トパーズの友達 1-5
チョコレートを手にしたエルヴィンは、目隠しされた顔に嬉しそうな笑みを浮かべて、シドを見上げた。
「シドさん、ありがとう!」
「……別に」
シドはいつものように、失礼千万な台詞で応じた。
「すみません、珍しい物を頂いてしまって……ありがとうございます」
申し訳無さそうに頭を下げたヒューゼノーツだったが、シドはそれには応えずに言った。
「ツレを探してくる。また後で来ても?」
「えぇ、もちろん。お待ちしています」
ヒューゼノーツは快く頷いてくれて、エルヴィンは「早く帰ってきてね」と懐っこく笑った。
彼らに背を向けて歩き出したシドに、僕は尋ねた。
「シドが優しいなんて珍しいね。何か悩みでもあるの? それとも、悪いものでも食べた?」
「深い意味は無い」
別に。死ね。黙れ。うるさい。潰すぞ。――予想された言葉は、何一つ返ってこなかった。いつもの仏頂面が、今は少し楽し気に見えるような気もする。
……どうやら、あのエルヴィンという少女。どういうわけなのか。シドの心を捕らえてしまったようだ。そうでなければ、シドが子どもにお菓子をあげて、頭をポンと撫でてやるなんて有り得ない。
「あ~……もしかして恋? シドってロリコン?」
「殺されたいのか?」
冷たい声でいつもの台詞を口にしながら、シドは人気のない路地裏に、するりと身を滑り込ませた。
そして直後、何の宣告もなく僕に手をかざし、変化魔法を発動させた。
「へっ?」
僕は「へっ」と言う間に、人間と同じ大きさになった。髪も眼も顔立ちも体格も。背中の羽が無いことを除いては、全て妖精の時と同じ姿だ。シドの魔法でこの姿になっている時だけは、僕はシド以外の他者にも自分を認識してもらうことができる。
ただ、シドが僕を人間の姿にしてくれるのは、僕をこき使いたい時だけだ。今は一体何の用事があるというのだろう。考えてもわからず、僕は首を傾げた。
「何で?」
「すぐにわかれ」
「すぐにわかる、ならともかくさぁ」
あまりにも無茶なことを言われ、僕は頬を膨らませた。さらりと無視されて、シドは来た道をスタスタと戻り始めた。仕方がないので、後を追いかける。
すると前方に猟銃を背負った男がいた。彼は僕の顔を見るなり、大きく目を見開いた。
「赤眼……!」
言うが早いか、男は銃を構えると、銃口を僕に向けた。
「な、何?」
困惑する僕を睨み付け、男は後ろを振り返り、大通りの方へと叫んだ。
「赤眼のガキだ! ……くそっ、どこから入り込みやがった」
「何、赤眼だと!?」
別の男が声を上げ、しかしその男が路地裏の僕達を見つける前に、シドの手が僕の肩に触れた。
バシィッ!
シドが魔法を使った気配がした後、猟銃を構えている男は愕然とした顔になり、路地裏を覗き込んだ男は拍子抜けした顔になった。
「何だ、普通の子どもじゃないか。おまえさん、夢でも見ていたんじゃないか?」
「そんな……。でも、さっきは確かに――」
「よく見てみろ。綺麗な青い眼じゃないか。おまえさんと同じ色だ。ほら、いつまでもそんな物騒な物を子どもに向けているんじゃない」
猟銃は渋々と下ろされて、僕は胸を撫で下ろした。何事かと集まった人々も散っていって、二人の男は僕達に謝罪して、去っていった。
「絶対にあの子どもは赤眼だったと思ったのに。それが突然、青い眼に変わったんだ」
「まだ言ってるのか。おまえさんの見間違いだよ」
遠ざかっていく会話を聞きながら、僕は傍らのシドを見上げた。
「ありがとう、シド」
「別に。面倒はごめんだ」
「……何だろうね、赤眼って」
「さぁな」
シドは肩を竦め、スタスタと歩き始めた。僕は先刻の出来事に困惑しながらも、久々の大地の感触に胸躍らせながら、彼の後を追った。




