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SoraShido  作者: 真城 成斗
アクアマリンの孤独
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アクアマリンの孤独 4-2

「どうしたの? 柄にもないことして」


 てっきり巫女に向けて歌ったものかと思った僕は、揶揄するように笑った。しかしその報復は、掌の中の僕をぎゅぅぅっと握るという、何とも惨いものだった。


「別に。幻石の魔力が、歌に反応するんじゃないかと思っただけだ」


 シドはドスの利いた声音で言う。僕は思わず吹き出してしまった。


「清らかな巫女の歌声じゃないと反応しないんじゃない? そうだとしたら、清純さの欠片もないシドの歌に反応するわけないよ」


 するとシドは一瞬沈黙した後、更に力強く僕を握った。


「痛い痛い痛い! 死んじゃう! 中身出ちゃう!」


 からかう僕も僕なのだが、シドの反応が面白いんだから仕方ない。とは言えようやく手の中から解放してもらった後、僕は本気でむせた。


「げほっ……冗談だってば。意外に上手でびっくりしたよ」


「潰すぞ」


 シドに睨まれて、僕は彼の側から逃げながら、べぇっと舌を出す。


 腹部の傷が完全に塞がったのか、シドの眉間の皺はいくらか和らいでいた。傷口に当てていた右手を岩の上に投げ出し、長い息を吐く。


「キュテリア自身から、魔力や呪いの類は感じられなかった。紫外線に当たると皮膚に火傷が起こり、高率で皮膚の悪性腫瘍を生じる病がある。キュテリアがそれだという断定はできないが、可能性は高い。医療の発達した国では治療が行われているし、発症者も不便ながら社会生活を送っている」


「じゃ、ただの病気……。それがこの国では呪いになっちゃったの?」


 シドは答えず、ゆっくりと身を起こし、濡れた髪をかきあげた。


 人の創る神は、時に不条理に人を殺す。人の創ったものだから、不完全な神にしかならないのだろう。


「ねぇ、シド。僕にも幻石見せてよ」


 てっきり断られると思ったが、シドは懐から青い宝石を取り出すと、それを僕に差し出してくれた。陽光を吸い込んできらきらと輝く幻石は、青い水面のように綺麗だ。


「これ、何て名前なの?」


「アクアマリンだ」


「アクアマリン……」


 僕は口の中で、シドの言った言葉を繰り返した。そして彼に疑問を投げかけてみた。


「ねぇ、幻石って、一つだけでも不思議な力が使えるようになるのかな?」


「……さぁな。キュテリアには使えたようだが、俺にはまるで無反応だ」


 シドは言って、幻石を懐に戻した。


「まぁ、これだけ強い魔力を持っているんだ。何が起きても不思議は無い」


「そっか……」


 もしかしたら新たに別の力を使えるかもしれないのに、シドは既に全く興味の無さそうな顔をしていた。まぁ、巫女のように歌ってみても、まるで反応しないのだ。とにかく十二個集めないことには、どうしようもないのかもしれない。


「で、次はどこ行くの?」


 尋ねると、シドは小さく鼻を鳴らして、バサッと濡れた上着を脱いだ。それを岩の上に張り付けると、今度は靴を無造作に脱ぎ捨てて上着に乗せ、ゴロリと横になる。どうやら服が乾くまで昼寝をする気らしい。この調子だと、出発は多分明日になるだろう。となると――


「シド、今日のご飯は?」


「その辺の草でも食ってろ」


 シドは冷たく言い放ち、寝返りを打って僕に背を向けた。また握り締められても適わないので、僕は大人しく、彼の出発を待つことにする。


 見上げた空は青く晴れ渡り、海は津波の余韻を残して荒々しく波打っていたが、波音はもう、泣き声には聞こえなかった。


「それにしても、シドが救世主じゃないって言い張るのは勝手だけどさ、シドじゃないなら、一体誰が救世主なの?」


 尋ねてみたが、答えは無い。仕方が無いので、僕は自分で考えてみることにした。


『祈り子の魂が水底に沈む時、哀しみの咎を知る白銀の龍が姿を現し、救世主となる』


 哀しみの咎を知る白銀の救世主――有り得るとしたら、それは海より齎された災厄。


 迷路を抜け、扉をぶち破り、真っ白な水飛沫と轟音を纏って襲いかかってきたあの津波は、荒れ狂う龍の如く大口を開けて、全てを――いや、一人の少女を呑み込んだ。


 彼女が果たして、死を望んでいたのかはわからない。ただ、あれは彼女が新たに生まれ変わる為に神が与えた救済なのだと言われると、何だか悲しい。そんな救済より、シドがテオドールに言った嘘の方が、よっぽどマシな救済だ。


 僕は、津波はただの不幸な事故で、救世主はシドだった、と思うことにした。だってシドがいなかったら、もっとたくさんの人が死んでいたに違いないのだ。それに伝承には、救世主が祈り子を救うという内容は無かった。


「でも、こんな悪人面した救世主なんて嫌だなぁ……」


「何か言ったか?」


 寝ているのかと思ったら、棘のある声が返ってきた。「何でもな~い」とすっとぼけて、僕は空を仰ぐ。ふと、エレニの言葉を思い出した。


 女神セイレーンは、陽の光の煌めきを目にすると、水底より現れて歌を奏でる、だっけ。


 ……キュテリアには、見えているだろうか。


 潮風の中、太陽は白く輝いていてとても綺麗だった。


【アクアマリンの孤独】はこれにて完結です。お読み頂きありがとうございました。

よろしければ感想やご意見等頂けると幸いです。

次章は【アメジストの雨恋】を連載予定です。

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