いたのだろう。僕は、彼女に少しでもたくさんの世界を伝えることができただろうか。
夜も更けてエルヴィンがユラユラと舟を漕ぎ出した頃、葡萄の房は、ただの枝になっていた。
「夜更かしさせちゃいましたね。すみません」
話を切り上げてそう言うと、ハッと目を覚ましたエルヴィンは、目をゴシゴシ擦りながら僕を見た。
「それで? それでお姫様はどうなったの?」
その言葉に、僕は思わず吹き出してしまった。先刻まで僕が話していたのが、裁縫好きの海賊の話だったからだ。お姫様の夢でも見ていたのだろうか。
「エルヴィン、もう遅いから、また今度にしよう」
「今度っていつ?」
エルヴィンに尋ねられて、僕はシドを見た。居眠りでもしているかと思ったが、シドはちゃんと起きていて、ヒューゼノーツに視線を移した。ヒューゼノーツは、シドが何か言う前に、彼の意を汲んだ。
「旅のことを話して頂けるのなら、シドさん達の必要なだけ泊まってください」
ヒューゼノーツはそう言って、にっこりと笑う。すると、シドは短くエルヴィンに言った。
「明日だ」
「本当? 約束よ?」
「あぁ」
ぶっきらぼうに頷いて、欠伸を一つ。
「いいんですか?」
明日もここに泊まることを勝手に決めたシドの傍若無人さに、僕は申し訳なく思いながら、ヒューゼノーツに尋ねた。だが家主のヒューゼノーツは、嬉しそうな顔をしていた。
「えぇ、もちろん。エルヴィンも喜びます」
「そうですか。……ありがとうございます」
シドの代わりにお礼を言うと、セラフローラに連れられてリビングを出て行くエルヴィンが、「おやすみなさい」と手を振った。僕はニッコリ笑って、それに応じる。
「おやすみ、エルヴィン。セラフローラさんも」
「えぇ、よい夢を」
セラフローラのポカポカした優しい微笑みに癒されながら、僕はヒューゼノーツにも挨拶をして、シドと共に二階の部屋へと戻った。
「随分、長話だったな」
いつものことだが、急に棘のある言い方。どうやら、僕の話が気に入らなかったらしい。
「いいじゃない、たまには」
「そのよく動く口を切り落としてやりたい」
シドはぶつぶつ言っているが、彼自身も、自分がいつもより饒舌なことに気付いているのだろうか。いつものシドなら、ここで「黙れ」がくる。
珍しくシドが相手をしてくれるので、僕は嬉しくなって調子に乗った。
「シドって、意外と子ども好きなの?」
「どうして俺が」
「エルヴィンにチョコレートあげるなんてさ。普段じゃ考えられないくらい優しいもん。悪人系仏頂面は相変わらずだけど」
「音速で死ね」
「あれっ!? 優しさはどこへ!?」
「その手のサービスは取り扱っていない」
「……どうしちゃったの。今日のシド、面白すぎるんだけど」
するとシドは「ふん」と鼻を鳴らし、本棚から適当に本を見繕って、ベッドに腰かけた。
「僕、先に寝てもいい?」
「あぁ。二度と目覚めるな」
「本当に目覚めなかったら寂しいくせに」
「……。俺が黙らせてやってもいいんだぞ?」
シドは僕を睨み、腰のナイフに手をかけた。僕は慌てて、首を横に振る。
「な、何でもない! おやすみなさいっ!」
僕はベッドに潜り込み、シドに背を向けて目を閉じた。それからしばらくの間は、シドがページをめくる音だけがしていた。やがてそれも遠ざかり、僕の意識は闇の奥に吸い込まれていった。




