表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SoraShido  作者: 真城 成斗
アメジストの雨恋
19/59

アメジストの雨恋 2-2

「な~に話してんだよ? ……おや、旅人さん?」


「あぁ。村の話が聞きたいって言うんで、話してやっていたんだ」


「へぇ」


 こちらは、同じく随分と酒の回った若い男だった。僕を横目に見ながら、ワインをボトルで煽っている。


「どうも」


 僕が小さく笑みを浮かべてみせると、若い男は大仰に両手を広げた。


「よーこそ、水の無い村へ。旅人さんも飲みなよ。水は無いけど、酒ならまだある」


 そしてどこから取り出したのか、ボトルのワインを僕に押し付けた。


「旅人さん、あんた、戦族には気を付けろよ。あいつら、獲物が取れないのを俺達のせいにするような奴らだ。俺達の舞が下手くそだから雨が降らなくなったなんて、何様のつもりだってんだ。あいつら、盾の神をナメてるんだよ」


 若い男は言って、またワインを煽った。


 自分達の神様をナメてるのは、何もせずに飲んだくれているあんたじゃないのか。――思ったが、もちろん口には出さなかった。


 まぁ、恐らくこういう言い争いで、戦族と舞族が決裂したことはわかった。


「ここにいるみなさんは……みんな、舞族なんですよね? シルフィ達と一緒に踊らないんですか? その――雨の奏を」


 怒らせてしまうだろうかと思いつつ尋ねると、若い男は、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「はっ。誰が戦族となんて舞うかってんだ」


「戦族と?」


 眉を寄せると、バルドが答えた。


「シルフィと一緒に片足の男がいただろう? あいつは――レイは元々戦族なんだ。狩りでしくじって左足を失ってからは、あぁして笛を吹いてるけどな」


「えっ? じゃぁ、レイさんは……舞族に?」


「いや、まだだ。だが戦族に付いて行かなかったってことは――惚れてるんだろうよ、シルフィに」


 だが、レイはどうやら、シルフィ以外の舞族達には歓迎されていないらしい。もしかしたら種族の血を捨てる行為自体が、好まれないのかもしれない。盾の神が種族の壁を越えた愛を受け入れることは無く、また、剣の神の恋は、彼がその血を捨てられなかったが故に叶わなかったのだから。


 バルドの話が途切れたので、僕は灰の崩れかけていた煙草を、灰皿に押し付けた。


「お話をお聞かせ頂いて、ありがとうございました。あ、これもありがとう」


 僕はワインを軽く振って見せて、何か突っ込まれる前に、二人の前に煙草を箱ごと置いた。


「お礼と言ってはなんですが、差し上げます。気に入って頂けたようですし」


 何だこれ、西の煙草だとよ、とやり取りしている二人に別れの笑みを向け、僕は酒場を立ち去った。


 出入り口の扉を開き、眩しい太陽と乾いた空気を吸い込む。


「ふぅ。……って」


 酒場の前にポツンと独り。僕は辺りを見回した。だが、探せど探せどシドの姿が無い。どうやら置いて行かれたようだ。


「どうしろって言うんだよ、もぅっ」


 魔法が解けないところを見ると、そこまで遠くには行っていないのだろう。


「ホントに勝手なんだからっ! シドの馬鹿っ」


 吐き捨てて、僕は元来た道とは反対方向に歩き始めた。僕が酒場にいる間にシドがすることと言えば、昼寝か村の散策のどちらかだ。酒臭いところで僕が頑張っていたのだから、シドは後者であって欲しい。


 ……が、道すがら出会ったのは、シドではなくシルフィだった。


 彼女は道端に座り込んでいて、ちっとも動く気配が無い。


「ねぇ、大丈夫? 具合でも悪いの?」


 駆け寄って尋ねると、シルフィは驚いたような顔で僕を振り返り、小さく目を見開いた。僕は慌てて取り繕う。


「あ、ごめん。怪しい者じゃないんだ。僕はソラ。旅人だよ」


 すると彼女は淡く微笑んで、地面に指を伸ばした。乾いた土の上に、「シルフィ」と、文字を綴る。そしてその下に、「初めまして」と。


「ぁ……っと。もしかして、喋れないの?」


 尋ねると、シルフィは小さく頷く。それから「見て」と言わんばかりの表情で、体を半分、横にずらした。


 今までシルフィの影になっていた壁際には、ほんのりと薄桃色に色付いた、小さな花が咲いていた。


 こんな乾ききった大地の上に、この花はどうやって咲いているのだろう。僅かな驚きを抱きつつ、僕の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。


「凄い。綺麗だね」


 言うと、シルフィは笑って、ちょんちょんと指先で花びらを二、三回つついた。


 舞っていた時に付けていた鈴の腕輪は、今の彼女の手首には付いていない。砂を含んだ黒髪と、透き通ったライトブラウンの眼。肌は土埃にまみれて、唇は乾き、痛々しくひび割れている。それなのに彼女の姿は愛らしく、そして美しかった。


「ねぇ、君――」


 言いかけた時、後方から声が聞こえた。


「ねぇ、君、僕の声が聞こえる?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ