アメジストの雨恋 2-4
「この村の周辺からは、魔力を複数感じるんだ。幻石らしき強い魔力と、おまえと同じぐらいの魔力」
シドは言いながら、真っ青な空を見上げた。水気の無い大地に、乾いた風がビュウと吹いた。
「場所は特定できるの?」
「まぁ、大体はな」
「でも、幻石の魔力はともかくさぁ……。魔力を持ってる生き物なんて、シドみたいな変人か、妖精くらいしかいないよ」
言うと、無言で耳を引っ張られた。
「痛たたたたたっ! 嘘です! シドは変人じゃなくて変態……痛たたたたっ! 取れる! 耳取れちゃう!」
悲鳴を上げると、シドは鬱陶しそうな顔をして、僕の耳を離した。
「接触して魔力の正体を確かめるぞ」
「じゃ、妖精探しだね」
「妖精だとは言ってない。だが、まぁ……おまえに話しかけてきたくらいだ。相当暇な奴だろう」
「それどーゆー意味?」
「そのままの意味だ。さっさと水を飲め。行くぞ」
促されて、僕はカップの中の液体を乾いた喉に流し込んだ。正真正銘の水だった。
「このままの姿でいいの?」
「あぁ……そうだな。戻しておくか」
「ちぇー。しばらく人間の姿でいられると思ったのに」
その台詞を言い終わるか言い終わらないかのうちに、周りの景色がみるみる大きくなり、僕の身体に浮遊感が戻って来た。背中の羽を震わせて、シドの胸ポケットに潜り込む。
しかし歩き出そうとしたシドの足が、不意にピタリと止まった。
「どうしたの?」
ポケットの中から彼を見上げて、尋ねる。シドは応えず、黙って後ろを振り向いた。
「あ……」
そこには松葉杖をついて立っているレイの姿があった。レイは険しい顔をして、シドを見つめている。
「あんた、一体何者なんだ」
尋ねるというより、問い詰めるような口調だった。シドは眉一つ動かさなかった。
「ワインが水に変わったと思ったら、魔法だの、妖精だの、ワケのわからないことを――それに、さっきまであんたといた金髪の子が突然消えた。一体どういうことなんだ?」
どうやら、初めから全て見られていたようだ。シドは小さく溜め息をついて、肩を竦めた。
「……気にするな」
また無茶を言う。
「シド、一から十まで見られてたんだから、誤魔化しても無理だよ」
ポケットの中から僕が言うと、シドはもう一度溜め息をついてから、面倒臭そうに口を開いた。
「仮に俺が異形の者だとしたら……どうする?」
シドは揶揄するように言った。しかしレイは怯まない。
「あんたが探してるのは、これじゃないのか? 魔力だか何だか知らないが、不思議な力を持ってる可能性がある物なんて、この村にはこれだけだ」
言いながら、彼は服の中から、首に下げたペンダントを取り出した。その輝きに、僕は思わず目を見張る。
年月を帯びた金色の中に、紫色の宝玉が収まっている。金色の枠は金属を幾重にも編んで組み合わせたのか、非常に複雑な形をしていた。凹凸や突起のような装飾も多い。
「代々俺の家に受け継がれてきたアミュレットだ。もしこの地に雨を降らせてくれたら、これをあんたにやるよ」
「ただの宝石に興味は無い」
しかしそこから魔力を感じないのだろう。シドは冷たく言い放った。
「いいや、ただの宝石じゃない。これは剣の神のアミュレットで、片割れなんだ。もう一つ、盾の神のアミュレットと組み合わせて、初めて完成体になる」
シドは目を細め、しばらくの間レイのアミュレットをじっと見つめた。
「それが剣の神のアミュレットなら、どうしておまえがそれを持っているんだ?」
「――俺が戦族の長の息子だからだ」
「ほぅ? 長の息子がなぜここに? 戦族は村を出たと聞いたが」
シドはわざとらしく首を傾げ、意地悪く彼に尋ねた。
「そう。戦族は村を出た……この村に残っている戦族は俺一人だ」
レイはそう言って俯き、下唇を噛んだ。しかしその仕草にすら興味が無いといった調子で、シドは頷いた。
「そうか。何であれ、俺には雨を降らすことなどできない。諦めろ」
あっさり言うなり、シドは踵を返してその場を立ち去った。
レイは食い下がるかと思ったが、追って来る気配は無かった。
僕はポケットの中からシドに尋ねた。
「ねぇシド、あのアミュレット、本当に何でも無かったの?」
「いいや。さっき言った強い魔力は、あのアミュレットから放たれているものだ。……だがどんな手品を使おうと、雨を降らすのは無理だからな。あの男が死ぬまで、気長に待つさ」
「あぁ……ここ、水無いんだもんね」
「そういうことだ。あいつは多分、この地で死ぬ」
非情とも取れるシドの物言いに、しかし僕は、何も言わずに空を見上げた。
荒廃した大地と比べて、あの空の何と美しいことだろう。
「さて、改めて妖精探しと行こうか」
シドはそう言って、スタスタと歩き始めた。




