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SoraShido  作者: 真城 成斗
トパーズの友達
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トパーズの友達 1-2

「シド、あれ見て!」


 僕はヘドロの塊が通った後を指差し、声を上げた。そこに生えていたはずの植物は枯れ落ちて、赤茶けた土が剥き出しになっている。


「うるさい」


 警告を促そうとしただけなのに、冷たい声でピシャリと言われた。軽く傷付く。


「面倒だな。逃げるか」


 言うなり、シドは一目散に駆け出した。僕はポケットの中から這い出し、彼の服に掴まりながら、その肩をよじ登った。


「うわ、速っ!?」


 シドの肩越しに後ろを見ると、ヘドロの塊が物凄い速さでこちらに接近してきていた。


「シド、追い付かれる!」


「くそっ」


 シドは側方に身を投じ、振り落とされた僕は宙へと舞い上がる。シドは転がりながら腰のナイフを抜き、ヘドロの塊に向けて投擲した。――が。


 ジュォォッ!


 閃いたはずの銀の刃は、ヘドロに触れるなり腐食して崩れ、グリップ部分がドロドロに溶け落ちた。


「!」


 さすがに驚いたのか、シドは微かに目を見開いた。しかし次の瞬間ヘドロの動きがピタリと止まり、その体が風船のように膨れ上がった。


 グシャァッ!


 そして刹那に爆砕したそいつは、ドロドロした液体を辺りに撒き散らして動かなくなった。


「大丈夫!?」


 聞こえてきた若い声。そちらを振り向くと、弓を手にした少年がこちらへ駆けてきた。こげ茶色の短髪に、赤いレンズが入った色眼鏡を掛けている。背には矢筒があり、腰には剣も帯びていた。


「あぁ」


 シドは頷き、どんどん小さくなって消えていくヘドロの破片を見やった。ヘドロの残骸は、ものの数秒のうちに跡形もなく消え去った。


「さっきの奴に刃物は効かないよ。何でも溶かしてしまうから、燃やすのが一番だ」


 少年は言って、弓を背中へ収めた。


「俺はベル。あんた、旅人かい?」


 ベルと名乗った少年は、シドを見上げて尋ねた。馴れ馴れしい物言いだったが、それを不快に感じさせない溌剌さを持ち合わせていた。


「……あぁ」


 シドは素っ気ない仏頂面のまま、人を不快にさせるような薄い反応を示す。彼のこの態度はいつものことだが、ここはベルとの友好関係を大切にして、原状回復の手掛かりを求めるべきなのではないだろうか。


 しかしベルはシドの態度にちっとも気を悪くした様子も無く、続けた。


「武器はさっきの小さいナイフしか無いのか? この辺りをその装備で行くのは無理があるよ」


「そのようだな」


「これからどこへ? よければ送るよ」


 何て親切な少年なんだろう、シドとは大違いだ。


「方向を見失った。……ここはどこなんだ?」


「迷ったの? 地図は持ってる?」


 言われて、シドは地図を取り出した。広げて、賢者の書庫を指で示す。


「少し前にここを出たんだが……」


 ベルは地図を覗き込み、訝しげに眉を寄せた。


「この地図、いい加減なものを売りつけられたんじゃないか? 地形が全然違うよ」


 ベルはそう言って、自分の地図を取り出した。見れば確かに、描かれているものが異なっている。間違い探しにすらならないほどだ。


「…………」


 シドは自分の地図とベルの地図を見比べて、眉間を押さえた。さすがに困惑しているらしい。


「近くにフルーレっていう町がある。地図と武器を町で揃えたらいいよ。俺もそこへ行くところだから、案内するよ」


 ベルは慈愛と友愛の使者だろうか。本当にシドとは大違いだ。


「旅は道連れって言うだろ? 二人の方が、俺も楽しいからさ」


 ベルはニッコリ笑うが、それは旅の供とのコミュニケーションが可能な場合に限る。シドとのそれは、凄まじい根気と底無しの懐を必要とする、言わば精神的拷問だ。


「シド、ベルを怒らせて、置いて行かれないようにね」


 ポケットの中から忠告したが、シドは僕を全く無視して、歩き出したベルに続いた。


 ……僕の姿はベルには見えていないから、もしシドが僕に返事をしたら、奇妙な独り言になってしまうけれど。


「旅人さんの名前を聞いてもいい?」


 歩きながら、ベルが口を開いた。


「シドだ」


「シドさんか。どっちから来たの?」


 尋ねられ、シドはポケットからコンパスを取り出した。しかし針がクルクル回転していて、まるで役に立ちそうにない。シドは軽く舌打ちして、何か間違った返答をした。


「……左」


 思わずポケットの中で吹き出す僕。向かって左の方角、と言いたいのだろう。ベルはおかしそうに眉を上げた。


「左っ? シドさん、見かけによらず面白いね。俺はずっと東の森から来たんだ。シドさんとは丁度反対だね。……西はどんなところだった?」


「別に」


 ぶっきらぼうに答えるシド。それでも、ベルはニコニコしている。


「そう。それじゃぁこの先出逢う場所が、シドさんを楽しませてくれることを願うよ」


「……。よく動く口だな」


 黙れ、とか、うるさい、と言いたいのを、何とか堪えたのだろう。シドにしてはオブラートを用いた言い方だが――嫌味には変わりない。人を憤慨させるには十分だろう。


 だがベルは「そりゃぁ、まぁね」と肩を竦めて、苦笑を浮かべた。


「人と話せるうちに、存分話しておかないと」


 何だか意味深な物言いだった。僕はどんな意図があってベルがそう言ったのか知りたかったが、シドがそれ以上会話を繋がなかったから、ベルの言葉の意図は分からなかった。


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