アメジストの雨恋 1-1
――僕達は今、果てしなく広がった、対照的な青と赤の中にいる。
天には美しく澄み渡る空。足元には水分を失って干からびた大地。
かつてそこに水が存在していた気配すら見当たらないが、村は確かにそこにあった。
こんなところに果たして人が住めるものだろうかと、僕は一人首を傾げる。
村の外れの畑では、すっかり枯れきった葡萄の木が、今にも崩れ落ちそうな様子で風に揺れていた。赤茶けた土は水分も養分も失って、ひび割れている。
村の中央部へ歩を進め、周囲の景色が畑から民家に変わっても、辺りに人の気配は無かった。乾いた風が吹き荒び、埃っぽい空気が肺に入り込んでくる。砂埃が喉に引っ掛かるのか、シドは時々、乾いた咳を繰り返していた。
「参ったな」
人っ子一人いない道を歩きながら、シドは小さく呟いた。
「誰もいないらしい」
聞くなり、僕は口を開いた。
「じゃぁ、喋ってもいい!?」
「黙ってろ。――ちょっと上から見てきてくれ」
暴言を吐かれたが、優しい僕は彼の右肩を軽く蹴り、宙へと舞い上がった。
背中の羽を震わせて、民家よりも高い位置へと移動する。辺りを見渡すと、地平線まで赤く乾いた大地が広がっていた。
シドのところに戻ってそう伝えると、彼は溜め息をついて空を仰いだ。
「気長に探すしかないな。……とりあえず、この村に関する書物でも探そう」
「その前に何か飲みたいよ。もう喉がカラカラ」
しかし僕の要望は見事に無視され、シドはスタスタと歩き始めた。
「あ、ちょっとシド!」
僕は慌ててシドの後を追いかけたが、不意にシドが立ち止まったせいで、彼の背中に顔面から激突した。
「あだっ!?」
「うるさい。静かにしろ」
いけしゃぁしゃぁとシドは言う。誰のせいだと思っているのだろう。
僕がムスッとしながら口を閉ざしていると、どこからか滑らかな笛の音が聞こえてきた。軽やかな鈴が、その音色に合わせて跳ね踊っている。
どうやら人がいるようだ。
「行くぞ」
言うなり、シドは大きな手でむんずと僕を掴んだ。彼が掴んでいるのは、僕の羽と右足だ。
「どーしていつもそうなんだよ! もっと優しく扱って!」
抗議してみたが、彼は特に興味を示すこともなく、僕を上着の胸ポケットに突っ込みながら歩き始めた。
僕はポケットの中でゴソゴソと体勢を立て直し、外に顔を出した。軽やかなリズムは、前方の広場から聞こえてきているようだ。
「わぁ……」
そこには、たくさんの鈴が付いた腕輪を鳴らして舞い踊る少女と、笛を吹く青年の姿があった。地べたに座っている青年には、左足が無かった。
少女の舞う姿は流れる清水の如く美しく、鋭い笛の音は乾いた空気を切り裂いて、天にも届いてしまいそうなほどに見事だった。
シドは少し離れたところで、じっとそれを眺めていた。
やがて笛と鈴の音が止むと、なぜか突然、二人が縋るように空を仰いだ。僕も倣って空を見上げてみたが、澄み渡る青が広がっているばかりである。
「シド、あれって何やってるの?」
尋ねたが、シドは黙って二人を見つめているばかりだ。
しばらくして空から視線を落とした少女は、地面に置いてあった、木材を組み合わせて作った松葉杖を青年に差し出した。青年はそれを受け取り、支えにして立ち上がった。
ちょうどその時、二人はシドの視線に気付いたようだった。二人は訝しげにシドを見つめていたが、シドが特に動こうとしないのを見て取ると、青年を先頭にして僕達の方へ近付いてきた。




