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SoraShido  作者: 真城 成斗
アメジストの雨恋
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アメジストの雨恋 1-2

「貴方は……?」


 青年に尋ねられ、シドは口を開いた。


「旅の者だ」


 すると青年は少し落胆したような表情を見せた後、名を名乗った。


「私はレイ。彼女はシルフィです。ようこそ、私達の村へ。――なんて言えたら良かったんですけどね。申し訳ありません、旅人さん。一刻も早く、旅人さんにはこの村を発って頂かなくてはなりません」


「なぜ?」


「ご覧の通り、この村には水が無いのです。村の傍にあった泉は枯れて、旅人さんにお譲りすることのできる水は一滴たりとも無いのです。ですから、どうかお手持ちの水が尽きてしまう前に、この村をお発ちください」


 レイと名乗った青年は、申し訳無さそうに、けれどきっぱりとそう言った。


「近くに他の村や町はあるのか?」


「いいえ。……あるとしても、そこにも水があるかどうか」


 結局、この辺り一帯は干魃地帯で水不足ということらしい。


 言葉を濁した青年に、シドは言った。


「俺の手持ちの水は、とっくの昔に尽きている。この荒野を超えるのは無理だ。……お互い奇跡を祈るばかりだな」


「そうでしたか……。もしよければ、酒場に行ってみたら良いかもしれません。ワインなどのアルコールの類でしたら、まだ蓄えがありますから」


 しかしそう言ったレイの服の裾を、シルフィが不安気な表情で引っ張った。彼女を振り向いて、レイが少し顔を歪めた。シドに向き直り、レイはぼそりと付け加えた。


「でも、あまり期待はしないでくださいね――」


 それきりレイは言葉を濁し、俯いて唇を噛んだ。しかしすぐに顔を上げると、淡く微笑んだ。


「でも、大丈夫。きっと天が私達を助けてくださいます」


「…………」


「では、私達はこれで失礼します」


 そう言って、青年と少女は去っていった。


「天が助けてくださいます、か。……反吐が出る」


 小さくなっていく彼らの背に、シドが吐き捨てるように呟いた。その顔があまりに闇を帯びていて、僕は思わず、仕様もないことを口走った。


「ぇ、シド、屁が出るの!? 臭いのはやめてよ!?」


「…………」


 シドは小馬鹿にしたような顔でポケットの中の僕を見下ろすと、無言のまま前方に視線を戻した。敢えてのボケをスルーしないで欲しい。


「ねぇ、水が尽きたって本当?」


「まぁな」


 シドの足が動き出し、レイとシルフィが去って行った方向へと向かう。「どこに行くの?」と尋ねてみると。


「見てわかれ」


 説明が面倒なのはよくわかったが、そんな無茶を言う。僕は溜め息をついた。


「シド、コミュニケーションって知ってる?」


「うるさい」


 一刀両断にされた。僕はすっかりいじけて、ポケットの中に引っ込んだ。


 恐らくシドは、村の反対側の散策に向かうのだろう。僕はしばらくの間ポケットの中で黙って揺られていたが、すぐに飽きた。ポケットの縁を掴んで顔を出し、辺りを見回す。


「なんか、さっきと変わんないね」


 乾き切った大地と、透き通る青空。枯れた植物に、人気の無い路。


 しかし、間もなく人のざわめきが聞こえてきた。通りに誰もいないところを見ると、屋内なのだろう。そのまま歩いて行くと、酒場の看板があった。中は随分賑やかだ。


「ソラ」


 シドは不意に足を止め、僕を呼んだ。


「何?」


 素直にポケットの中から彼を見上げると、突如シドの手の平が、僕の頭を摘まんで外へ放り出した。


「へっ?」


 バシィッ!


 突如体に心地好い衝撃が走り、僕の体は、一瞬のうちに人間と同等の体格に変化した――はいいが、空中に放り出されていた僕は、そのまま地面に尻もちをついた。


「いったーい!」


 お尻の痛みに顔を顰めながら、僕はシドを見上げた。


「放り投げて魔法をかけるなんてあんまりだよ」


 シドが僕に変化魔法をかけるのは、僕を扱き使いたい時くらいだ。何事かと困惑する僕の手に、彼は煙草の入った缶と、マッチ箱を乗せた。


「おまえ、中に入って話を聞いてこい。あと、ワイン一本取って来い」


「……はい?」


「酔っ払いの相手はしたくないし、煙草の臭いも嫌いだ」


「えっ、何だよそれ! 僕だって嫌だよ!」


「いいから行け。妖精に戻して握り潰すぞ」


 脅迫にも等しいシドの物言いに、けれど僕が敵うはずもない。べっ、と舌を出して一応の反抗をしてから、僕は酒場の扉を開いた。


「くっさ……」


 中からムワッと押し寄せてきたアルコール臭に、僕は思わず顔を歪めた。酒場の雰囲気は嫌いじゃないが、ここは何だか空気が籠り切っているようで、気持ちが悪い。


「全く、自分勝手なんだから」


 どうして僕は、あんなひどい男と一緒に旅をしているのだろう。時々本気で悩んでしまうが、その理由も不可抗力だから仕方がない。


 僕は溜め息をついて、辺りに視線を巡らせた。


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