トパーズの友達 2-3
「待て」
しかし彼女が僕の分を注ごうとしたところで、シドがそれを止めた。
「ソラに酒は駄目だ。……何か別のにしてくれ」
「え~、いいじゃん。僕もワイン飲みたいよ」
「おまえはタチが悪い。……子どものいない時にしろ」
僕にとっては覚えの無い話で心外だが、セラフローラはシドに従うことにしたようで、僕の前からワインボトルを引っ込めた。
「じゃぁ、ソラお兄ちゃんは私と一緒ね」
エルヴィンが僕のグラスを取り上げて、台所へ駆けていった。戻ってきた時、グラスには無色透明な液体が注がれていた。
「はい、お水」
「ありがとう、エルヴィン」
僕はグラスを受け取って、エルヴィンの頭をポンポンと撫でた。
全員に飲み物が行き渡ると、ヒューゼノーツがグラスを持ち上げた。
「シドさんとソラさんの行く先に光を。乾杯」
「乾杯。ありがとうございます、ヒューゼノーツさん、セラフローラさん」
水の入ったグラスを二人と交わし、僕は最後に、エルヴィンにグラスを差し出す。
「エルヴィンも。君が幸せでありますように」
「ありがとう、ソラお兄ちゃん」
一方で、シドは既にグラスを置いて、料理に手を付け始めていた。
「どうですか? お口に合うといいんですけど……」
尋ねたセラフローラに、シドはシチューを啜りながら小さく頷く。
「シドってば、よっぽどお腹減ってたんだね。……だけどさぁ、もうちょっと愛想良くしたら?」
「黙れ」
「もうっ。このツンデレ!」
「ツン?」
ヒューゼノーツが怪訝そうに眉を寄せ、シドは嫌そうに溜め息をつく。
「うるさい黙れとか言ってるシドが、チョコレートをくれて頭をポンポンしてくれる。『べ、別におまえのこと嫌いってわけじゃないんだからなっ』」
そんな説明をすると、ヒューゼノーツは「あぁ」と納得したように頷いて、当のシドは、テーブルの下で僕の脛を蹴飛ばした。
「痛っ!」
思わず声を上げると、今度はエルヴィンが怪訝そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「な、何でもないよ」
ひきつりそうな顔で痛みを堪え、僕はシドへの復讐を胸に誓う。けれどそんな思いも、シチューを一口含んだら、一気に吹っ飛んでしまった。
「美味しい! 今まで食べた中で一番だよ!」
「そうでしょう? 妻の料理は絶品なんですよ」
誇らし気にそう言ったヒューゼノーツに、セラフローラが嬉しそうに笑う。
いいな、仲良いんだ。
そう思いながらビックリキノコを頬張って、僕はキノコの名の通り、ビックリして目を見開いた。
「ふわっ?」
高級ステーキなんて食べたことが無いけれど、これは間違いなく高級ステーキの味だ。他のどんなキノコも、これには敵わないだろう。噛んだ瞬間肉汁が一気に溢れ出し、口中で香ばしい匂いが一気に弾けた。
「これ凄い!」
初めての味に、僕は大興奮。シチューとビックリキノコを、無我夢中で頬張った。携帯食料生活が長かった上に、美味しいものはほとんどシドが食べてしまう――普段の僕は小さいから、パンくずでお腹一杯になってしまうのだ――から、うっとりするほどの幸福だった。
皿が空っぽになってお腹が満たされると、セラフローラは葡萄の房をテーブルに持ってきた。シドが早速手を伸ばし、一方でエルヴィンは、待ちきれないと言わんばかりの様子で、テーブルに身を乗り出した。
「ねぇ! シドお兄ちゃん、ソラお兄ちゃん、早くお話聞かせて!」
「こら、エルヴィン。お行儀が悪いよ。ちゃんと座りなさい」
「え~」
「え~、じゃないの」
「……はぁぃ」
ぶーたれた様子で、エルヴィンは渋々、お尻を椅子の上へと戻す。シドはワインを一口飲んで、僕を見た。語る気は微塵も無いのだろう。
「そうだな……じゃぁ」




