トパーズの友達 2-1
* * *
寄り道一つせずにヒューゼノーツの家に戻ってきたシドは、その家の戸を、二回ほど叩いた。
「はぁぃ」
すぐに中から声がして、ガチャンとドアが開く。子兎のように、エルヴィンが飛び出してきた。
「シドお兄ちゃん、お帰りなさい」
目は見えていないはずなのに、エルヴィンは来訪者を見事に言い当てた。しかも、出会った時は「シドさん」だったのが今度は「シドお兄ちゃん」に昇格している。悪人系仏頂面のシドが、こんな可愛い子のお兄ちゃんだって?
そう思ったら、吹き出してしまった。
「あははっ! よかったね、シド。お兄ちゃんだって!」
吹き出した勢いのまま爆笑していると、
「痛いっ!」
無言のまま、グーで殴られた。
するとヒューゼノーツが玄関先に出てきて、ニッコリと笑った。
「お帰りなさい、シドさん」
「ヒューゼノーツさん! 初めまして、こんにちは」
「こいつはソラ。俺の下僕だ」
「ちょっとシド、何なのその紹介! 俺のツレだ、とか、俺の友人だ、くらい言えないの!?」
下僕扱いに噛み付くと、シドは淡々と続けた。
「この通り口から産まれたような奴だから、うるさくて迷惑をかけるかもしれない」
「口から産まれるワケないでしょ。ちゃんとお母さんのお腹から産まれました!」
「……あと、どうやら馬鹿だ」
冗談だったのに、シドが要らない付け足しをする。エルヴィンがおかしそうに吹き出し、ヒューゼノーツはクスクスと笑っていた。
「ヒューゼノーツさん、それでも構わないか?」
「えぇ、もちろん。シドさんもソラさんも、大歓迎です。どうぞ上がって休んでください」
ヒューゼノーツとエルヴィンに促され、僕達は家の中に入った。
「いらっしゃい」
入ってすぐのリビングの奥から、女性の声が聞こえた。そちらから、シチューのいい匂いが漂ってくる。
「ごめんなさい、今は手が放せないの。でも、ゆっくりしていってくださいね」
「妻のセラフローラです。シドさん達がいらっしゃるのを、とても楽しみにしていたんですよ」
ヒューゼノーツが言うと、エルヴィンがシドを見上げて、楽しそうに笑みを浮かべた。
「ママのシチューは凄く美味しいんだよ! でも、ビックリキノコはもっと美味しいの!」
「……そうか」
シドは淡々とした口調で応じ、僕はそんな彼の足を軽く蹴飛ばした。
「シドったら。こんな可愛い子が話しかけてくれてるんだから、もう少しマトモな反応したらいいのに」
それを聞いていたエルヴィンは、大きく頷いた。
「そうだよ、シドお兄ちゃん」
「「ねー?」」
顔を見合わせて声を揃えた僕とエルヴィンに、シドが面倒臭そうに溜め息をつく。ヒューゼノーツはクスクス笑いながら、階段を使って二階に上がった。狭くて急な階段だったが、エルヴィンは目隠しのまま、トントンと軽やかに階段を上がっていった。
「シドさん、ソラさん。こちらの部屋をお使いください」
僕達は、階段を上がってすぐの部屋に通された。
部屋の四隅には、ベッドが一つずつ。中央には低いテーブルとソファ、窓際の壁には本棚があり、色々な本が収められていた。
「わ、凄い。宿屋さんみたい」
まさか民家でこんな部屋に泊めてもらうことになるとは思っていなかったので、僕は少なからず驚いた。
「寛いで頂けると嬉しいです。お好きに使ってください」
「あの本、読んでも構いませんか?」
僕が尋ねると、ヒューゼノーツは大きく頷いた。
「もちろん。本は読むための物ですからね。この辺りの伝承や空想小説なんかがあります」
すると、エルヴィンが僕の服の裾を掴んだ。
「でも、本を読むのは、旅のお話をしてもらってからだからね」
「うん、任せといて」
僕が頷くと、エルヴィンは嬉しそうに笑った。
「じゃぁ、私、早くご飯ができるように、ママのお手伝いしてくる!」
エルヴィンはそう言って、階段を軽快に駆け下りていった。




