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SoraShido  作者: 真城 成斗
アクアマリンの孤独
3/59

アクアマリンの孤独 1-2

「あの、旅人様はどちらからいらしたのですか?」


 歩きながら、テオドールがシドを見上げて尋ねた。シドは少し間を置いた後、口を開いた。


「その前に、俺に対してそんなに畏まる必要は無い」


「えっ?」


 テオドールは一瞬困ったように逡巡して、シドの顔色を窺った。


「俺はシドだ。旅人様はやめろ」


「すみませんでした、シド様」


「様を付けるな」


「ですが――」


 テオドールは遠慮がちに何かを言いかけたが、次の瞬間氷のようなシドの双眸に睨まれて、ビクッと身を竦ませた。


 子どもに向かって、何て眼をするんだよ!


 僕はシドのポケットの中に引っ込んで、彼の胸を思い切り蹴飛ばした。「痛っ」と小さく呻いたシドに「ざまあみろ」と心の中で言い渡す。


「どうしたんですか? えっと、シドさん」


「いや……何でも無い」


 シドは忌々しそうにポケットの中の僕を睨み、それから溜め息混じりに言った。


「俺はここから随分遠いところにある小さな島に住んでいたんだ。だが、その島は地殻変動で無くなってしまった。以来、ずっと旅をしている。最近はずっと人里を離れていたから、屋根のある寝床は久々だ」


「ちかくへんどう、ですか」


「あぁ。大地震が起こって、島が丸ごと海底に沈んだ」


 何百年も前にね。


 僕は淡々としたシドの説明に色を添えた。もちろんテオドールには聞こえていない。


「そうですか……それはお気の毒に」


「別に」


 シドのそっけない返事に、テオドールは傷付いたように目を見開き、それきり口を閉ざしてしまった。シドの奴、もう一度蹴ってやろうか。……実行する前に睨まれたのでやめた。


「――あっ、ここです。粗末なところで申し訳ないのですが」


 やがてテオドールは、周囲と比べて少しだけ大きな家屋の前で足を止めた。軒先には、「食事・宿泊」と書かれた看板が掲げられている。テオドールは扉を開くと、シドを中へ促した。


「何日かベッドが借りられるなら、何でも構わない」


 シドは言って、宿屋の中へと入って行く。しかしテオドールからの別れの挨拶は無く、彼も一緒に付いてきた。シドは「あぁ」と思い立ったように、ポケットから巾着を取り出した。


「ここまで助かった。この国の貨幣の持ち合わせは無いが、代わりにこれを」


 差し出した銅の粒に、テオドールは首を横に振った。


「いえ、それは後で頂くことにします。私の自宅でもあるんですよ、ここ」


「自宅?」


「えぇ。両親が経営していたのを、継いだんです」


「……一人で宿屋をやってるのか?」


「と言っても、お客様は滅多に無いんですけどね。シドさんは久方振りのお客様ですから、精一杯の御持て成しをさせて頂こうと思います。もし何か至らない点が御座いましたら、遠慮なく仰ってください」


 そう言って、彼は丁寧に頭を下げた。


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