トパーズの友達 2-2
「いい子ですね」
僕がヒューゼノーツに言うと、彼は「自慢の娘です」とニッコリ笑った。
「夕飯ができたらお呼びしますね。まだ時間がありますから、もし出かけるなら、声をかけてください」
「わかりました。ありがとう、ヒューゼノーツさん」
「とんでもない。旅のお話、楽しみにしています」
ヒューゼノーツが言うと、シドがちらりと僕を見た。どうやらシドは、旅の話をするのが面倒で、僕を人間の姿にしたらしい。その意を汲みつつ、僕は答えた。
「どんな話がいいですか?」
「どんな話でも、きっと面白いですよ。エルヴィンの目が見えないので、妻と娘は町から出たことが無いんです」
「そっかぁ……じゃぁ、ちょっと考えておきます」
僕はそう言って、夕飯までの時間、部屋で休ませてもらうことにした。
ようやく、お待ちかねの紅茶の時間だ。
シドは仏頂面ながらも軽快な口調で、僕に湯をもらってくるように命じた。はいはいと肩を竦めながら、僕はポットを借りに行った。
僕が部屋に戻る頃、シドは本棚の分厚い冊子を読み漁っていた。僕はテーブルに紅茶セットを広げながら尋ねた。
「何にする?」
「任せる」
シドは僕の方を見ようともせずに、冊子を開いた。そして、本当に頭に入っているのか疑問に思うような速さで、次々とページをめくっていく。
「ねぇ、シド」
適当に選んだ紅茶葉を蒸らしながら、僕は尋ねた。
「一体どういうことなんだろうね。急に魔物だなんて」
「……妖精がいるんだ。魔物がいても不思議はない」
冊子からは顔を上げずに、シドが答える。
「それにしたって、突然すぎるでしょ。やっぱり、賢者の書庫から盗んだ本に関係あるんじゃないかなぁ」
「その本だがな、無くなった」
「えっ!?」
さらっと言われて、僕は素っ頓狂な声を上げた。
「代わりに、ベルの言っていた黒い山から強い魔力を感じるようになった」
「そ、それってどういう?」
「さぁな。行ってみないことにはわからん」
「で、でも、黒い山って魔物の本拠地なんでしょ?」
「知るか」
シドは言うと、早くも読み終えたらしい冊子を、パタンと閉じた。
「何かわかった?」
「赤い眼は魔物の証――赤い眼を持つ者を見つけたら、迷わず殺すようにと。十三年前に、この町でも八人が殺されている」
「うわ。何それ、宗教本?」
「スクラップブックだ。新聞の切り抜きが集めてある。自分の為だか旅人の為だか知らないが、随分マメらしいな。あのヒューゼノーツという男」
シドは分厚い冊子を本棚に戻しながら言った。
「じゃぁ、僕が撃たれそうになったのは……」
「赤い眼のせいで、危うく殺されかけたというわけだ」
「え~。僕が魔物だなんて、あんまりだ」
「妖精も魔物も同類だろう」
「失礼な」
僕は口を尖らせて、出来上がった紅茶をシドに手渡した。
「黒い山に行くの?」
「あぁ。明日情報収集をして、明後日には出発だ」
「だって、ナイフの刃が溶けちゃうような奴がいるのに?」
「だから情報収集するんだろうが」
シドは言って、僕に礼も言わずに、紅茶に口を付けた。いつものことなので、今更咎める気はないが。
「黒い山に行くなら、ベルと仲良くしておけばよかったね」
「…………」
シドは無言で紅茶を啜り、それきり僕を無視した。
しばらくすると、元気に部屋のドアが叩かれて、エルヴィンがぴょこんと顔を出した。
「シドお兄ちゃん、ソラお兄ちゃん、ご飯だよ」
「ありがとう、すぐに行くよ」
僕は残っていた紅茶を一気に飲み干して、シドと一緒に一階に下りた。
「うわぁ、いい匂い!」
食卓に並ぶシチューと、皿に乗せられた物凄い厚みの何か。よく見ると、それはキノコの形をしていた。
「これがビックリキノコ?」
「そうよ。この辺りでよく採れるの」
食卓にパンを運びながら、セラフローラが言う。小柄で可愛らしく、穏やかで優しそうな人だ。エルヴィンは彼女に似たのか、鼻筋や口元がそっくりだった。
「三十センチで普通のサイズなんだよ。それより小さいものは、苦くて美味しくないんだ。三十を超えると、途端に甘味と旨味が増してくる」
僕達に席を勧めながら、ヒューゼノーツが言った。
全員が席に着くと、セラフローラがグラスにワインを注ぎ始めた。




