忍VS妖怪
遊人現代忍者、王国ニ舞ウより一年程前の話です。
春休みの駅周辺、時刻は夕方俺は先輩の協力の元とある事件を追っていた。
「遠藤先輩は自分で思ってる程非情な人じゃ無いと思いますよ?」
「・・・・・」
路地裏に集まってたヤンキーの掃除を先輩と二人で手早く済ませてから聞いてみた。
「先輩も事件を解決したいと思ったから呼びかけに応えてくれたんでしょ?」
「俺は金が入るから参加しただけだ」
お金が欲しければ先輩の腕ならいくらでも方法はあると思うのだが、律儀に手伝ってくれるあたり根は優しいのだろう、素直じゃないな。
最近、駅周辺で行方不明者や気絶した人間が発見されたりと物騒な事件が起きている。去年から集めている自警団員も未だ数は少なく手が回らないのが現状だ。
「遠藤先輩が参加してくれればもっと楽になるんだけど」
「断る」
取り付く島も無し、呼びかければ協力してくれる分まだマシか。
「何かこの辺でビビッと妖気を感じるんだよねー」
「だが先程からハズレばかりだな」
「次こそは当たるからっと」
またしても怪しげな路地裏に入り込むとそこには不良達がゴロゴロと倒れていた。
「ありゃ?当たり引いちゃったか?」
「脈はあり、噂通り気絶しているだけ・・・・・そこ!」
突然遠藤先輩が一方手裏剣を闇の中に投げつける。もうちょっと様子見したかったがせっかちな人だ。
闇の中から現れたのは褐色肌・茶髪・ピアス・キラキラネイル・ヒョウ柄服・短いジーンズといった典型的なギャルだった。
「やあ、お姉さんコンバンワ。男漁りの真っ最中だったかい?」
「あら、あなた達も相手して欲しいのかしら?高いわよ?」
ケータイ弄りながら胸と尻を大きく揺らすギャル、尻ポケットから出ている数本のストラップがフリフリと揺れる。
「いや~これヤったのお姉さん?最近この辺で起きてる怪事件について聞きたい・・・・・っと、先輩!?」
遠藤先輩は無言のままギャルに向かって再度手裏剣を複数投擲、しかしギャルはその全てをケータイで受け止めてしまった。
「なるほど・・・龍神の子に乱破の類かえ?妾の存在に気付くとは面白い男子よのう」
「・・・・・」
急に豹変して言葉遣いも変わったギャルに対し尚も攻撃を繰り出す遠藤先輩は接近戦に移行するが全てを軽くあしらわれてしまう。
「ふむ、若いのに随分研鑚を積んでおるのう、じゃが動きが機械的に過ぎる」
突き出された拳を引っ張った謎のギャルは体勢を崩された遠藤先輩の腹部に強烈な膝を打ち込んだ。
「マジかよ、遠藤先輩が一発KO?やば」
「そうかえ?お主の方がよっぽど強いと見るがのう、タツノオトシゴ殿?」
ギャルはケータイをグリグリ弄ると一言言い放った。
『急急如律令』
その瞬間俺は見えない何かに吹っ飛ばされギャルと遠藤先輩が闇の中に掻き消えてしまった。
「あわわわ、まさか遠藤先輩が連れ去られるなんて」
相手があんなオカルトじみた奴だとは思わなかった。早急に気配を探って探し出さねば。
~街から離れた小屋~
「ふふふ、気づいたかえ?無口な男子じゃのう、しゃべりすぎるのも好かんがあまり言葉が少ないと女子に愛想を尽かされるぞ」
「・・・・・」
遠藤は必死にもがくが見えない何かで縛られていて身動きが取れないそんな遠藤に女が妖しく跨っていた。
「気持ち良かろう?妾の中は、妾は陰陽道・神道・占星術・ヨーガ最近では西洋魔術にも精通しておるが中でも一番得意なのがこの房中術よ」
「う・・・あぅ」
女が身体を揺らし震わすと遠藤の中に得体の知れない力が流れ込んできた。
「しかし、直接交わるのは三百年ぶり位かのう?お主名を何と申す?」
「・・・・・」
「乱破はいつの時代も強情じゃのう、じゃが機械の様に冷徹に振舞おうともお主は生身の人間なのじゃ、妾の腕の中で言の葉を漏らすが好い」
「遠藤・・・・・段蔵・・・・」
「ほう?惜しいのう、飛び加藤の一字違いじゃ、肖って付けられたか?好い好い、存分に語るが好い」
一・二・三・四 五・六・七・八 九・十
「・・・・・、・・・・・。・・・・・・!?」
「若い男の生気は堪らんのう、もっと感じてもっと語っておくれ、もっと妾を揺らし震わせるのじゃ」
布留部 由良由良止 布留部
床が輝きを放ち力が満ちる。古くは力在る品々にひふみ神言を唱えながら揺らし震わすと奇跡をも操る事が出来たという、今行われている儀式はある種の神話の再現であった。
~久郷家呪物ノ蔵~
「というわけで探すの手伝ってくれませんか?」
「私は占い師でも探偵でもない、帰って」
連れ去られた遠藤先輩を探す為藁をも縋る思いでオカルトに詳しいとされる女性を訪ねてみたがこの有様である。
「そこを何とか、お礼は出しますから」
「・・・・・そこ、座ったら死ぬ呪いの椅子よ」
思いっきり座ってしまった俺は慌てて飛び退く、この蔵の主である久郷美香さんは呪いの椅子を撫でながら椅子と俺を見比べている。
「呪いが霧散した?・・・黒山竜也と言ったわね、成功の保証は無いけども試してみましょう」
「助かります」
~街から離れた龍脈の上に建つ小屋~
「本当にあのタツノオトシゴ殿に変装できるとは驚いたのう、それでは妾の指示通りやってもらうぞ」
遠藤は輝く龍脈の中に手を伸ばしながら歌うようにひふみ神言を唱える。
「ひふみよ いむなや ここのたり ふるべ ゆらゆらと ふるべ」
遠藤が龍脈の中から掴み取った物は光り輝く古の剣であった。
「何と、本当にアクセスしてしまうとは驚いた。姿形だけで無くその魂をも模倣してしまうとは、お主は自分が猿真似しか出来ないと嘆いておったがトンデモない、ここまで来れば本物以上じゃぞ?本当に妾は好い拾い物をしたのう」
その時小屋のドアが勢い良く開いた。
「ビンゴ!!正解だぜ、久郷さんに感謝」
「タツノオトシゴ殿か?思ったより早いがまあ、良い」
黒山は対峙するもう一人の自分をみて驚いた。もう一人の黒山竜也は手にした剣を女に渡すと彼女を守る様に黒山に立ちはだかった。
「その姿遠藤先輩か?何故そんな姿をしている!?」
「段蔵は模倣が得意と言うたからのう、お主が所有する龍脈から何らかの力が取り出せるのではないかと試してみたのじゃ、結果は予想以上じゃったぞ、何せお主の魂までも模倣してみせたのじゃからのう」
「龍脈だとかはよくわからんが何で先輩がお前を守っている?」
「何、段蔵と少々話をしただけじゃ。ちょっと女の味を教えてやれば妾の腹の奥に自身が押さえ込んでいた言の葉を撒き散らしてくれてのう、中々可愛い男子じゃな」
「ドーテーの高2になんちゅう事してくれちゃってんだアンタは!先輩は結構、純なんだから遊ばんでくれ」
「なんじゃ?お主も体験したかったか?残念じゃが妾も結構一途でな、一度気に入った者は天寿を全うするまで乗り換える気は無いぞ」
目的は不明だが街で起こる怪事件の容疑者をこれ以上野放しには出来ない。
「先輩には悪いが手早く片付けさせてもらうぜ」
「段蔵、妾を守っておくれ」
黒山が自己流の構えを取ると遠藤も全く同じ構えを取った。最初に踏み込んだのは黒山、少し遅れて遠藤も攻撃に移るが右の拳は同じ右の拳で止められ蹴りも同く綺麗に止められた。
「嗚呼、妾の愛しき段蔵よ。そうじゃよ、そうなのじゃよ。お主はただの猿真似で終わる男では無い、さあ、真の力を妾に魅せておくれ。 布留部 由良由良止 布留部」
またも同じタイミングでの蹴り、だが今度は違った。打ち合い体勢を崩したのは黒山の方だった。一瞬で体勢を立て直して呼吸を整える、追撃は無い。
(こっちの手が読まれている?)
「気付いたようじゃのう、段蔵の模倣は劣化コピーに非ず、本物を分析し自身に合う様に最適化し更に本物の行動パターンすら予測して先手を打つ、妾の段蔵は本物を超えた紛い物なのじゃ。ふふふふふ、一・二・三・四 五・六・七・八 九・十」
再度攻撃に向かうも今度の遠藤の反撃は明らかに初手よりも疾い、直撃を受けた黒山は小屋の隅に置いてあったガラクタの山の上に叩きつけられてダウンしてしまった。
「邪魔者は居なくなったしそろそろ出ようかのう」
女は遠藤を招き寄せようとしたが突然煙が小屋の中に充満する。
「何?煙幕か?」
煙が晴れると遠藤の立っていた場所には、褐色肌・茶髪・ピアス・キラキラネイル・ヒョウ柄服・短いジーンズ姿のギャルが居た。
「何じゃと!?」
「臨ム兵ト闘ウ者ハ皆陣ヲ列ベテ前ニ在リ」
強烈な呪詛返しにより呆気無く女は捕縛されてしまった。ダウンから回復した黒山はフラフラとした足取りながらも冷静に状況を分析する。
「つまり先輩が俺の動きや魂を模倣して更に上回ると言うならば、散々術を見せてきたアンタを模倣してそれを上回るのもまた道理ってワケだ」
女は剣を抱えながら項垂れて、その姿を変化させる。
褐色肌・狸の耳・白衣緋袴の巫女装束そして尻ポケットからぶら下がっていたストラップは全て狸の尻尾に変化した・・・全部で九本ある。
「九尾の狐は聞いた事があるけど九尾の狸って初耳だな、とりあえず名前を聞こうか?」
「妾は千年の時を生きる守鶴前なり、安倍晴明や玉藻前すら近寄らなかった大妖なるぞ」
謎のギャル改め守鶴前なる女は自慢げに答えたが遠藤が口を挟んだ。
「違うだろ?守鶴は安倍晴明や玉藻前が怖くてずっと田舎で隠れ住んでいたんだ。人に変化しても大きな事件は起こさずに少しづつ自然から霊力を集めて力を付け、時には自分を守ってくれる人と寄り添って生きてきたんだよ。本来房中術というのは男女の心身を相互に調整するものだからな、彼女は無益な殺生は好まないよ」
そんな擁護の言葉を聞いた守鶴前は赤面してしまった。
「何故、そんな事まで知っているのじゃ?」
「相互にって言っただろ、守鶴が俺に術を掛けて色々聞き出したのと同じ様に俺も同じ術で守鶴の事を聞き出したのさ、と言っても俺の場合はほとんど無意識に模倣してただけだがな」
だが、まだ謎は残っている。
「不良共が倒れていたのは?」
「降りかかった火の粉を払ったにすぎぬ」
「それじゃあ、この辺りで起こっている行方不明事件とは無関係って事か?」
「ああ、完全に別件だ。気絶した人間が出たのは彼女の正当防衛だし、俺を連れ去ったのも俺が先に仕掛けたからだ」
「その龍脈?ってのを狙ったのは何故なんだ?」
守鶴前は少し寂しそうに答えてくれた。
「妾程の大妖ともなればその身体を維持するのにも生気・・・或いは霊力と呼ばれるものが必要じゃ、それは年々必要な量が増えていき自然や生き物から少しづつ分けてもらうのもあと数十年もすれば限界が来る、そうなれば妾は見境無く周囲を喰らい尽くす化物になってしまう」
「だから、そうなる前に莫大な霊力が眠る龍脈がどうしても必要だった」
「そうじゃ、じゃが龍脈は龍の一族以外触れる事は出来なかったのじゃ。段蔵が龍脈に触れられたのは本当に奇跡じゃった」
これで事件の一つは解決した。黒山は守鶴前への剣の所持を許可してその交換条件として自身の結成する自警団への入団を要請した。今回の件でオカルト関連の知識が必要であると判断した為だ。だが、結局遠藤段蔵の方は入団してくれなかった。それでも大きな変化はあった。
「先輩は前よりよく喋る様になりましたね、皆で遊びに行く事も多くなりましたし」
「守鶴の術に当てられた時に彼女の心が空っぽだった俺の中に流れ込んだからだろう」
そう遠藤は答えたが、黒山の意見は違った。元々遠藤段蔵という人間には奥底に隠していた暖かい心が在り守鶴前の術が切っ掛けで表に出てきたのだと考えている。忍として無理に機械的に振舞おうとしていた彼は消え去ったが、その事で弱くなったとは思わなかった。
~白い靄の中~
「どうも、遠藤段蔵さんと守鶴前さんっすね?この春からこっちに引っ越してきた新堂英一っす。以後よろしく」
「妾達の精神に入り込むなんて恐ろしい術者よな、目的は何じゃ?」
「そう警戒しないで欲しいっす、単に実力ある方々に挨拶回りしているだけっすから。しかし奇妙な街っすね?超人とか妖怪とか人造人間を作り出す科学者や非ノイマン型コンピュータの完成形まで見られるとは思わなかったっす」
そう言って新堂は懐から勾玉を取り出し守鶴前に差し出した。
「剣を持ちっぱなしだと生活大変でしょ?こっちの勾玉の方がコンパクトで込められた力も大きいっす。お近付きの印にあげるっすよ」
新堂は勝手に剣を奪い取り勾玉と交換してしまった。
「この剣が龍脈から出てきたっすか?龍の中からなんてまるで草薙剣っすね。一ヶ月程預けてもらえたらもっと使い易い様に改造するっす、当然無料っす」
そう言って出てきた時と同じように新堂と名乗る男は消えてしまった。
夢から覚めると守鶴前の手の中に勾玉が有り、更に一ヶ月後には剣が返却されたのだが、どこをどうやったのか剣は原型から掛け離れた日本刀の形になって戻って来た。これ以降日本刀は遠藤の愛用品となり彼が異界へと旅立った後も大いに力を振るう事となった。
『遊人現代忍者、王国ニ舞ウ』へ続く
◇ ◇ ◇
~一年程後の久郷家呪物ノ蔵~
この蔵の主である久郷美香は現在自警団黒龍のオカルト関連事件担当として活動を行っていた。
「そろそろ来ると思っていたわ」
“元”座ったら死ぬ呪いの椅子はあの日以来完全に普通の椅子になってしまった。たまの来客には座ったら死ぬと驚かせ続けているが見る人が見ればそんな力は無い事がわかるだろう、現在その椅子に何の迷いも無く座る女性が一人いた。褐色肌に龍泉高校の制服を着て勾玉をぶら下げたネックレスを身に付けたギャル風の女性、守鶴前だ。
「妾の仕事も終わったし最後の挨拶に来たぞ、“九業”」
「・・・九の尾を持つ狐は石になって叩き割られました。当家はその遠い遠い子孫であると伝えられているだけで眉唾です」
紅茶とケーキを用意して来客に勧める。
「千年程昔、妾がまだ童子だった頃にあの妖狐と陰陽師との合戦を見たのじゃ。お主を見ているとその時の事を思い出してのう、懐かしくなったのじゃよ」
「年寄り・・・」
一杯の暖かい紅茶とよく冷えたケーキの相性は抜群だった。
「去年の春、妾の行方をタツノオトシゴ殿に教えたのはお主じゃな?あまり外に関わりたがらぬお主が何故協力をしたのじゃ?」
「貴女が気まぐれであの忍者を愛したのと同じ様に私も何か変化が欲しかったのかもしれないわね。残念ながら貴女ほどの強烈な出会いはまだ無いけれど」
ケーキを綺麗に平らげて守鶴前は席を立つ、久郷は何か言葉を送ろうとしたが気の利いたボキャブラリーは持ち合わせていなかった。
「街と巫女様を頼んだぞ、魔法使いも居るから無用な心配かもしれぬが」
「いえ、頼って頂き嬉しく思います」
九尾の狸女は、来た時同様にいつの間にか消えてしまった。久郷は残った紅茶をゆっくり味わい友人が一人、旅に出た事に少し寂しさを感じた。
守鶴前は茂林寺の僧侶から名前を取りましたが彼女が茂林寺の僧侶(分福茶釜)だったわけではありません。