アメジストの雨恋 2-2
「な~に話してんだよ? ……おや、旅人さん?」
「あぁ。村の話が聞きたいって言うんで、話してやっていたんだ」
「へぇ」
こちらは、同じく随分と酒の回った若い男だった。僕を横目に見ながら、ワインをボトルで煽っている。
「どうも」
僕が小さく笑みを浮かべてみせると、若い男は大仰に両手を広げた。
「よーこそ、水の無い村へ。旅人さんも飲みなよ。水は無いけど、酒ならまだある」
そしてどこから取り出したのか、ボトルのワインを僕に押し付けた。
「旅人さん、あんた、戦族には気を付けろよ。あいつら、獲物が取れないのを俺達のせいにするような奴らだ。俺達の舞が下手くそだから雨が降らなくなったなんて、何様のつもりだってんだ。あいつら、盾の神をナメてるんだよ」
若い男は言って、またワインを煽った。
自分達の神様をナメてるのは、何もせずに飲んだくれているあんたじゃないのか。――思ったが、もちろん口には出さなかった。
まぁ、恐らくこういう言い争いで、戦族と舞族が決裂したことはわかった。
「ここにいるみなさんは……みんな、舞族なんですよね? シルフィ達と一緒に踊らないんですか? その――雨の奏を」
怒らせてしまうだろうかと思いつつ尋ねると、若い男は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「はっ。誰が戦族となんて舞うかってんだ」
「戦族と?」
眉を寄せると、バルドが答えた。
「シルフィと一緒に片足の男がいただろう? あいつは――レイは元々戦族なんだ。狩りでしくじって左足を失ってからは、あぁして笛を吹いてるけどな」
「えっ? じゃぁ、レイさんは……舞族に?」
「いや、まだだ。だが戦族に付いて行かなかったってことは――惚れてるんだろうよ、シルフィに」
だが、レイはどうやら、シルフィ以外の舞族達には歓迎されていないらしい。もしかしたら種族の血を捨てる行為自体が、好まれないのかもしれない。盾の神が種族の壁を越えた愛を受け入れることは無く、また、剣の神の恋は、彼がその血を捨てられなかったが故に叶わなかったのだから。
バルドの話が途切れたので、僕は灰の崩れかけていた煙草を、灰皿に押し付けた。
「お話をお聞かせ頂いて、ありがとうございました。あ、これもありがとう」
僕はワインを軽く振って見せて、何か突っ込まれる前に、二人の前に煙草を箱ごと置いた。
「お礼と言ってはなんですが、差し上げます。気に入って頂けたようですし」
何だこれ、西の煙草だとよ、とやり取りしている二人に別れの笑みを向け、僕は酒場を立ち去った。
出入り口の扉を開き、眩しい太陽と乾いた空気を吸い込む。
「ふぅ。……って」
酒場の前にポツンと独り。僕は辺りを見回した。だが、探せど探せどシドの姿が無い。どうやら置いて行かれたようだ。
「どうしろって言うんだよ、もぅっ」
魔法が解けないところを見ると、そこまで遠くには行っていないのだろう。
「ホントに勝手なんだからっ! シドの馬鹿っ」
吐き捨てて、僕は元来た道とは反対方向に歩き始めた。僕が酒場にいる間にシドがすることと言えば、昼寝か村の散策のどちらかだ。酒臭いところで僕が頑張っていたのだから、シドは後者であって欲しい。
……が、道すがら出会ったのは、シドではなくシルフィだった。
彼女は道端に座り込んでいて、ちっとも動く気配が無い。
「ねぇ、大丈夫? 具合でも悪いの?」
駆け寄って尋ねると、シルフィは驚いたような顔で僕を振り返り、小さく目を見開いた。僕は慌てて取り繕う。
「あ、ごめん。怪しい者じゃないんだ。僕はソラ。旅人だよ」
すると彼女は淡く微笑んで、地面に指を伸ばした。乾いた土の上に、「シルフィ」と、文字を綴る。そしてその下に、「初めまして」と。
「ぁ……っと。もしかして、喋れないの?」
尋ねると、シルフィは小さく頷く。それから「見て」と言わんばかりの表情で、体を半分、横にずらした。
今までシルフィの影になっていた壁際には、ほんのりと薄桃色に色付いた、小さな花が咲いていた。
こんな乾ききった大地の上に、この花はどうやって咲いているのだろう。僅かな驚きを抱きつつ、僕の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
「凄い。綺麗だね」
言うと、シルフィは笑って、ちょんちょんと指先で花びらを二、三回つついた。
舞っていた時に付けていた鈴の腕輪は、今の彼女の手首には付いていない。砂を含んだ黒髪と、透き通ったライトブラウンの眼。肌は土埃にまみれて、唇は乾き、痛々しくひび割れている。それなのに彼女の姿は愛らしく、そして美しかった。
「ねぇ、君――」
言いかけた時、後方から声が聞こえた。
「ねぇ、君、僕の声が聞こえる?」




