企てられた報復 4
十五の小娘一人に、あっという間にやり込められた。その現実を噛み締めるように、三人の男性は打ちひしがれている。
「終わりました。ヴァル、帰りましょう」
言うが早いか、エティはさっさと部屋を出ていく。動けない者どもを視界の隅にチラリと捉えてから、ヴァルは彼女を追う。
「結局、俺の出番はほとんどなかったな」
かすかに苦笑するヴァルに、エティが穏やかな微笑を見せる。
あれだけ戦い方を選びながら、かすり傷ひとつ負わなかった。そんな戦いをして、出番がなかったなどとは言わせない。
何より、エティ自身より確かな、この身を守る術だ。
いてくれなければ、これほどあっさりと終わりはしなかった。
「違いますよ。ヴァルがいてくれるから、私は安心して本領発揮できるんです」
心からそう思う。だから、言葉は素直にあふれてくる。
どうしても素直に伝えられないのは、重い枷になる言葉だけ。
「あれがお前の本領か?」
「いえ、残念ですが、あの程度は小手調べです」
皮肉めいた笑みでからかうように問うヴァルに、エティはきっぱりと真顔で答える。
所詮は小物たちの集まりだ。戦闘に巻き込まれる恐れはあっても、この命を散らす恐怖は一切感じなかった。
「しかし、マルセル王が退位したとして、王子は庶子も含めて何人かいただろ?」
「庶子を含めれば六人ですが、年齢と国民の意向を無視するのでなければ、第一王子ベルトランが妥当でしょうね」
感情を表に出さず、淡々と事実を述べる。そんな様子ばかりだったエティに、微妙な色が浮かんでいた。
それを見逃さず、ヴァルが訝しげな視線を投げた。チラッとヴァルを見上げたエティは、ニッコリ微笑んで解説を始める。
「彼が王になれば、確かにこの国は発展するでしょう。けれど、ますます迷惑な男に成り下がる気がして、私個人は歓迎していません」
エティが迷惑と言い切るベルトランは、いったいどんな人物なのか。
聞いてみたそうなヴァルだったが、エティはあえて素知らぬふりを貫いた。
ベルトランのことを語るより、もっと有意義な話題はたくさんある。好き嫌いで言えば嫌いな人間のことを、どうしてヴァルに話さなければいけないのか。そんな感情も、否定できない。
「会えばわかりますよ。もっとも、朝に弱い人なので、まだベッドの中でしょうけど」
早朝を狙ってエティが乗り込んだ理由のひとつが、そこにある。
寝起きも悪いため、誰かが起こしたところで、早々起きてはこられないはずだ。
「とはいえ、急ぎましょうか」
話題にしたことで、万一の遭遇があるかもしれない。それを恐れたエティは、ヴァルを急かして足早に城外へ出ようとした。
だが、唐突に、一人の男に行く手を阻まれてしまう。
「やあ、アンリエット。こんなに朝早くから僕に会いに来てくれるなんて、本当に感激だよ」
「ベルトラン、王子……」
明らかに気分を害した顔で、エティは声をかけてきた男を見る。けれどすぐに、目線をわずかにずらして、できるだけ視界に入れないようにした。
「あなたにしては、ずいぶんと早起きですね」
「新しい侍女が優秀でね。君が来たと聞いて、必死に僕を起こしてくれたんだよ」
「何ということを……」
そこまで忠義に厚い侍女が、この城にまだ存在していたこと。その程度で、あの最悪な寝起きと評判のベルトランが起き出したこと。
どちらも、完全な番狂わせだ。
「ああそれと、さっき揺れただろう? あれで、さすがの僕もしっかり目が覚めたよ」
「それこそ予定にありません」
ほとんど夢の世界の住人でいたはずのベルトランは、砲撃の揺れでうっすらと目を開けた。そこに、侍女が畳みかけるように、エティのことを伝えたのだろう。
そうでなければ、こんな時間に、彼が活動を始められるわけがない。
よく見れば、大急ぎで駆けつけたらしいベルトランの髪には、あちこちにくっきりと寝癖がついている。
「あなたと遭遇しないためにこの時間を選んだというのに、すべてが台無しです」
ため息をつくエティへにこやかに微笑みかけ、ベルトランは彼女の髪にそっと触れようとした。
その手を、ヴァルがあからさまに遮る。
当然、ベルトランは不機嫌を露にした。遮ったヴァルも、自分の行動が理解できなかったようで、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「……君はアンリエットの何?」
「母方の従兄だ」
詳細な身分を明かすのは、さすがに危険を感じたのか。ヴァルは、ごく最低限の事実だけを告げる。
「アンリエットは僕と結婚するんだ。父上は文句を言わないだろうし、アンリエットの後見人はアルマンだから、やっぱり苦言は出てこない。触るくらいいいだろう?」
「残念ですが、現在、私の後見人はリヴァルーク国王セオドア様です」
嫣然と微笑んで、エティが言い放つ。とたんに、ベルトランの勝ち誇った笑みが、ピシリと凍りつく。
アルマンが爵位を継ぐのであれば、生き残ったエティの後見人は彼になる。それは、これまでの前例から、簡単に判断できる範囲だ。
ベルトランは怪訝そうに、ジッとエティを見下ろす。
「どうして、リヴァルーク王が? 君の叔父で、ステルブール伯を継ぐアルマンが後見人になるのが、一番自然だろう?」
「いいえ。セオドア様は、私の母方の伯父です。後見人になっていただくには、現在、最もふさわしい方です」
「いや、違うね。君はデュヴァリエールの者だし、何より、父方が優先されるべきだ」
今起きてきたばかりのベルトランは、何も知らない。その事実に、エティはようやく気づく。
通りすがりに見た誰もが、畏怖の感情を抱いているようだった。だからこそ、彼もまた知っているものだと、勝手に思い込んでいたのだ。
「罪人では、後見人になれないでしょう?」
「……まさか」
口調は半信半疑だが、ベルトランは表情ひとつ動かさない。そこに、エティは異様な不自然さを感じた。それはヴァルも同じだったようで、エティに問うような視線を向けている。
仮に、エティの言葉を信じたとしても。逆に、大いに疑念を抱いたとしても。顔色がまったく変わらないのは、どうにも解せない。
「近いうちにマルセル王は退位し、あなたが民に望まれて王となるでしょう。ステルブール伯は、アルマンではなくジルベール・ド・エルヴェシウスが襲爵します」
「へぇ、ジルベールも生きてるんだ」
ベルトランの目は、剣呑な光を宿す。それを、ヴァルが注視する。
分かりきっている両親の事実を、口にすることはためらわれる。そのため、エティはうつむいたまま、小さく首を縦に動かした。
今声に出したら、ヴァルの前だと戒める理性を振り切ってしまうだろう。なりふり構わず、声をあげて泣いてしまいそうだ。
「アンリエットが十七になるのはまだ二年先だし、ジルベールが襲爵するまで同じくらいはかかるだろから、それまで待って彼に許可をもらえばいいね」
わずかな間に起こった、さまざまな出来事。それらの感傷にそっと浸っていたエティの頭は、激しい怒りでスッと現実に引き戻された。
「ジルはそんな許可を出しません!」
「デュヴァリエールの国王が命じたら、従うしかないでしょ?」
声を荒げたエティを諭すように、ベルトランはやけに落ち着き払った口調と笑顔で問う。恐らく、思い描く未来が現実になると、大きな自信があるのだろう。
ところが、それを聞いたエティは小さく笑って、ゆっくりとベルトランを見上げた。
「私は、ステルブール伯爵の姉ではなく、リヴァルーク国王の姪という立場で、これからを過ごすと決めています」
そのためにわざわざ、誕生日の贈り物として欲したものがあるのだ。
「なっ……お前、こっちに居座る気か!」
「ええ。伯父様は大げさなほど喜んで、確かに許可をくださいました」
これで縁が切れるだろう。ヴァルはそう思っていたようで、がっくりと肩を落とす。
エティはそこまで予想していたのか。いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべて、ジッとヴァルを見つめている。
「……まあ、でも、一国の王と、他国の王の姪でも、特に問題はないよね」
そうしてまで、手に入れたい。そう願われていることは、薄々察していた。だが、エティにとって、ベルトランはずっと一緒にいることが苦痛なのだ。
たったひと言では、何も理解してくれない。何もかもつまびらかにしなければ、言いたいことをきちんとわかってくれない人だった。
そんな人とともにあることは、ただひたすら退屈で、苦痛しかない。
「そう思われるのでしたら、伯父様──セオドア王に申し込んでみてください」
絶対に許可されないと、すでにわかりきっていることだ。
愛想笑いすらしないエティに、ベルトランは片方の口角を持ち上げる。諦めない、という意思表示なのだろう。
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
ヒラヒラと手を振り、ベルトランはエティたちに背を向けた。
彼の思惑が、いったいとこにあるのか。エティには、これまでの情報や、知っている姿をかき集めて推測するしかない。
たとえば、今回の襲撃に、彼が関与しているのかどうか。関わったとしても、計画の段階で入れ知恵をした程度だろう。
マルセルとアルマンでは、ここまでまともな計画を思いつくことはできそうにない。水を入れたらあちこちからこぼれるような、もっと杜撰な計画になる。
それでも、はっきりした結論を導くには、明らかに情報が足りなかった。
「行きましょうか」
「……そうだな」
エティが厄介者と考えていたベルトランとは、すでに遭遇してしまった。二人は急ぐことなく、のんびりと城を出る。
「夜が明けたな」
朝日がしっかりと顔を出し、辺りはすっかり明るくなり始めていた。小さな花に残る夜露が、光を受けてキラキラと輝く。
それらが不意に、エティを別の行動に移させる。
「リヴァルークへ帰る前に寄りたいところがあるのですが、いいですよね?」
「どこへ行くんだ?」
「内緒です」
行き先を問われて、ニッコリ微笑んだエティはそう返す。
隠す必要はない場所だ。今告げてもいいのだが、あえて言わずに楽しみたかった。
周りがよく見えるようになったことで、エティとヴァルは並んで馬を走らせる。
着いた先は、クレイグの家と変わりない民家だった。違う点があるとすれば、庭いっぱいに咲き誇る、様々な花から立ち込める匂いくらいだろう。
エティは二回、ドアを叩いた。
「ジゼル、起きていますか?」
「アンリエットね。勝手にどうぞ」
返事があったことで遠慮なくドアを開け、エティは中に入っていく。ヴァルは迷った挙句、外で待っていることを選んだようだ。
ドアを閉めても、開けて入ってくる気配はない。
中に入ったエティは、まず大きなため息をつく。それから、出迎えてくれた同年代の少女に、ギュッと抱きついた。
背中の中ほどで綺麗に切りそろえられた、ジゼルの茶色の髪がふわりと揺れる。
「無事なようで安心しました」
「それはこっちの台詞よ。あなたも死んだって、アルマン卿が言いふらしてその辺を歩くものだから、もう心配で心配で」
もうすでに泣き出しそうなエティに、ジゼルの瞳は穏やかな色を宿して笑う。
「相変わらず泣き虫なんだから。そんなんじゃ、憧れのヴァレンティン様にお会いした時に、困るんじゃないの?」
「……もう困っています」
突然の告白に、ジゼルはしばらく目を瞬いていた。やがて、エティに同行していた青年を思い出したのだろう。そうして、彼の正体をすぐさま察する。
「ひょっとして、彼がそうなの?」
こくりと頷くエティを見て、ジゼルは少し開けた窓から外を眺める。庭の花と、家の出入り口を交互に見ている青年を確認していた。
表情が時折険しくなるから、エティを案じているのだろう。そんな彼に、ジゼルは好感を抱いたようだ。
「あの見た目で頭もよくて、しかも人々に慕われてるだなんて、天は二物も三物も与えてしまうのね。まるで、アンリエットみたいだわ」
ボソリと呟いて振り返ったジゼルに、エティは激しく首を横に振る。
不安げにキュッと眉を寄せて、ジゼルを見つめようと、顔をわずかに上へ向けた。
「私は、膨大な知識を持つだけの、ただの小娘です」
ヴァルの船を私掠船と見抜いた時のように、はっきりした記憶力を試される場合。もしくは、誰かと言葉で渡り合うだけならば、それほど大きな問題はない。
けれども、武器を持った敵からは、相手がたった一人でも、自分の身を守れない。勝手に触れようとするベルトランの手でさえ、逃れることもままならないのだ。
「……私は、一人では、何もできません」
「いいんじゃない? アンリエットが本当に何でもできちゃったら、ジルベール様の立場がないでしょ?」
「それは、そうですが……」
せめて、剣術を習っていたら。エリザベスほどの腕とまではいかなくとも、ヴァルの足手まといにはならない自信があった。
一粒の涙をこぼすエティを、ジゼルはそっと抱き締める。
「あなたが剣を使えたら、ここにはいなかったでしょうね。報復に来る可能性のある危険な人間を、野放しにする敵はいないわ」
「……わかって、います」
だからこそ、セルジュはエティに剣術を習わせなかったのだ。こういう事態が起きた時、真っ先に命を奪われないように、と。
現実にならなければ、セルジュの懸念は無用のものだった。それが、結果としてエティを生かし、爵位を正当な後継者へと繋げることができたのだ。
それでも、エティは過去を考えずにいられない。
反対を押し切って、エリザベスに剣を教わっていれば。両親とともに戦って、あの夜に勝利を勝ち取れたのではないか。弟妹と離れ離れになることも、大好きな家族を失うことも、なかったのではないか。
知らず知らず、涙がつうっと頬を伝い落ちる。
「アンリエットが、一人で強くならなくていいのよ」
エティの頬をしっとりと濡らす涙を、ジゼルは慣れた手つきで拭う。
「アンリエットは、頭を使って助けてあげる。代わりに、他の人は力でアンリエットを守る。それでいいんじゃないの? それが、適材適所っていうやつよ」
しっかりとエティの瞳を覗き込む、ジゼルの穏やかな声が続ける。
「あたしは、アンリエットがくれる笑顔が嬉しいから、花を育てて香り水を作ってるのよ。気に入らない人間に大金を積まれても、絶対に作りたくないわ」
胸を張って言われて、ここを訪れた理由を思い出した。エティは急いで、その香り水が欲しいと申し出る。
わかっていたのか、ジゼルは数回頷いて、棚から小瓶をいくつか取り出した。
「アンリエットのはこれ。ロザリー様の分はこっちね」
いつもは一本しかくれないそれを、それぞれ三本ずつ。
「よくわかりましたね」
「あれだけ焼けちゃったら、残ってても使えないでしょ? アンリエットは、必ず取りに来るって、信じてたのよ」
「ジゼル、ありがとう……」
エティはもう一度、静かに涙を流す。
「……では、そろそろ行きますね」
グッと涙を拭き、目が赤くなっていないか、エティは鏡で入念に確認した。その間に、ジゼルは小瓶を一本一本布で丁寧に包んで、優しく袋に入れる。
今から馬に乗り、その後は馬車での移動が待っている。割る気で思い切りぶつけない限りは、無傷でリヴァルークに持って帰れるようにしてくれているようだ。
「それだけあれば、アンリエットの使い方だったら、多分半年くらい持つと思うわ」
外にいるヴァルにもはっきり聞こえるくらいに、ジゼルが大きな声を出す。それを聞きながら、エティはドアを開けた。
「なくなる前に取りに来る? それとも、届けた方がいい?」
「できれば、リヴァルークの王城へ届けてください」
「わかったわ」
袋を持って出てきたエティの後ろから、ジゼルが意味ありげな視線をヴァルに向ける。
「アンリエットをよろしくね」
言い残すと、ジゼルはさっさと家の中に戻ってしまった。
「ジゼルったら……」
うっすら赤くなった顔で、エティはドアをキッと睨む。
「今のは誰だ? お前のことを、様づけしてなかったが……」
「気になりますか?」
「……まあ、お前を頼まれたしな」
口に出してから、妙に言い訳がましいと気づいたのだろう。面映くなったようで、ヴァルはふいっと横を向く。
「彼女はジゼル。私の親友であり、姉のような人です」
デュヴァリエールには、本来、家族ですら愛称で呼び合う習慣がない。誰もが様づけする中で、彼女だけは呼び捨ててくれる。
エティには、かけがえのない存在なのだ。
「香り水職人なんだろ?」
袋の中身を、ヴァルはそう推測したらしい。
エティが、印璽以上に、壊れ物を扱う様子だ。しかも、これだけの花々を咲かせる必要のある職業となると、答えは自ずと限られる。
「まさか、屋敷を燃やされるとは思っていませんでしたからね」
「あれだけしっかり焼けてたら、さすがに無理だろうな……」
もし奇跡的に焼け残っていたとしても、熱に弱い香り水は使い物にならない。
「ジゼルは私が生きていると、必ず受け取りに来ると信じて、作っておいてくれました。すべてジゼルの手作りなのですが、私の知る中で最高の出来を誇っています」
質の悪いものは拒みそうなエティが、徹底的に褒め称える。それほどの香り水は、いったいどんなものだろう。
ヴァルは純粋に興味を持ったようで、袋にジッと視線を注いでいる。
「帰ったら見せてあげます」
いたずらが楽しくて仕方のない子供のように、エティはクスクスと小さく声を立てて笑った。
‡
使わせてもらった馬をクレイグに返し、馬車でリヴァルークへと戻る。
これからしばらくは、ジルもリヴァルークで暮らすことになるだろう。たとえ隣国で生きているとしても、領主の不在は治安の乱れへとつながっていく。
一度荒れ果ててしまえば、元通りにするのは骨が折れる。若い当主となる弟には、いらない苦労をさせたくなかった。
そう考えるエティは、そのための労力を惜しむ気はない。
リヴァルークへ無事に戻ったエティは、ようやく弟妹と再会した。ついでのように、ロジーに香り水を渡すことを忘れない。
「姉様、ありがとう! 大好きよ!」
無邪気に飛びついてくるロジーを、左手でしっかりと抱き締める。空いている右手で、ジルの頭をゆっくりと優しくなでた。
「ジル、見事です。よく私の言いつけを守りましたね」
手放しで誉められて、ジルはニコニコと喜んでいる。そんな弟に目を細め、エティは毎日二人に何度も言い聞かせたことを思い出す。
『いいですか? 両親、私、あなたたちの名前、その他のすべてを話してはいけません。名乗る必要があるのならば、愛称だけを答えなさい。信じていいのは『星』だけです』
何かあった時に、バラバラに引き離されることも想定していた。だからこそ、助けに来たとか、家族の誰かを見つけたなどといった嘘も、すべて織り込み済みだ。
甘い言葉を囁く者が現れた時には、必ず『星』の場所を聞け、と言い含めていた。答えられない人間を、決して信じるな。と。
だからこそ、こうして再び会うことができたのだと、エティたちは深く信じている。
「ねぇ、姉様。僕たち、どのくらいここで暮らすの?」
誰に教えられなくとも、二人にも両親がすでにいないことは、はっきりと理解できている。
悲しくないと言えば嘘になる。けれど、過去を懐かしんでいつまでも嘆いてはいられない。そんな優雅でのんきな暮らしを、いつまでも送り続けられるわけではないのだ。
何をどうすれば、これからをしっかりと生きていけるのか。
「それを考える前に、私たちにはしなくてはいけないことがあるでしょう?」
家のあった方向をジッと見つめ、三人は黙祷する。
エティの頬を、幾筋もの涙がスッと流れ落ちる。伝ったそれは、床に小さな染みをいくつも作った。
決して短くはない祈りの後、エティは弟妹に向き合う。
「私は、リヴァルークで生きていきます。ジルは、デュヴァリエール国内が落ち着いた後、爵位を継ぐことになるでしょう。ロジーは、どうしますか?」
姉と兄の未来は、絶対に動かない。そう察したロジーは、ギュッと目を閉じる。やがて、彼女はパッと目を開けた。
「わたくしは、兄様と行くわ。姉様は一人じゃないけど、兄様は一人になってしまうから。わたくしが、兄様を助けるの」
「そうですか……寂しく、なりますね」
目を伏せ、ゆるゆると睫毛を震わせたエティを、ロジーは下から覗き込んだ。
「違うわ。姉様とわたくしたちは、この『星』でつながっているの。だから、誰よりも、何よりも早く、互いの危険を知らせることができるわ」
「そうだよ。きっと、思いもつながって伝わるはず。そうだよね、姉様」
いつの間に、こんなに大人になっていたのだろう。
しばらく会わなかったら、弟妹が急に成長してしまった。おかげで、ますます寂しさが募ってしまう。
反面、彼らの成長がとても嬉しくて、一度止まったはずの涙がまたポトリとこぼれ落ちた。