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SoraShido  作者: 真城 成斗
アメジストの雨恋
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アメジストの雨恋 3-1

 ――そして結局、何の収穫も無いまま日が暮れた。


「どこにいるんだろうね、妖精」


「さぁな」


 恐らく戦族が使っていたであろう空き家の一室で、僕はシーツの波の上を転がる。そんな僕を半ば無視して、シドはランプの灯りを頼りに、机に山と積まれた本を読み漁っていた。彼の読んでいる本の内容は、どれもこの村の伝承に関するものばかりだ。一体どこからこんなに集めてきたのだろう。


「何か新しい情報、あった?」


「別に」


 シドの返答はぶっきらぼうで短い。暇を持て余した僕は、シーツの海で泳ぐのをやめて、窓の方へ飛んで行った。ガラス越しに煌めく星々が見える。


「ねぇ、シド。僕、少し外に行ってきてもいい?」


「……勝手にしろ」


「それで、人間の姿にしてくれないかなぁ?」


「…………」


 無視されたが、僕は駄目元で続けてみる。


「もしかしたら、また例の暇人が話し掛けてくるかもしれないよ?」


「…………」


 また無視された。こんなに人のことを無視して、少しくらいは心が痛まないのだろうか。


「ちぇっ。じゃぁ、せめて窓開けて――うわぁっ!?」


 バシィッ!


 昼間の時と同様、突然全身に衝撃が走り、今度は思わず尻餅を付いてしまった。見れば僕の身体は、人間のそれと同様の大きさになっている。


「シド! いいの!?」


 思いも寄らなかったことに、僕は歓喜の声を上げた。だが、シドは僕の方を見ようともしない。シドは普段どんなに五月蠅くお願いしたって、彼にとって必要が無ければ僕を人間の姿にしてくれないのだ。今回は、一体どういう理由でシドが魔法を使ってくれたんだろう……。自分で頼んでおきながら、僕にはさっぱりわからなかった。


 ……ま、いっか。


 一日のうちに二回も人間の姿になれた僕は、浮かれ気分でシドに笑みを向けた。


「シド、ありがとう! 朗報を期待しててね!」


 窓から出ようと思っていたが、僕は人間らしく、ドアから外に出ることにした。見送りの言葉は一欠片も無かったが、もちろん気にしない。


 外に出ると、冷えた空気が頬を撫で、僕は満天の星空に包まれた。辺りは廃墟のように静まり返り、人の気配は無い。僕はどこに行くでも無く、歩き出した。


 しかししばらく行ったところで、静寂は見事に破られた。


「うるせぇっ!」


 辛辣な男の声と、肉を拳で殴ったような、鈍い音がした。


「消えろ、戦族め! 村を捨てた連中の仲間が大口叩くんじゃねぇ!」


「待ってくれ! 雨を呼ぶには、俺とシルフィだけじゃ駄目なん――」


 バンッ!


 非情な音を立てて、扉が閉められた。僕の前方、ピタリと閉ざされた扉の前には、左頬を押さえて地面から身を起こしているレイがいる。


「……くそっ」


 彼は吐き捨てて、松葉杖を支えにして立ち上がった。助けに行こうとしたら、僕の後ろで声がした。


「あはは、ざまぁみろ!」


「えっ?」


 驚いて振り返ると、そこには緑の髪と目をした、小さな妖精の姿があった。姿が見えるということは、彼は僕と違って、妖精族を追放されてはいないのだろう。


「妖精……」


 声に出して呟くと、彼はニヤッと笑った。


「やっぱり君、ただのニンゲンじゃないね。僕が見えてる。妖精の長の呪いも大したことないね」


「呪い? じゃ、君は妖精族を追放されたの?」


 だとしたら、どうして僕に見えるのだろう。シドほどの魔力の持ち主ならともかく、僕の魔力で、呪いの力を突破できるとは思えない。


 彼は僕の傍まで飛んでくると、僕を上から下までじろじろと観察した。……失礼な奴だなぁ。


「追放のことなんて、よく知ってるね。君、何者なの?」


「えっ? あ、いや、えっと……ま、前にね、妖精の友達がいたんだ。僕と会ったことで追放されることになるとか、色々話して――それで、知ってるだけ」


「へぇ! 妖精の友達がいたんだ? ふぅん……」


 僕が適当に誤魔化すと、彼は物珍しそうに僕を眺めながら、「まぁ、何でもいいけどね」と肩を竦めた。


「それよりさ、君にお願いしたいことがあるんだけど」


「僕に?」


「そう。この村にいる戦族、知ってるでしょ?」


「レイのこと?」


 すると彼はニッコリと笑って頷き、とんでもないことを口走った。


「そいつ、殺してよ」


「えっ!?」


「僕、あいつ嫌いなんだよね」


「何だよそれ……! 無茶苦茶だよ、そんなの」


 僕が言うと、彼は人を見下すような横柄な態度で、首を傾げた。


「僕ね、雨を降らすことができるんだ。……降らせたいんじゃないの? この地に、雨を」


「雨って……君の魔法?」


「魔法のことまで知ってるんだ。そうだよ。この荒れ果てた地に生き物が在るのは、全部僕のおかげなんだ。雨降らしが僕の魔法さ」


 胸を張った彼に、僕は首を横に振る。


「そんなの無いよ! 神様気取りのつもりなの? レイを殺したら雨を降らすなんて、君の我儘じゃないか。魔法を使ってこの土地に生き物を集めたのは君だろう」


 口調は、ついきつくなった。しかし彼は余裕綽々に僕を見返した。


「君こそ何様のつもりなの? ニンゲンは水が無いと死ぬんだろ? 君は僕に首を垂れるべきなんだよ」


「……。どうしてそんなにレイのことが嫌いなの?」


「あははっ、嫌いなものは、嫌いなんだ。とにかくあいつがいる限り、僕は雨を降らせないから」


 彼がそう言った時、後ろで小さな物音がした。驚いて振り返ると、人影が遠ざかって行くのが見えた。レイを殺したら雨を降らす――妖精の声こそ聞こえなくても、それは僕の言葉だ。聞こえていたに違いない。


「待って!」


 僕は慌てて、その背を追う。後ろからは、妖精の高笑いが響いた。


 僕は全力で人影を追いかけたが、足が速くてどうにも追い付けそうにない。僕は立ち止まり、前方に両手を翳した。


「待てったら!」


 情けないとは思いつつも、僕は遅延魔法を発動させた。魔法はたちまち前方の人影を捉えて、その動きは、歩くどころか這っていっても追い付けそうなほどゆっくりになった。


 そして追い付いてみると、驚いた顔で僕を振り返ったのはシルフィだった。彼女は唇を震わせて、いやいやをするように首を横に振る。僕は彼女の細い手首を捕えて、遅延魔法を解除した。僕から逃れようとするシルフィを、無理矢理引き寄せた。


「さっきの話、聞いてたんだよね?」


 シルフィは僕を見上げ、震えながら小さく頷いた。


「君がさっきの話、信じたかどうかはわからないけど……聞いていたのが君でよかった。誰にも言っちゃ駄目だよ。酒場にいた舞族の人達の中には、もしかしたらレイを殺そうとする人がいるかもしれない」


 シルフィは全身を使って、ガクガクと頷く。月に照らされた彼女の顔は、ひどく青ざめていた。


 僕が手首を掴む力を緩めると、彼女は僕の手を強く振り払い、一目散に駆け去って行った。


 聞いていたのがシルフィで、幸いだったと言うべきか。


 いや、それにしたって、どうも心がざわついている。


 きっとこれ、嫌な予感ってやつだろう。とにかく、早くシドのところへ戻らないと。


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