トパーズの友達 1-3
「ほら。あれがフルーレの町だよ」
やがて、前方に町が見えてきた。道中、変な狼やヘドロ――狼はフレイムウルフ、ヘドロはブラックプリンと呼ばれているらしい――に何度か遭遇したが、ベルがサクサク片付けてくれたので、シドはほとんど傍観していた。
「魔城に近いから小さいけど、危険が大きい分、町の人達のほとんどが戦術を身に付けてる。旅の道具もほとんど揃うと思うよ」
「……魔城?」
シドは怪訝そうに眉を寄せた。
「そう。悪魔が棲む黒い山の古城は、あの町から北へ行ったところにあるんだ」
「……。話が読めないんだが。この辺りにはそういう信仰があるのか?」
「信仰? 旅人さん、あんた変な人だね。さっきも見ただろう? フレイムウルフにブラックプリン――奴らは悪魔から産まれた魔物じゃないか」
「…………」
「フルーレよりも魔城に近い位置にあったエルザの町は、随分前に魔物に滅ぼされた。……知らないのか?」
僕のような妖精がいるのだから、悪魔や魔物がいても不思議なことではない。だが、賢者の書庫を出た後に地形が突然変わったと思ったら、いきなり悪魔だの魔物だのが跋扈している世界になっているというのは、なかなか信じがたい話だ。
会話をするしないの意志とは関係無しに沈黙してしまったシドを見上げ、僕は言った。
「やっぱり、ドロボーした罰が当たったんだよ」
僕はポケットから抜け出して羽を震わせ、上空へ飛び上がった。空から見えた町は確かに小さく、また、町の向こうには大きな黒い山が見えた。山から不気味な気配を感じるのは、暗緑色の木々が山の裾野から頂上までびっしりと生い茂っているせいばかりではないだろう。
更に、町から黒い山へ向かう道程の途中には、廃墟のようなものがあった。あれがエルザの町だろうか。
すると僕の眼下で、ベルがシドに尋ねた。
「旅をする理由は色々だ。でも、貴方の知識はあまりに少ない。シドさんは一体、どうして旅をしているんだ?」
「……。おまえは?」
答える代わりに問いを返したシドに、ベルは言った。
「悪魔を倒す」
「悪魔を? ……そうか」
自分で聞いておきながら、シドは気のなさそうに頷いた。ベルは意外そうに笑った。
「そんな反応は初めてだ。大体みんな、笑うか止めるかのどちらかなのに」
「生きるも死ぬも、おまえの自由だろう」
興味無さそうに言ったシドに、ベルは微かに眉を顰める。
「生き死にだなんて。それがシドさんの旅の理由?」
「……さぁな」
シドは肩を竦めて、それきり口を閉ざした。
やがてフルーレの町に着くと、ベルはシドの肩をポンと叩き、彼にキャンデイを一包み渡した。
「仏頂面に効く秘薬だ」
悪戯っぽく笑ったベルに、僕は思わず吹き出した。シドの顔は、やはり誰が見ても仏頂面のようだ。
「それじゃぁ、シドさん。俺はもう行くね」
「あぁ。ここまでありがとう」
全く心のこもっていない棒読みで、シドは言った。それでも嫌な顔一つせず、ベルはシドに手を振って、去っていった。
「いい子だね。シドとは大違いだ」
「……。行くぞ」
それほど大きくもないその町には、武装した男達の姿が多数見られた。商店の並ぶ通りを行き交う女達の姿はあったが、子どもの姿は見当たらない。しかし、かと言って子どもが口減らしされているとか、そういった暗い雰囲気も特に見受けられなかった。
シドは道具屋に入ると、どこの流通かも分からない銅貨で地図を買った。特に文句も無く売ってもらえたのは、シドが旅人であることを気遣ってくれたのか、或いは、単にシドの顔が怖かったのか。
シドはそれから武器屋に行って、ブラックプリンに溶かされてしまったのと同じような、大振りのナイフを手に取った。店主はシドの体付きを見て、ナイフよりも攻撃力の高い剣の所持を勧めた。しかしシドはナイフを何度か振って、それを断った。
「この辺りの貨幣を持ち合わせていない。代わりに、これと交換ではどうだろう」
シドはそう言って、荷物から小さなを取り出した。中に詰まっているのは、コーヒー豆だ。
「何だい、それ」
「旅の道中で手に入れた飲み物だ。コーヒーといって、他の土地の貴族の間で流行している」
「へぇ、貴族様の。美味いのかい?」
「苦味が強くて独特の香りがするから、人それぞれだ。豆を挽くのも面倒かもしれない。気に入らなければ、銀の粒もある」
シドは瓶の蓋を開け、店主に香りを嗅がせた。すると、彼はそれを気に入ったらしく、銀の粒ではなくコーヒーと交換すると申し出てくれた。貴族の飲み物というのも、大層耳当たりがよかったのだろう。
「もし飲めなくても、香りだけで十分楽しめるよ。珍しい物をありがとう」
「喜んでもらえてよかった」
シドは恐らく心にも無いことを口にすると、店主にコーヒーの淹れ方を簡単に説明してから店を出た。
「せっかくなら、ご自慢の紅茶もおまけしてあげればいいのに」
シドの荷物の大半を占めている彼の大好物――紅茶葉のことを言うと、シドはあからさまに渋い顔をした。珍しい茶葉を見つければ、シドはそれに旅賃をつぎ込むことを惜しまない。一方、店主が嬉しそうに手にしているコーヒーは、確かコーヒーの実を好んで食べるナントカ猫の糞から採れたものだそうで、旅の途中で貰った物を、シドが持て余していただけだ。一応高級品なのは間違いないのだが、糞から採れるという時点で、シドには受け入れ難いらしい。
「ソラ、宿を見つけたら教えろ」
「え~。それが人にモノを頼む態度?」
「じゃぁ死ね」
「話繋がってないよ。『じゃぁ』っておかしいでしょ」
「うるさい。潰すぞ」
理不尽過ぎる言われようだが、もちろん気にしない。僕はポケットから飛び出して、彼の肩に腰掛けた。




