1 先触れ
Antwerpen, BRABANT
「出場? 謝肉祭のトーナメントに? あんた、いつの間に騎士になったんですか?」
はたちになったフランクに、ランベルトが声をあげた。
この日はちょっと所用があって対岸の港町、アントウェルペンまでやってきている。そしてばったり出くわした。出くわしたというよりは、いないかなぁと思いながらいつもの酒場に来てみたら、本当にいた、と言ったほうが正確なのだが。
馴染みの絵師はパリから戻り、今はゲントにいるらしい。フランクはあいもかわらず、シント・マールテンスダイクの父の城で父の仕事を手伝っている。父は不在がちだから、ほとんどひとりで仕切ってもいる。「騎士の息子」だというのを忘れそうな日常だ。そこに降って湧いたように、トーナメントに出ろと言われた。騎士ロマンの華ともいうべき、武芸の試合。今回のは典型的な、騎馬でぶつかる槍試合だ。集団戦のメレではなくて、一対一のデュエル式。そして勝ち抜き戦だ。それは確かに心が躍る。
「残念ながら、騎士にはまだなれてない。そんな栄誉が降ってわいたら、真っ先に君に連絡してるさ」
「そりゃどうも」
「今のところ、全然なれそうじゃないけどな」
「戦に行ってないからね」
これだけ戦続きであるのに、実戦にはまだ一度として出ていない。アルケル戦にもなんとか出ずに済んでいるし、大戦争にも巻き込まれてない。ひと殺しはしたくないから、そこのところに不満はない。巧く立ち回ってくれてる父には本当に感謝もしている。ただ、武勲を全くあげてない。そこはさすがに気になっている。一応でも騎士の子で、騎士位というのはやっぱり欲しい。武芸の稽古に余念もないが、ほかにいろいろ忙しい。領地の経営、堤防の補修、そして港の管理。実務的な仕事はかなりすでに引き受けている。だが、伯の臣下としてではない。そして全然「騎士」っぽくない。
「行かなくてすむんならそのほうがもちろんいいさ。バカな司令官にあたって新式の火砲大砲に向かって騎馬で突撃! なんてさせられたらさ、どんな猛者でも一発確実無駄死にだよ?」
「まあ、そうだな」
そこまでバカではないにしても、フランス騎士軍はそれに近いことをやってる。イングラントの長弓隊にやみくもに突進し、見事に餌食になり続け。スロイスの戦いにしてもポワティエの戦いにしても、ゼーラントからはイングラント側で参戦したものが多い。だからそちらの視点から、いろいろ聞いてる。あれはほとんど虐殺だ。フランス側で参戦したくなる話など、一度も聞いたことはない。現在釣り針党、つまりフランスに近い側にいるボールセレの息子としては、なるたけ参戦したくない。
「ま、だからこそ、だ」
「何が?」
「騎士になれん若者のために、従騎士の部が別にある。おれが出るのは当然そっちだ」
「へー。もしかして、姫の提案?」
「そうみたいだな。今回の謝肉祭はヤコバ姫の主催だし」
「それ、いつものノーラちゃんのお手紙情報?」
「『ノーラちゃん』はやめろ」
「じゃあ、ダムゼル・エレオノーラ」
フランクは大袈裟に息をついた。
「確かに妹も書いてきたが、ここのとこは父からだ。ノーラがコマコマ書いてくるのは、女同士のねちねち合戦。伯妃さまの意地悪とか、誰と誰が派閥だとか、読んでるだけで冷や汗が出る。おれ、女でなくてほんっとうに良かったよ」
「確かに」
あっさりと同意された。
「あんたの性格で女だったら、かなり気持ち悪いかも」
「なんで?」
「まず、身なりにあんまりかまわない」
「そんなことはない」
「少なくとも、お洒落はしない」
「君だってしないだろうが」
「ぼくはほら、童顔だからさ、下手にやるとその、目立っちゃうし」
ランベルトもお洒落はしてない。いつも地味な出で立ちで、帽子もかなり目深にかぶる。
「いつかのあの『貴公子』みたいに、目立ったら恥ずかしいよ」
「あそこまでやったら、おれだって目立つだろうな」
「う」
ランベルトが笑いを堪える。ぴちぴちの脚衣をつけた自分の脚をうっかり想像してしまい、フランクも吹きそうになる。最近かなり流行ってきたが、あれだけは絶対イヤだ。
「トーナメントはともかく、謝肉祭ってことは宴会も舞踏会もあるよね? それも当然出るんだよね?」
「出る」
頭痛の種はむしろそっちだ。騎馬試合なら普段から訓練してるし、さすがにルールも熟知している。いつかは出たいと思っていたから、機会があれば必ず見てきた。だが、舞踏会とか宴会とかはなるたけ避けたい。そういう派手なのは苦手だし、女の子と話せない。
「必ず出ろと父からの厳命なんだ。しかも」
「仮装舞踏会なんだって?」
先に言われて驚いた。その通り。だからこそ、ランベルトを探しに来たのだ。
「トーナメントはともかく、そっちは出るだろうと思った。だからここに来てみたんだ。ボールセレの船が入っていたから」
「知ってたのか」
「宮殿の装飾を請け負ったやつが知り合いだし、船のほうは見ればわかる。あんたんとこの紋は単純な白黒縞でわかりやすい」
「で?」
「あんたのことだから、どうせぼくに泣きついてくる。衣装の手配に途方にくれて」
頭を掻いた。まさに、そのとおり。
「ところで、主催はヤコバ姫ってのは聞いたけどさ、伯夫妻も婿さんのフランス王子も出席しない、ってのはほんと?」
「そうらしいな。トゥーレーヌ公、つまりフランスの王子さまは伯妃さまとずっとご一緒。ひとり娘のヤコバ姫より、娘婿のほうが可愛いんじゃないか?」
「大事な大事な『駒』だからね」
「そこのところは、ヤコバ姫も同じだろうが。未来のホラント女伯さまだ」
「伯妃さまには『フランス』のほうが大事だ」
絵師はあっさり言い切って、席を立った。
「古着屋をあたってみる? それとも、仕立てる?」
「古着屋でいい」
連れて行かれた古着屋で、ムーア風の派手な衣装を手に入れた。ホンモノのムーア人の、というよりは、やっぱり仮装用のだろう。たっぷりしたターバンがあり、顔が半分以上隠れる。からだの線もほとんど出ない。ランベルトはちょっと不満そうな顔になった。せっかくいいチャンスなのに、って。だが、フランクは顔を晒したくない。残念ながら、晒したくなる顔じゃない。絵師はまたため息をつき、踊り方まで教えてくれた。そんなこと、考えたこともなかった。