アクアマリンの孤独 1-2
「あの、旅人様はどちらからいらしたのですか?」
歩きながら、テオドールがシドを見上げて尋ねた。シドは少し間を置いた後、口を開いた。
「その前に、俺に対してそんなに畏まる必要は無い」
「えっ?」
テオドールは一瞬困ったように逡巡して、シドの顔色を窺った。
「俺はシドだ。旅人様はやめろ」
「すみませんでした、シド様」
「様を付けるな」
「ですが――」
テオドールは遠慮がちに何かを言いかけたが、次の瞬間氷のようなシドの双眸に睨まれて、ビクッと身を竦ませた。
子どもに向かって、何て眼をするんだよ!
僕はシドのポケットの中に引っ込んで、彼の胸を思い切り蹴飛ばした。「痛っ」と小さく呻いたシドに「ざまあみろ」と心の中で言い渡す。
「どうしたんですか? えっと、シドさん」
「いや……何でも無い」
シドは忌々しそうにポケットの中の僕を睨み、それから溜め息混じりに言った。
「俺はここから随分遠いところにある小さな島に住んでいたんだ。だが、その島は地殻変動で無くなってしまった。以来、ずっと旅をしている。最近はずっと人里を離れていたから、屋根のある寝床は久々だ」
「ちかくへんどう、ですか」
「あぁ。大地震が起こって、島が丸ごと海底に沈んだ」
何百年も前にね。
僕は淡々としたシドの説明に色を添えた。もちろんテオドールには聞こえていない。
「そうですか……それはお気の毒に」
「別に」
シドのそっけない返事に、テオドールは傷付いたように目を見開き、それきり口を閉ざしてしまった。シドの奴、もう一度蹴ってやろうか。……実行する前に睨まれたのでやめた。
「――あっ、ここです。粗末なところで申し訳ないのですが」
やがてテオドールは、周囲と比べて少しだけ大きな家屋の前で足を止めた。軒先には、「食事・宿泊」と書かれた看板が掲げられている。テオドールは扉を開くと、シドを中へ促した。
「何日かベッドが借りられるなら、何でも構わない」
シドは言って、宿屋の中へと入って行く。しかしテオドールからの別れの挨拶は無く、彼も一緒に付いてきた。シドは「あぁ」と思い立ったように、ポケットから巾着を取り出した。
「ここまで助かった。この国の貨幣の持ち合わせは無いが、代わりにこれを」
差し出した銅の粒に、テオドールは首を横に振った。
「いえ、それは後で頂くことにします。私の自宅でもあるんですよ、ここ」
「自宅?」
「えぇ。両親が経営していたのを、継いだんです」
「……一人で宿屋をやってるのか?」
「と言っても、お客様は滅多に無いんですけどね。シドさんは久方振りのお客様ですから、精一杯の御持て成しをさせて頂こうと思います。もし何か至らない点が御座いましたら、遠慮なく仰ってください」
そう言って、彼は丁寧に頭を下げた。




