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星の涙を流す娘  作者: 日咲ナオ
プライベーティアの女神
8/25

仕組まれた邂逅 7

 許可が出ているからと、エティは船上をちょこまか動き回った。そのたびに、動ける女性が乗船していることに不慣れな船員たちと、些細な諍いが起こる。それを取りなすヴァルは、気苦労が絶えなかっただろう。

 そんな航海は、ほぼ予定どおりの時刻に、リヴァルークの港のひとつに停泊して終わりを告げた。

 いくつかこなさなくてはいけない仕事がある。そう告げたヴァルを待ちながら、忙しく動き回る人々を、エティはぼんやりと眺めていた。

「ねえ」

 不意に誰かに声をかけられ、エティは物憂げにそちらを見る。赤茶色の髪の、船内でデートに誘ってきた少年だった。

「君のやらなきゃいけないことが終わってからだったら、デートに誘ってもいい?」

 やらなくてはいけないこと。

 それがすべて終わる時は、彼がエティの素性をはっきりと知る時だ。決して誘われることはないだろうと思いながらも、エティは静かに頷いた。

 そこまでの度胸があるのなら、一度くらいは、一緒に街を歩いてもいいかもしれないと思うのだ。

「やった! 約束だからな!」

 満面の笑みで腕を振り上げ、全身で余すことなく喜びを表現する彼は、年相応で妙に微笑ましい。

 たったひと言で、これほどはしゃぐ彼を見るのは、これが見納めになるかもしれない。次からは、一歩引いた態度を取られてしまうだろう。だから、しっかりと目に焼きつける。

(私がリヴァルークの未来を決める娘と知ったら、彼はどう変わるのでしょうね)

 身分という隔たりのない時に、うっかり関わってしまった。後々、急に態度を変えられるのは何となく寂しい気分がして、また涙ぐみそうになる。

 誰もが気にする身分。それをまったく気にせず、かなり親しいつき合いを続けてくれる変わり者を、エティはまだ一人しか知らない。

「待たせたな。……何かあったのか?」

 港での雑務を終えたのか。たたずむエティの目尻から、今にもこぼれ落ちそうな涙を見つけたヴァルは瞠目した。

 まだまだ先の未来を想像して泣いていた、とは、さすがに言えない。だから、エティは涙を拭いながらごまかすことにする。

「……少し、潮風が目にしみただけです」

「景色を見るだけなら、もっと風当たりの弱い場所で待たせるべきだったな」

 船や人の行き来がよく見える場所にいたい。

 そう願い出たのはエティだ。その中で、何かあればすぐにわかるような、目立つ場所を選んでくれたのはヴァルだった。

 そんなわけで、場所に関する不満がエティにあるはずがない。けれどヴァルには、それがわからないから、こうして反省してしまうのだろう。

「さて、伯父上が待ってるから、城に行くか」

 エティは、わずかな荷物とともに馬車に乗り込む。取り立てて予想外の出来事さえなければ、一時間程度で王城には到着できるらしい。

「そういえば、着替え忘れていました」

 ぽつりと呟くエティは、船内で着替えたカートルのままだった。長い髪も、乱雑に結んである状態だ。

 綺麗や可愛いという褒め言葉にはほど遠い容姿だと、エティは思っている。せめて、少しくらい整えておきたかった、と今さらながらに後悔が尽きない。

「まあ、お前らしくていいんじゃないか? どんな恰好でも、伯父上は気にしないさ」

 慰めの言葉を言うヴァルが、よほど不似合いでおかしかったのか。エティはクスクスと小さく笑う。

 気恥ずかしそうにあらぬ方を向いたヴァルだったが、視線を戻した際、エティの腰に目を留めた。そこには、エティの恰好に不似合いな、艶のあるベロアの小袋がぶら下がっている。

「もしかして、それが証拠か?」

「ええ。我が家の印璽です」

 ヴァルに見せるため、鎖に縛りつけた袋をサッと外して中身を取り出す。それを手のひらに乗せて、ヴァルへ差し出した。

 しかし、ヴァルは手を出そうとはしない。仕方なく、彼の手のひらにポトリと印璽を落とす。

 あたふたしながら、ヴァルは印璽をキュッと軽く握る。

「ずいぶん、持ちにくそうだな」

 初見の者は、大抵そう思うようだ。それを知っているから、エティはニッコリ微笑む。

 この印璽は、ただ印を押すだけのものではない。

 薄く濁った緑色の石を、エティの中指よりいくらか長く円柱に切り出したものだ。円のままの面には、書物と羽ペンをかたどった意匠が彫られている。持ち手の部分は、途中からなぜか半円状だ。

「これだけの石なんて、なかなか採れないだろ」

「そのようですね。先祖代々受け継いでいるものだそうですから、その頃はごく当たり前に存在していたのかもしれませんけれど」

 現在の価値で言えば、もしかすると、リヴァルーク王国の国家予算に匹敵するかもしれない。そこまで高価ではなくとも、どこかの国家予算並みの金額になる可能性は、十二分に考えられる。

 少し慣れてきたのか、ヴァルは印璽をさまざまな角度から見ていた。その途中で、いきなり印璽を取り落としかける。が、即座に握り締めて事なきを得た。

「……星入り、か……」

「はい。ステルブール伯爵家の印璽は『星』が見える。領民ならば、誰でも自由に見ることができますから、幼子でも知っていることです」

 持ち手の球面側から見ると、三方向から光が集まって星をかたどる。わざわざそうなるように作られた、非常に特別なものだ。誰であれ、これと同じものは簡単には作れないだろう。

 だからこそ、印璽として、脈々と継承されてきたのだ。

「なるほど……印影は偽造できても、この星はできない。星がない印璽を持って領主を名乗っても、領民には信用されないってことか」

 印璽を持ったまま、ヴァルは低く唸っている。

 きっと彼は、セオドアがステルブールの『星』を知っているのかを、心配しているのだろう。そして恐らく、エリザベスと同じ『星』があることで証明になる、と安堵しているに決まっている。

「ヴァルは心配性ですね」

 船の上でも思ったが、彼にはその傾向がかなり強い。どうも、彼の懐に入った者に対しては、確実にそうなるようだ。

 たまに、自分は幼い子供ではない、と言いたくなることがあったほどだ。もっと近しい者たちなら、何度か言ったことがあるのかもしれない。

「……悪かったな。生まれ持った性分だ」

 拗ねて横を向くヴァルが、何だか可愛らしく見える。

 年上の男性にそんな感想を抱いたことは、エティとしても悪い気がしている。けれど堪えきれず、クスクスと小さな笑い声をこぼす。

 そうこうしているうちに、馬車はリヴァルークの王城へ到着した。

 石で造られたリヴァルークの王城は、エティの知るデュヴァリエールのそれよりはるかに優雅だ。しかも、確かな歴史と堂々とした風格を感じさせる、どっしりとしたその構えはなかなか好ましい。

 エティはわざと靴音を立てて、硬い廊下を歩く。初めて通る場所だから、キョロキョロと落ち着きなく眺めている。その挙げ句、先導していたヴァルを追い越し、後ろ向きでヨロヨロと歩き始めた。

 向かい合う形のヴァルは、かなりハラハラしているようだ。察するに、人や物にぶつからないかと、また心配しているのだろう。

 そんなヴァルが、いきなりため息をこぼす。

「お帰りなさい、ヴァル」

 一瞬、ヴァルの顔が盛大的に引きつったのを、エティは見逃さなかった。

 相手の顔が見てみたいが、絶対に振り向いてはいけない気がした。結局、エティはヴァルと向き合ったまま、何とかやり過ごすことにする。

(伯母様、かしら?)

 攻撃的で刺々しさのある声には、どうしてもいい感情を抱けない。必要以上に近づきたくない人間だと、記憶にしっかり留めておく。

「ただいま戻りました」

 あまりに硬い声の挨拶だ。相手はヴァルの母親ではないのだろうかと、エティはこっそり首を傾げた。

 自分の家族がそうだったように、誰でも家族は仲がいいものだと、エティは無条件に信じ込んでいる。そりの合わない家族がいると、考えが及ぶはずもない。

「……あなたの隣にいる小汚いそれは何ですの?」

 ぞんざいに縛られた髪や、村娘と変わらないカートル姿。これしか見ていない彼女の言葉は、非常に素直だった。

 エティはうつむいて、込み上げる笑いを堪えることに必死になる。同時に、そこまで気を回すのだから、やはり彼女はヴァルの母親なのだろうとも思う。

「あなたはいずれ王にならなくてはいけないのよ? 妻に迎える娘も決まっているの。どこの馬の骨とも知れない娘に現を抜かしていないで捨て置きなさい!」

 かなり激高したようで、突然『星』が放つ鈍い痛みを受ける。下を向いたまま、エティは思い切り顔をしかめた。

 エリザベスから受けた痛みなど、可愛いものだった。そうきっぱり断言できるほどの、強烈な苦痛だ。ともすれば口から飛び出しそうな、うめき声を強引に押し殺さなくてはならない。

 精神的にも肉体的にも、相当大きな負担を強いられた。

 女性は立ち去り際に、痛みを堪えるエティにわざとぶつかる。よろめいたエティを、すかさずヴァルが庇った。

 それがますます、彼女を憤らせたのだろう。

 いつまでも収まらない激痛に声を出さないよう、何とか耐えるだけで精一杯だ。

「大丈夫か? あの人は『星』持ちの自覚が薄いんだ」

「……平気、です……」

 足音が聞こえないほど、本人が遠ざかっても止まない痛み。そのため、エティはうまく笑顔を作れず、痛みに任せて、ひと思いに泣いてしまいたくなる。

 見上げたヴァルの表情は、明らかに慣れているようだ。やはり彼女はヴァルの母親だと、エティは確信を深める。

(これが、ヴァルの『星』の声なのですね……)

 ふと、そんな考えが脳裏に思い浮かんだ。とたんに、まだまとわりついている息苦しくなるほどの鈍痛さえ、無性に愛しく感じられる。

「あの方も、私を知ったら態度が変わるのでしょうね……」

 あの時振り向いていたら、エリザベスの娘だとひと目で見抜かれてしまったはずだ。そう思えば、顔を見られないようにしたのは正解だった。

 恐らく、正式にお披露目された後、慌てふためく姿を見られるだろう。その時、エティの気はわずかながらでも晴れるのか。

 それは、その時になってみなければわからない。

(許せる心境にならなければ、相応に罰を受けてもらいましょう)

 血縁者に痛みを味わわせる『星』を持ちながら、それを意識しない。きっと彼女は、日常的に痛みを受けていないのだ。もしかすると、過去にもほとんど経験がないのかもしれない。

 そうでなければ、あんな真似が平然とできる彼女は、普通の神経の持ち主ではないだろう。

「だろうな。あの人にとって大事なのは、俺が玉座について、弟が父上の後を継いで、クルサード家が国を牛耳ることだ。お前に暴言を吐いたことなんて、事実を知ったとたんに忘れて擦り寄ってくるぞ」

「迷惑ですね」

 まだ収まらない痛みを含めて、エティはきっぱりと言い切る。そんな彼女の反応に笑みを見せ、ヴァルはすぐ隣のドアを開けて部屋に入る。

 待合室のようなものなのか、ソファと書棚が置かれているだけの、何もない部屋だ。

 エティをソファに座らせてから、ヴァルは執務室のドアを素早く三回叩く。

「お帰り」

 すぐに顔を見せたセオドアは、髪や瞳の色がエリザベスと同じだった。兄妹とわかる程度に、雰囲気にも似たものを感じられる。そんな彼は真っ先にヴァルをねぎらう。

 あの叩き方が、ヴァルだという証明なのだろう。そう思いながら、エティは声をかけられるまでジッと待つ。

「ミリーと行き違いになっただろう? 『星』が怒っていたから気になってね」

「どこの馬の骨とも知れない娘に現を抜かしていた俺に、怒ったんですよ」

 ヴァルは、母親が使った不快な言葉をそのまま口にして、あからさまな不機嫌を顔に出す。彼女がエティの『星』を見ていないと察して、セオドアは形のいい眉をギュッとひそめた。

「ミリーは後できつく叱っておくとして」

 そう言って、セオドアはエティに目を向ける。

「君が、アンリエットだね?」

 初めてエティの本名を聞いたからだろう。ヴァルは驚きを隠せないようだ。

 初対面の伯父に自分の名を呼ばれても、エティは動揺やためらいを見せることはない。量産品のカートル姿だということを思わず忘れさせるほど、優雅な動きで立ち上がってゆっくりと一礼する。

「初めてお目にかかります。私はアンリエット・エルヴェシウスです。家族にはエティと呼ばれていました」

「……君は、その名の意味を知っているかい?」

 壊れそうな切なさをにじませて、セオドアはエティの『星』にそっと触れた。

 以前聞いた自分の名前の由来を思い出して、一度だけエティは頷く。

『わたくしの親友であり、セルジュとは違う意味で大切な兄が思い続ける女性の名前よ。あなたを守り慈しむことで、わたくしは過去の失態を決して忘れぬようにしているの』

(やはり、お母様のお兄様は、セオドア様だったのですね)

 そして、セオドアが思い続ける女性というのが、行方不明になっている婚約者のことだと理解する。同時に、名乗った時にヴァルが見せた動揺の理由も察した。

 同じ愛称なのだ。

 ヴァルの乗る船を守護する女神である、セオドアの婚約者と、アンリエットが。

「それにしても、セルジュによく似ているね。ここに『星』がなかったら、リズの娘だなんて思えないくらいだよ」

 エティの記憶にある限り、今までまったく交流がなかったはずだ。そのセオドアが、父親の名前を知っていたことで、驚きをすんなり表情に出す。

「ステルブール伯の子息と結婚して、セルジュ似の女の子が生まれたことだけ、彼の肖像画つきで連絡をもらったのは、確か十五年ほど前だったかな。その後は、部下に頼んで定期的に報告を受けていたよ」

 仕方がなさそうに、ひょいと肩をすくめたセオドアは説明する。しかし、彼には悪びれた様子はかけらも見られない。

「聞いて想像はしていたけど、アンリエットには『星』以外にリズの面影がないね」

 セオドアの言葉に、エティが即座に反応を示した。

「伯父様は、ジルとロジーに会われましたね?」

 エティの目から見ても、二人の顔立ちはエリザベスに似ている。こうしてセオドアを見ても、彼の血縁者だと簡単に信じてもらえるだろう。

 たとえ報告を受けていたとはいえ、まったく面識がないのだ。両方と顔を合わせて確かめていなければ、エティには面影がない、などという感想は出てこないだろう。

「ああ、二人とも無事だよ。海と陸、運がよければ両方、悪くてもどちらかはうまくいくだろうっていう発想は面白いけど、そろそろ無駄だってことを理解して欲しいね。あの子たちは、エルフェルベーアの仲間が買い取って、連絡をくれた。それから、念のために『星』の見える者を同行させて、確認した後、連れて帰ってきてもらった」

 エルフェルベーアは、デュヴァリエールとリヴァルークに国境を接している国だ。これといった特産物もなく、大きな特徴もない。ただ暮らしていくには不自由なく、平凡で平和な、ある意味理想的な国と言える。

「各国に、僕の協力者がいる。彼らが奴隷として売られている者をできるだけ買い取り、こちらへ寄越してくれるんだ。それから、帰りたい者は家へ送り、行き場のない者はこの国で生きていく。まあ、本当は、アンリエットのように売られる前に取り戻してあげたいんだけど、それはかなり難しいから」

 そうは言うものの、セオドアの表情は、その理想を諦めてはいないようだ。

「あの子たちは、リズによく似ていたよ。でも、おっとりしたところはセルジュに似たんだね。まさにいいとこ取りだよ。ああ、それから、僕の『星』を見せたら、愛称らしき名前だけは教えてくれたかな? あれは、君の差し金だね?」

 確信を持った言い方のセオドアに、エティは素直に頷く。

 こういう時のために、弟妹にはきつく言い含めていた。知らないところへ連れて行かれた時は、『星』を見せてくれた人を少し信用すること。その人には、愛称を伝えてもいいこと。たとえその場に自分がいなくても、探すより先に自分たちの安全を確保してもらうこと。

 毎日のように言ってきたことが、どうやら実を結んだようだ。

 ホッと安堵して、エティは肩の力をほんの少し抜く。

「二人に会うかい?」

 だが、エティは静かに首を横に振った。

「まだやり残していることがありますから、そちらが先です。ジルとロジーには、私の無事を知らせてください。私の『星』の位置を知らせれば信じるはずです」

 セオドアとヴァルは「やり残していること」を推測したようだが、あえて正解を聞くことはしなかった。

 仮に聞かれたところで、エティが答えるはずもない。

「アンリエットは明日で十五になる割に、ずいぶんとしっかりしているね」

「えっ!?」

 初耳だったらしく、ヴァルが素っ頓狂な声を出す。それから、何か考え込んでいる素振りを見せる。

「誕生日の贈り物に、アンリエットの欲しいものをひとつだけあげよう。国を滅ぼすようなことじゃなければ、何でも聞いてあげるよ」

「では、後ほどお願いにまいりますね」

 セオドアから欲しいものは、もう決まっている。それ以外は、何も欲しくない。

「今でもいいのに」

 そう残念そうに呟くセオドアに、エティはただニッコリ微笑んだだけだった。その微笑に、ヴァルが顔を引きつらせる。

 何か企んでいる、と思われているようだ。

「ああ、そうだ。ヴァルにも何か買わせるといい。どうせ貯金ばかりで、ほとんど使っていないだろう?」

 思い切り渋面になるヴァルから、エティは悲しげに視線を逸らす。

 あまり好意的に思われていないことは、何となくわかっていた。だからといって、傷つかないわけではない。

 ヴァルは左手で髪をガシガシとかき混ぜる。

「……もし疲れてないなら、今から街に出るか?」

 あからさまな義務感で物を贈られても、嬉しくも何ともない。

 贈り物をもらうなら、ああでもない、こうでもない、と悩んだ末に決めたものを、いきなり渡されたいのだ。

 それでも、ヴァルが何かを贈ろうと思っている気持ちに、嘘はないのだろう。エティが断ったことで、わずかに落胆の色を見せている。

「私に欲しい物などありません。それでも、何かいただけるのでしたら、ヴァルには別にお願いしたいことがあります」

 あっさりと断られたことで、嫌な予感がしたのだろう。深いため息をつくヴァルと、心底嬉しそうに微笑むエティがいる。

「そういえば、ステルブールの『星』は君が持っているのかな?」

 ふと思い出したようで尋ねてきたセオドアに、エティは小さく頷いて印璽を見せる。

 平然と受け取って、セオドアはヴァルと同じようにあちらこちらから覗く。やがて気づいたのか、数回頷いてエティに返す。

「では伯父様、失礼します」

 印璽をしまい、優雅にお辞儀をしたエティは、ヴァルの腕をグイグイ引っ張って部屋を出ていった。


         ‡


 ニコニコと手を振って二人を見送ると、セオドアは小さく息を吐いた。

「あれが、君の見つけた『星』なんだね」

 あんなものを見せられたら、エリザベスも心惹かれてしまうだろう。そう納得できるほどの、見事な『星』だった。

 セオドアが手に入れる前に失ったものを、エリザベスは見つけられた。しかも、それを最後まで大切にしていたのだと感じて、本当に嬉しく思う。

 だからこそ。

「君が選んだ人が、家族と家人を殺して自ら命を絶つだなんて……僕は信じないよ」

 あくまで、デュヴァリエール国内の一部で囁かれている噂だ。セルジュの領地では一切信じられていない。そう前置きしてから、間諜に告げられた話だった。

 セルジュが住み込みの家人と家族全員の命を奪い、屋敷に火を放ってから己の命を絶った。家督は、死の前にセルジュから印璽を受け取ったと言い張る、彼の弟が継ぐことになるらしい。

 両親の命がすでに失われていることを、彼女は察しているだろう。しかし、彼女にも、あの場でその噂を教えることなどできなかった。

 聞けば、いくら彼女でも、心穏やかではいられまい。うっかり『星』に伝えてしまおうものなら、気づかれる恐れがある。

(……冗談じゃない。リズの子供はみんな、僕のところに無傷でいる。セルジュとリズを殺して、二人の子供たちを売ろうとするやつに、容赦なんて絶対してやらない)

 エティがヴァルに頼みたいことなど、セオドアにはお見通しだった。そして、協力を惜しむつもりなどかけらもない。

「デュヴァリエールの王とセルジュの弟には、たっぷりと後悔してもらおうかな」

 口元に薄い微笑みを浮かべ、セオドアは準備を進めるために応接室を出ていった。


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