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SoraShido  作者: 真城 成斗
僕とシドのこと
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僕とシドのこと

 僕の友人は、悪人面の美男子だ。すっかり色素の抜けてしまった白髪に、獰猛な蒼い双眸。一日の八割以上を仏頂面で過ごし、残りの二割を寝顔で過ごす。背が高くて、足がすらりと長い。


 彼は世界を旅する魔法使いで、外見年齢二十五才、実年齢不詳の青年。名前はシド。好きな物は紅茶。嫌いな物は人参。


 彼との出会いは、とある夏の日だった。


 僕は退屈に殺されそうなほど退屈で、かと言って本当に殺されるわけもなく、照り付ける太陽の眩しさに目を細めながら、ふらふらと草原を彷徨っていた。行くあてもなく、目的もなく、自分のいる場所も全くわからないまま。


「もー嫌。暇すぎ」


 ぼやいて、溜め息をつく。誰にも聞かれることのないまま、僕は自身の退屈を再確認。何度耳を澄ませても風の唄はなく、何度大きく息を吸い込んでも草の匂いはない。


 大地に根付く青々とした草花は穏やかに揺れて、時折、白い綿毛がふわりと空へ舞う。豊かに水を含んだ黒い土の上には、列を成す蟻の行列もあった。


 世界に無視をされるというのは、本当に最悪の気分だ。


 小高い丘を登ると、大きな木の下で若い男が昼寝をしているのが見えた。冴え冴えとした美貌だが何となく険があり、人を寄せ付けない孤高の雰囲気を孕んでいる。穏やかそうには全く見えず、寝顔ですら悪人面。あまり類を見ないような銀の髪……と言うには輝きの足りない白髪。艶も無くて、どちらかと言えば老人のそれに近いような髪だった。旅人なのか、小奇麗とは言えない格好で、大きなナイフを腰に携えていた。


 盗賊だろうか。


 そう思って、僕は少しだけ恐怖すると同時に、彼に興味が沸いた。何となく直感で、彼はあまり笑わないのだろうと思った。


 いや、まぁ寝顔しか見ていないからわからないけれど。


 きっと冷徹な表情で強奪し、踏み躙り、時に殺戮するのだろう。そして獲物を手に入れても、彼はつまらなそうに鼻で笑う。


 勝手にそんな想像をして、僕は彼に近付いてみた。当然ながら、目覚める気配はない。


 どんな人生だったら、こんな雰囲気を出せるんだろう。近寄りがたい威圧感と、何もかもが不快で堪らないといったような表情。重ねて言うが、寝顔である。


 無防備に覗き込んだ刹那、視界の隅で彼の手が勢い良く振り上がった。


 バチンッ!


 その音は間違いなく、僕を捕らえた。


「びゃっ!?」


 思わず口から声が飛び出したが、驚愕のあまり次の言葉は出なかった。身動きが取れず、僕は全身を締め付ける窮屈な感触にパニックに陥った。身体中がざわざわする。肌が痺れるように震える。骨の髄を、直接雷に打たれたような感覚だった。


「……何だおまえは」


 開かれた双眸が、間違いなく僕を睨んでいた。ひどく獰猛な、蒼の瞳。


 僕を捕らえているのは、彼の大きな手のひら。きつく握り締めた力強さから伝わってくるのは、不快の一言。ただそれでも、僕は突然与えられたその刺激に打ち震えることしかできなかった。


 僕が彼の瞳から目を離せないまま固まっていると、彼は秀麗な眉をぎゅっと寄せて舌を打った。


「何なんだ、その間抜け面」


 指摘され、僕はパクパクと金魚のように口を動かした。そうしてやっとのことで、僕は声を出す方法を思い出した。


「僕が見えるの……?」


 握り締められた身体が痛い。多分、背中の羽は変な方向に折れ曲がっている。それすら今は心地良い。


「無粋に人の顔を覗き込んで、一体何の用なんだ」


 用事は、特にない。ただ暇だったから、ちょっと興味の沸いた相手に近付いてみただけ。


 ――いやいや、そんなことを言ったら殺されそうだ。


「あ、の……」


 言葉を探す。何も出てこない。彼はしばらく僕を睨んだまま黙っていたが、やがて鼻から大きく息を吐いて手のひらの力を緩めると、僕を解放して立ち上がった。無言で踵を返し、彼は丘を降りていく。


「ちょっ……」


 呆然とその背を見送りかけて、僕はハッと我に返った。


「待って! ねぇ、僕が見えるんだよね!?」


 有り得ないことだった。僕には、存在を奪う呪いがかけられている。


 金色の髪に紅の眼、背中には蜻蛉の羽。愛嬌のある笑顔がチャームポイントの僕は、彼の手のひらにすっぽり収まってしまうような大きさの、妖精族だ。不老長寿で十八歳になると体の老いが止まり、年月を経て肉体に蓄積されていく魔力によって、個体の特性に応じた魔法を一つだけ使える。


 本来妖精は誰にでも見える存在なのだが、僕達の長は特に人との関わりを絶対に禁じている。それは決して侵してはならない妖精族の掟で、破れば死よりも重い代償を払うことになる。僕は二百年ほど前に、身を以てそれを実感した。

僕が使える魔法は事象の速度を遅らせる程度の遅延魔法なのだが、妖精族の長が使うのは、存在の魔法だ。罪人の呪いと呼ばれるその魔法は、ある日僕の存在を生きながらにして消し去った。


 雨は僕の身を濡らさず、風は僕の肌を撫でない。動物達は僕に気付かないし、野に咲く花を揺らすことすら適わない。世界のありとあらゆる生き物に歌っても、誰も応じてはくれない。呼吸すら、本来の機序に従って行われているのかどうか怪しい。


 だから人間が僕の姿を捉えるなんて――もう二度と無いはずなのだ。


 呪いが解けたのかと思って辺りを見回したが、相変わらず風は僕の頬を撫でることはしないまま、足元の草を揺らしている。


「待ってよ!」


 必死で彼を追いかけて、この後相手にしてもらえるまで、三日かかった。ひたすら無視を貫く彼の耳元でわぁわぁ騒ぎ、時折鬱陶しそうに舌打ちされては、彼に声が届いていることを認識して喜んだ。


 やがて根負けしたのか、彼は自身のことをシドと名乗った。それから更にしばらくして、彼は自分のことを、僕と同じ罪人だと言った。詳しいことは話そうとしないけれど、彼は魔法によって老いと死を奪われてしまったそうだ。人の身にも関わらず、彼は二十代半ばの姿のまま、少なくとも五百年は生き続けている。

シドは長い時を経て、今や妖精族の長にすら手が届きそうなほどの魔力を持ってしまったらしい。しかしそれほどの力を手にしながら、数多の人間が求めてやまない不老不死を、彼は呪いと呼んでいる。


 魔力を持てば人間でも魔法を使えるらしく、シドは物の形や性質を変えてしまう変化魔法を扱うことができる。不老不死でも疲労はあるらしく、魔法を使えるのは一日五回まで。


「妖精族が人との関わりを断つ理由など、俺でも思い当たるがな。それを破るなんて、おまえ、よほど阿呆なんだろう」


 僕に付き纏われる日々に慣れてきた頃、シドはそんなことを言った。


 妖精の個体によって魔法の種類は異なるが、多くの場合、妖精の魔法は人間にとっては貴重な資材になり得る。実際千年くらい前に、家族を人質に取られた妖精族が戦争の道具として使われた時代もあったそうだ。だからこその掟だと、僕も重々承知している。


「阿呆で結構。寂しかったけど、後悔はしてないもん」


 僕が言い返すと、シドは少し驚いたように片眉を上げ、鼻で笑った。くだらないと吐き捨てられたのではなく、なぜか少し自嘲気味の笑いだった。


 僕は相当鬱陶しがられていたが、その時シドが不意に、自分の旅の目的を教えてくれた。


 シドが旅の行方に求めるのは、幻石という、魔力を秘めた不思議な十二個の宝石だそうだ。それ一つでも大きな奇跡を齎し、集めれば、何でも願いの叶う万能魔法が発動するらしい。


 願いを叶えてくれる奇跡の石だなんて、まるで夢のような話だ。しかしシドは、その強烈な魔力の存在を確かに感じていると言う。恐らく幻石の力を以てすれば、不老不死やその逆はもちろん、妖精が人間になることすら可能だろう。……魔法も不老長寿もいらないから、僕は妖精族の掟や呪いから逃れ、人間になりたい。


 僕は彼と一緒に、十二個の幻石を探してみることにした。彼の集めた幻石を奪い取るつもりで。


 結局、シドはなんだかんだで僕を本気で追い払おうとはしなかった。僕よりも当然シドの方が優れた力を持っているというのもあるかもしれないが、本当の理由は、もっと単純。


 死ねないシドと、誰にも見えない僕。孤独の静けさを、お互い知っているからだ。



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