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京都にての歴史物語

時を捧ぐ

作者: 不動 啓人

 本丸大手口の門から討って出ること五度。敵中に斬り込み散々に敵を追いやったが、多勢に無勢の差は埋まらずに従者も悉く門の内外に討ち死にし、遂に門は打ち破られた。

 石壇に腰を掛け、満身創痍になりながらも、尚も近付く敵を待ち受けていた伏見ふしみ城守勢総大将・鳥居元忠とりいもとただの元に、一人の武者が槍を構えて走り寄った。

「紀州住人、雑賀孫市さいがまごいち!名のある方とお見受けする。いざ、お手を合わせん!」

 これに元忠は長刀を取り直すと、ゆらりと腰を上げ、

「当城総大将、鳥居元忠である。我が首を取って、名を挙げよ」

 と静かに告げ、長刀を構えて討って掛かろうとした。

 しかし、相手が総大将と知った孫市は槍を伏せて片膝を突いて畏まると、

「御大将で御座いましたか。ならば、私のような者が槍を突けるのは勿体御座いません。お腹を召されるのであれば、恐れながら御しるしを頂戴致したく」

 下賤の者に斬られるよりは、名誉の自刃を勧めた。

「なんとも、殊勝なことを言ってくれる者だ」

 元忠は莞爾かんじとして笑った。

 

 慶長5年(1600)、再三の上洛命令にも従わなかった上杉景勝うえすぎかげかつを討伐すべく、五大老の筆頭である徳川家康とくがわいえやすは軍を率いて関東に下って行った。

 その隙を突き、佐和山さわやま城に蟄居中だった石田三成いしだみつなり毛利輝元もうりてるもとを総大将に据えて挙兵。家康に対して十三か条からなる弾劾状を送り付け、美濃・伊勢方面へ軍を進めるべく、まず畿内での家康の拠点である伏見城を4万の兵で包囲した。

 これに対し徳川勢の主将である鳥居元忠は開城勧告を断固拒否し、1800の兵を以て防衛に努めた。


 家康が関東に下る途中、伏見城に立ち寄った際、家康と元忠は決別の挨拶を交わした。家康は伏見城に留め置く兵の少なさを謝罪したが、元忠は却って城兵を減らし、やがて訪れるだろう決戦に備える為に、もっと兵を関東へ連れて行くよう進言した。

 家康が東征を決断した時より三成の挙兵はすでに予見され、それに伴い伏見城が第一目標となるのは戦略上明らかで、かつ畿内の内に助力を望め得ない伏見城を死守することは限りなく困難であった。つまり、伏見城の留守居として残すという事は「死んでくれ」と言っているようなものだった。それを家康は元忠に命じ、元忠は平静を以てこれを受けた。

 二人は、思い出話に花を咲かせた。初めて二人が顔を合わせたのは、家康が今川家で人質生活を送っていた10歳の頃で、元忠は13歳だった。以降、およそ半世紀、苦楽を共にした二人である。語り尽くせぬ内に刻は過ぎ、元忠は家康に今生の別れを告げ、元忠が去った後、家康は袖に隠すよう涙した。


 7月19日より戦闘は開始され、圧倒的兵数による力攻めにも関わらず、城兵はよく奮闘し戦況は膠着状態を迎えつつあった。これに攻撃側の長束正家なつかまさいえは一計を案じ、伏見城の籠る甲賀者の一族を人質にとり、内応を迫った。その脅迫に一部の甲賀者が従い、8月1日深夜、遂に内応した甲賀者の手引きにより攻城勢は城中への突入を開始した。

 雲霞うんかの如く押し寄せる攻撃兵に、未明には本丸を残す全ての郭が落とされ、城兵は本丸に籠った。

 ここに至り、元忠の従者は雑兵の手に掛かって命を落とす不名誉よりも、名誉の自刃を元忠に勧めた。しかし、元忠は大きく頭を振った。

「そもそもこの戦いは、一刻、片時でも敵をここに食い止め時を費やし、関東の危機を救い除かん為である。故に、雑兵に討たれ死後の名を落すことなど厭いはしない。己の名誉を優先し、主君の大事を疎んじることができようか。よいか、味方が討たれようとも顧みるな。敵に善悪なし。当たる者を切り捨て、大将と見れば組んで刺し違えよ。夢々自害などすることなく、例え一人となろうとも、命の限りに斬り死にせよ。我らが成すべきは、我らが命を以て可能な限りの時を捧げることである!」

 かくして城兵は修羅の道を突き進んだのである。


 雑賀孫市を前に、莞爾と笑った元忠は、それでも構えた長刀を下さなかった。

「お主の申し出はかたじけないが、儂は皆に、主君の為に斬り死にしろと命じたのだよ。名誉よりも忠義を尽くせと。そして、皆よく戦ってくれた。にも関わらず、儂だけが名誉を重んじて自害しては、向こうの世界で皆に顔向けができると思うか」

「しかし――」

「くどい!さぁ、思う存分槍を付けられよ。儂も容易くは、討たれはせん。僅かばかりでも、時を稼がねばならんのでな」

 言うや、元忠は残された力の限りに長刀を振り下ろした。

 孫市は飛び退き、これを躱すと「やむを得ず」と槍を構えた。

「ならば、ご免!」

 伸びやかな鋭い二段の突きが元忠を襲う。初段は辛うじて交わしたが、激戦に疲労した下半身がバランスを崩し、二段目の突きを防ぐ態勢をとることができなかった。孫市の矛先は的確に左脇下の鎧の隙間を捉え突き刺した。

 崩れ落ちた元忠は呼吸を乱しながら、

「見事。手柄とせよ」

 と満足の笑みを浮かべて首を差し出した。

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